大前研一メソッド 2021年10月19日

自動運転の勝者がMaaS革命後の自動車業界に君臨する

自動車業界ではモビリティ革命「MaaS(Mobility as a Service)」が進みつつあります。MaaSを動かしているのは、EVと自動運転という2つの技術の軸です。EV化は確かに軸となる技術の1つです。しかしMaaS革命の勝者になれるかどうかを決めるのは、もう1つの軸である自動運転の技術です。BBT大学院・大前研一学長が解説します。

大前研一(BB大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

自動運転の新ビッグ3は、テスラ、ウェイモ、GM

自動運転の技術には、自動ブレーキなど運転手を支援する程度のレベル1から、完全自動運転のレベル5までの5段階が設定されている。


【図1】2030年頃に向けて、自動運転レベル5の開発が進む

現在、世界の主な自動車メーカーは、レベル3(条件付自動運転)からレベル4(高速道路などの特定条件下での完全自動運転)へ向かう段階にある。

レベル4からレベル5へ進む準備ができているのは3社だけで、米国勢のテスラ、グーグルのウェイモ、GMだろう。

レベル5では100%、データの勝負になる。完全自動運転の鍵は、通常の走行では起こらない突発的な事態への対応だから、それぞれユニークな対応プログラムが必要になる。突発的な事態を数多く経験し、データを蓄積したほうが勝つのは当然だ。テスラ、ウェイモ、GMの3社は、膨大なデータを握っているという点でレベル5に最も近いのだ。


【図2】自動運転の公道試験実績

走行データの収集で新ビッグ3を百度(バイドゥ)が追い上げる

新ビッグ3とそれを追い上げる欧州、中国、日本の動きをまとめてみよう。

(1)テスラ

特にテスラのEVは、CPUが心臓部のコンピュータ・セントリック(中心)な設計になっている。スマホと同じだと考えていい。クルマの制御はコンピュータが集中的に管制し、衛星やスマホのネットワークを通じてテスラとデータをやり取りする。EVのソフトウエアは、データ通信でアップデートされ、不具合が生じた場合もプログラムによって遠隔で直してしまう。物理的なダメージ以外は修理工場に持ち込んで修理する必要はないのでリコールが少ない、という点が画期的だ。

逆に、EV本体からはサーバーにリアルな走行データが送られている。運転する人は、テスラに雇われたテストパイロットみたいなもので、意識しなくても日々データを提供しているのだ。テスラは顧客を使って、レベル5に必要なデータを集めているわけだ。

テスラはアメリカに3つの工場があり、中国の上海郊外に年間50万台規模を製造できるギガファクトリーがある。ドイツのベルリン近郊にも、EU市場の拠点となるギガファクトリーを建設中だ。EVの販売台数が伸びるにつれて、顧客から送られるデータ量は爆発的に増える。

(2)ウェイモ

ウェイモは、グーグルのストリートビューを撮影する360度カメラカーで、自動運転のデータを集めていた。カメラカーは無人ではないが、交通事故をきっかけに自動運転で走らせていたことがわかった。世界中を走るカメラカーは、合計で地球400周以上の距離を走行している。ウェイモは自動運転タクシーも走らせているから、蓄積したデータ量は膨大だ。

(3)GM

GM傘下のクルーズも、自動運転研究に強いミシガン大学の実験シティ「Mcity」や自動運転で先端をいくカリフォルニア州の公道で試験走行をつづけてきた。

(4)欧州、中国、日本

米国勢3社に比べれば、欧州勢のデータ収集量は圧倒的に少ない。共通国家戦略の下でEV化がうまくいっても、MaaSの準備ができていなければ、惨敗する可能性が高い。

中国の自動車メーカーは、今後しゃかりきになって走行データを集めるだろう。どんな事故が起ころうと、国を挙げて取り組むはずだ。政府から「先頭に立ってやれ」とデータ収集係を命じられたのは、百度(バイドゥ)だ。

日本勢では、トヨタが海外で走行実験を進め、元ウェイモの人材を採用するなど自動運転に投資してきた。静岡県裾野市の実験都市「ウーブン・シティ」の建設も進んでいる。東京ドーム約15個分の土地に2000人が住み、自動運転の試験走行などが計画されている。

しかしテスラやグーグルが公道で集めてきたデータ量に遠く及ばないことは間違いない。今のままでは、日本勢と欧州勢がデータ量で追いつく方法は見当たらない。もし日本勢が勝つとすれば、データベースに基づかない自動運転システムを開発したときだろう。おそらく、センサー技術が強い日本のメーカーにしかできない領域だ。

配車サービス大手が移動の主役に躍り出るか?

今後EV化と自動運転の2軸が進んだ先では、自動車を取り巻く環境が一変することに、まだほとんどの人が気づいていないか、遠い未来の話だと思っている。

EVは、部品点数がガソリン車の半分ほどで、モジュール化によっては10分の1になってもおかしくない。エンジン周りや、ギア、排ガス処理など、不要になる部品メーカーは相当な打撃を受ける。当然、ガソリンスタンドは利用されない。ガソリン車、ディーゼル車のために築いてきたインフラの多くが次第に不要になる。

完全自動運転になれば、もっと大きな変化がある。

まず、タクシーやバスの運転手が不要となり、多くの雇用が失われるだろう。巨大産業の自動車保険も様変わりする。テスラやウェイモのようにデータベースが豊富なクルマは事故の確率が低いから、保険料が安くなる。運転手ではなくシステムのメーカーによって保険料が決まるようになるだろう。

そもそも自家用車を保有する必要もない。スマホで呼べば、自宅までレベル5の無人車が迎えにくる。目的地を入力すると、近ければ乗せていき、遠い場所なら電車の駅まで送ってくれる。電車の到着駅に着いたら、別のクルマが待っていて目的地まで運んでくれる。

自宅の駐車場がなくなり、自動車ディーラーもなくなる。自動車の販売台数は10分の1以下になるはずだ。

運転免許証は不要になり、老人に免許を返上せよ、と迫る必要もなくなる。クルマは規則通りに動くので白バイ警官の仕事もなくなる。

レベル5は自動車業界だけでなく、人々の暮らしを大きく変える。2035年頃に実用化される予想だ。EUの完全EV化と同時期だが、レベル5のほうがはるかに社会的インパクトが大きい。

そもそも自動車メーカーはハコを提供するだけで、顧客とスマホでつながっているGAFAや配車サービス大手の米UberとLyft、中国の滴滴(ディディ)などの会社が移動の主役に躍り出ることになるのだ。

※この記事は、『プレジデント』誌 2021年10月29日号 および、大前研一アワー#469 2021年10月16日配信 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。