円高が招く、日本での雇用が大きく失われるシナリオ
政府・日本銀行は、急激な円高に歯止めをかけるため、6年ぶりに東京外国為替市場で円売り・ドル買いの為替介入を断続的に実施しました。菅首相は「円の急激な変動は決して許さない覚悟だ。今後も必要な時には断固たる措置をとる」と述べ、介入を継続する姿勢を強調しています。
菅首相は「断固たる措置を」と述べていますが、私に言わせれば「今さら」であり、民主党の対応は遅すぎたと思います。もし対応するのであれば、防衛ラインは「対ドル90円前後」の時点で「断固たる措置」をとるべきでした。
野田佳彦財務相や仙谷由人官房長官も「断固たる措置」をとると言いながら、結局ずるずると円高が進むのを傍観してしまいました。対ドルの円相場の推移を見ると、4月頃には対ドル90円台だったものが、この半年で一方的に円高に振れたのがよく分かります。この傾向は対ドルだけでなく、「対ユーロ」でも全く同様です。4月対ユーロ135円前後から、この半年で110円前後にまで円高が進んでいます。
結局、「断固たる措置」をとるという発言はマーケットを全く信用していなかったということでしょう。そして、今回ようやく「84円くらいで介入する」という強い信号をマーケットへ向けて発信したという状況です。
しかし、ドルは相変わらず軟調です。ピムコを率いるビル・グロス氏は今後5年間世界経済を動かし続ける3つの力として、「負債の削減」「グローバル化の後退」「規制の復活」を提唱し、世界経済が大幅に縮小していくという見解を示しています。グロス氏の発言はトレーダーへの影響力も強く、ドル売りの歯止めがきかない状況です。
円高が進み85円を切る状況になると、「日本の雇用が大きく失われる」という問題が出てきます。このレベルまで円高が進むと、半数近くの日本企業は生き残るために海外に出て行かざるを得なくなります。もちろん、海外に行ったところで生き残れる保証はありませんが、それでも国内に留まることはできない状況になります。
そして、これらの一度海外に出て行った企業は再び日本に戻ってくることはありません。仮に円高が解消されて1ドル95円~96円という水準になったとしても、再び国内に戻ってくることはないのです。「企業は為替のために海外に出ていくことはある。しかし、為替が戻っても工場は国内に戻さない」のです。
これは米国を見ていても分かることです。為替がいくら戻っても、一度米国から海外に拠点を移した工場が米国に戻ることはありませんでした。偶然、米国に留まっていた企業は輸出競争力がつくことで貿易を伸ばしましたが、これは為替によって反転した結果ではありません。
翻って日本を見てみると、国内に残っている数少ない2次産業の半分くらいが、円高によって「日本で死ぬか」「海外で死ぬか」「海外で成功して戻ってこないか」のいずれかの未来を歩むことになるでしょう。いずれにせよ、国内の雇用にとってみれば「悪夢」としか言えません。政府・民主党は90円前後を防衛ラインとして、「断固たる措置」をとるべきだったのに、対応が遅れてしまったと私は見ています。
●人民元の急激な切り上げは推奨できない
ガイトナー米財務長官が16日、中国の人民元切り上げのペースが遅く、幅も限られているとして中国の為替政策などを「非常に懸念している」と表明しました。一方、日本については「内需拡大に努めなければならない」と述べつつも、為替介入については言及しませんでした。
ガイトナー米財務長官に対して、米上院議員から日銀の円高介入についても「介入させるべきではない」「ドル安を歓迎すべきだ」という意見が出たようです。この「挑発」には乗らなかったようですが、中国人民元については否定的な見解を示しています。
しかし、私はこのガイトナー米財務長官の見解には賛成しかねます。中間選挙の前ということもあり、致し方ない側面もあるのでしょうが、今の米ドルは十分に「安い」価格であり、人民元の問題は関係ないと私は思います。
6月21日に人民元の弾力化がアナウンスされてから、人民元の対ドルレートは6.84から6.7付近へと落ちてきています。幅は若干小さいかも知れませんが、マーケットの判断として「元高ドル安」の方向へ確実に動いています。これについて米国が文句をいうのは筋違いだと思います。
また、私はこれ以上急激に「人民元を切り上げる」危険性についても考慮すべきだと思います。今、中国の輸出競争力が落ちてきていますが、これは「元高」という為替が原因ではなく、中国国内の「人件費が上昇している」ためです。高度成長の過程における国内人件費高という問題は、70年代には日本が直面しました。
無理やり「人民元の切上げ」を押し進めてしまうと、急激に中国企業が傾いてしまう危険性があると私は思います。それは中国に進出している米国企業に大きく影響するでしょう。この点を見落としてはいけないのです。
ゆえに、北京にある米商工会議所のメンバーのなかには「人民元の切上げ」に対して反対の態度を示している人もいると聞きます。米国自身の問題を他人のせいにするな、というところでしょう。
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