2010年の金価格は依然として強いでしょう。
欧米の金融危機やその後の実体経済の沈静化に対するカンフル剤として、米国をはじめ世界各国で大量に資金が供給されました。こうした各国の紙幣増発は、三つの意味で金価格を押し上げるでしょう。
一つは過剰流動性が大量のホットマネーを産み、それが投機資金として投資先を物色するという点です。ところが、実体経済の悪化から、資金はあっても良い投資先に恵まれない状況があります。操業率が落ちた企業の運転資金は、多くを必要としません。経済活動の不活性化は商取引を縮小させ、土地価格を下落させています。そうしたところに資金需要は生まれません。
余剰資金は、株式市場や不動産市場、債券市場に流れていることでしょう。しかし、こちらでも資金を投下するには市場リスクが高過ぎる状況があります。株価は事業活動の低迷により大きく上昇する期待は持てません。債券は低金利であり、またその発行主体の信用リスクがあります。欧米の不動産価格は下落途上にあります。今年もそうした状況が続き、余剰資金でとりあえず金でも買っておくかということになるでしょう。
金に対する資金の流入が多ければ多いほど金価格は上昇し、それを見た世界中の投資家が、最後の拠りどころとしての金を買い漁ることでしょう。
その動きは昨年秋から始まっていますが、まだ止まる気配はありません。今後の問題は、金投資より魅力的な投資市場が出るかという点です。金融不安が治まり、米国経済が活性化し、利上げがなされ、株価が反転上昇する気配が濃厚になれば、金に逃避していた資金は引き出されるでしょう。
しかし、利上げは今年の後半か来年にずれ込むというのが大半の見方でしょう。米国では失業率が10%を超え、サブプライムローンだけでなく、プライムローンにおいても例年の3倍以上のローン返済不能者が現われ始めました。また、住宅価格のみならず商業不動産価格も半値近くに下落しています。その担保価値は半減しており、ローンの借り換え時期に当たる今年から来年にかけ、住宅や商業不動産の担保不足による不良債権化が続出すると思われます。すでに2009年に米国の中小金融機関は140行倒産しました。08年の26行、07年の4行に比べるとその急増は注目されます。今年は500行以上の経営が危なくなるといわれています。また、ファニーメイやフレディーマックなど政府系住宅専門金融公社も不良債権の山となっています。
こうした米国の金融界を取り巻く情勢を見れば、金以外に資金を移動したくても出来ない状況が続くのではないでしょうか。
紙幣増発による二つ目の金価格への影響は、インフレの恐れです。通貨量が増加すれば通貨の価値は商品に対して相対的に低くなります。物価が上昇し始めれば、通貨を持っているよりは商品を持っていた方が良いはずです。日本はデフレから抜け出せないでいますが、インフレはある日突然やってきます。不況(デフレ)であっても物価高はありえることです。2008年にガソリン価格が180円になった時、日本は決して好景気で湧いていたわけではありません。2009年春35ドルまで下がっていた原油価格は2010年1月に再び80ドルを超えてきました。米国ではドル安のために輸入物価が上昇するはずです。
そうしたインフレの恐れに対して、資産家は商品を購入するか、インフレヘッジ債券を購入することによりインフレリスクを回避しようとするでしょう。そのインフレヘッジの代表的な商品が、貯蔵が利き、小さいスペースで大量の資金を寝かすことが出来る金です。金はモノであり、証券や債券などのような発行主体の信用力の影響を受けません。また金の場合は需要と供給の推移もほとんど価格に影響を及ぼしません。これがインフレヘッジが金価格を押し上げる二つ目の理由です。
三つ目の理由はドル安です。これは米国の景気と米国政府の財政状況が鍵となります。米国政府の2009年会計度(08年10月~09年9月)の財政赤字は、前年度の約3倍の約1兆4000億ドル(130兆円)、対GDP(国内総生産)比では11%と第二次大戦後最高水準に急伸しました。10、11年度も1兆ドル台の赤字が続くと思われます。
背景には、ブッシュ前政権時代の対テロ戦や2度の大型減税、また、金融危機対応に伴い、かつての黒字を帳消しにして巨額の赤字を築いたという事情があります。さらにオバマ政権になってからも7870億ドルの景気対策を決め、「大きな政府」に舵を切りました。またオバマ政権が実現を目指す医療保険改革は今後10年間に8000億ドルの財政出動を必要とします。今後も支出が拡大傾向をたどることは確実でしょう。赤字の穴埋めのため膨らんだ米国債の総額は、2009年12月30日現在総額12兆1448億ドル(1129兆円)。政府勘定を除いた公的債務は7兆7271億ドルで、国内総生産(GDP)に占める比率は前年の40%から55%に上昇しています。2019年度には76%に達する見通しと言います。
米国と日本の違いは、米国の借金は海外の人々から資金を借りている点です。日本は国債の95%を日本人がその個人資産の範囲内で購入しています。国家という観点から見れば資金は国内で循環しています。それに比べて、米国は自らの生活費を海外からの借り入れで賄っています。中国や日本が米国債の購入を止めれば米国財政は一挙に破綻するという図式となっています。将来的に国防費などを大幅に削減するか、増税政策を打ち出さざるを得ないでしょう。いずれも痛みを伴う政治的決断で、11月に中間選挙を控え、そうした緊縮増税政策を採るのは難しいでしょう。
ドルは年末に一時ユーロに対して高くなりました。長らくドル安が続いているので、少し反発したのでしょう。しかし、これは上記の情勢からドル安傾向を反転させる潮流になるとは思えません。
中国や新興諸国の経済が万全かと言うとそうでもありません。ことに中国では資産の転売によるマネーゲームが流行っているようです。住宅やオフィスビルが潤沢な資金の借り入れによって次々と建てられていますが、それを実際に入居して利用する人々は少ないというそうです。ビルを建てて転売することで利益を出すというマネーゲームは既視感のある事態であり、その結末がどうなるかは想像に難くありません。中国の資産バブルは刻一刻と崩壊に向かっているでしょう。新興諸国の経済発展にもそうした不安があるとするなら、やはり資金はとりあえず金投資となるのではないでしょうか。
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