米国の実体経済はいまだに悪化を辿っている
米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ議長は、米景気の先行きについて強気の見方を示し始めました。5月上旬の議会証言では「昨秋以降の急激な景気悪化は早晩かなり緩やかになる」と述べ、景気が年内に底入れするという認識を示しています。また5月17日、米オバマ政権下のピーター・オルザグ行政予算管理局(OMB)局長も、米国の景気について、急激な下降には歯止めがかかったと述べ、景気悪化のペースが鈍化したとの見方を示しました。
このように現在、バーナンキ議長をはじめ、米国の政策関係者が口をそろえて「米国の景気悪化のペースが鈍化している」という類のことを述べています。これは、日経電子版にも寄稿しましたが、「フェイント」に過ぎません。
世界中に向けて米国経済は安全だというアピールをすることで、投資資金が米国に集まってくる可能性があります。それを狙った心理作戦であり、よくよく聞いてみると「悪化のスピードが緩やかになった」などの表現を使っていて、「悪化していない」とは誰も言い切っていません。
実際、米国経済の状況は、09年の経済成長マイナス2.0%という見込みになっています。さらに失業率はかなり高い水準になっており、私が以前から指摘しているように10%に届く勢いを見せています。かつて米国の経済関係者のほとんどは、失業率は6%が上限だという見方をしていましたが、今や誰もそんなことは言わず、「高失業率がしばらく継続するだろう」という言い方に変わってきました。
また、対前月比で雇用者数の増減を見ると、2008年前半の雇用減は20万人に満たない割合でしたが、2008年11月以降、60万人を超える雇用減も見られるようになり、それはいまだに続いています。4月も40万人を超える雇用減を記録しており、回復している兆しがあるとは言えるものではないでしょう。さらに今後、自動車販売会社が25%減少させられますから、この数字は加速する見込みが高いと私は思っています。
米国住宅市場に目を向けると「フェイント」の実態がさらに明確に理解できます。米商務省が5月19日に発表した4月の住宅着工件数は、季節調整済みの年率換算で前月比12.8%減の45万8000戸となり、今年1月に記録した過去最低を更新しています。
2005年・2006年はほぼ150万~200万件で推移していて、少し悪化の兆しが見え始めた2007年でも100万件を維持していました。それが今や45万件ですから、つるべ落とし状態です。「悪化はスローダウンしている」などと言うような状態ではないのは、明らかです。
中古住宅の在庫も増えてきているので、今後の見通しも明るくありません。住宅は経済の要です。この点を見ても、米国経済の悪化に歯止めがかかったというのは、真に受けられない発言だと理解するべきでしょう。
●新興国へ流れる資金、米国債から離れる資金
ただ一方で、米国の狙い通り、「フェイント」の効果も見え始めています。
投資資金がオーストラリアドルなどの比較的金利が高い新興国・資源国通貨に流入し始めています。 投資家が先行きの世界経済の底入れを見越し、昨年秋以降の金融危機で円やドルに逃避させた資金を再び振り向けたからだと言われています。実体経済の行方はなお不透明ですが、日米の金融当局などが明るい見通しを示し始めたことも投資を後押ししているとのことです。
こうした動向において抑えておくべきポイントが2つあると私は見ています。1つは、いわゆるホームレスマネーと呼ばれるものが新興国に流れているということです。そしてもう1つは、米国債に集まっていた投資資金が株など他の金融資産に流れ始めており、米国債の調子が良くないということです。
第1点目について、2009年の主な資源国・新興国の通貨騰落率の推移を見てみると、南アランド、豪ドル、NZドル、ウォンなど3月に記録したマイナス5%~15%の最悪期を脱して、プラスに転じてきています。ウォンは特に対円ベースではいまだに高い水準とは言えませんが、南アランド、豪ドル、NZドルなどの上昇は、円・米ドルに逃げていた投資資金が着実に新興国に流れ始めているのを物語っていると思います。
またここに来て、米国10年債の利回りが高止まりしていますが、これが2点目で指摘したポイントです。年初には2.5%だった長期国債の利回りが、3.0%を超えて、ついに3.45%に達しています。株などの他の金融資産に資金が逃げないように、米国債に資金を引き止めるために利回りを高くしているのです。
需給バランスを考えるとすでに買い手がいなくなってきているのでしょうが、供給側としてはすでに輪転機を回してしまっているので、何とか買い手をつけなくてはいけない状況なのだと思います。結果、金利が高止まりするということになっています。
買い手を確保したいという心境は理解できますが、こういうことをすると米国債に対する信認が少しずつ失われてしまう気がします。そうすると結果的に、別のところへ投資資金は流れてしまうので、本質的な解決策にはならないと私は思います。
米国債がこのような状況にあっても、日本や中国は米国債を買い続けるのか?という疑問を抱く人もいると思いますが、結論として現在のところ米国債に代われるほど大きなバスケットを有しているものがありません。
最有力候補となるのは、勿論ユーロです。しかし、そのためにはユーロが明確なポリシーを示してくれる必要があるでしょうが、サルコジ・メルケルといった欧州の指導者層の意見が一致せず、落ち着いて話がされていません。ここに現在の欧州最大の問題があると思います。7月にはイタリアでG7+1が開催されるので、ぜひともまともな話し合いが実施されることを期待したいと思っています。
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