2021年12月27日

【BBT Meet-up レポ】ニューアブノーマルの時代 〜 コロナ後のマーケティングとブランド戦略〜


BBT大学院在校生・修了生に向けて月1回開催しているmeet-upイベント「BBT Meet-up」。
今回は『ブランド戦略論』(有斐閣)で学会賞を複数受賞している田中洋教授に登壇いただき、アフターコロナのマーケティングとブランド戦略について講義いただきました。

登壇者プロフィール:田中洋 教授

1975年(株)電通入社、同社マーケティング・ディレクターを経て、1996年城西大学経済学部助教授、1998年法政大学経営学部教授、2003-4年度コロンビア大学大学院ビジネススクール客員研究員。この間、フランス国立ポンゼショセ工科大学ビジネススクール、東北大学、名古屋大学、慶應義塾大学、早稲田大学などで講師。経済産業省・内閣府・特許庁などで委員会座長・委員を務める。2008年 4月より現職である中央大学ビジネススクール教授。京都大学博士(経済学)。
日本マーケティング学会会長、日本消費者行動研究学会会長を歴任。ソウルドアウト株式会社(東証第一部上場) 社外取締役、主著『ブランド戦略論』(有斐閣)は、学会賞を複数受賞し、日本におけるブランド論の集大成として高い評価を得ている。約20冊の著書と93本の研究論文がある。

アフターコロナはニューアブノーマルの時代

アフターコロナはニューアブノーマルの時代
今回のテーマは、「ニューノーマルの時代」をもじって「ニューアブノーマルの時代」としています。しばらく前からニューノーマルとよくいわれますが、マーケティングや経営においては、むしろニューアブノーマルといったほうがピッタリくるというのが私の見解です。

また、アフターコロナについては、ここ1〜2年の話ではなく、80年ぐらいの射程で考えたほうがよいと考えています。「2100年というとまだ先だな」と何となく感じますが、今年生まれた赤ちゃんは2100年になる頃には80歳で、22世紀を生きているわけです。今は、22世紀に向かってどうするべきかを考えるべき段階にあるといえます。

それも含めて、「ニューアブノーマルの時代」とはどういうものなのか、またそういう時代のブランディングはどうするべきかということを考えていきたいと思います。

ニューアブノーマルの時代:環境と経済社会

ニューアブノーマルの時代:環境と経済社会
ニューアブノーマルの時代:環境と経済社会②
現在、我々は、将来を予測するのが難しい社会にいます。まず、今の不確実性は1996年から2010年の平均を約50%上回っています。

また、「100年に一度の危機」という言葉をよく聞きますが、この30年だけでもバブル崩壊、リーマンショック、東日本大震災、そして新型コロナウィルスのパンデミックと、「100年に一度」といわれるような危機が4回は起きました。つまり、以前は100年に一度程度しか起きなかったことが、今はしょっちゅう起きているのです。

その原因として、気候変動、世界経済の成長鈍化、アジアの成長時代の終焉などがあります。まず、気候変動ですが、2018年の政府間パネルの知見をもとにすると、2040年頃には気温上昇が1.5度になって、今まで10年に1回程度しか起きなかった酷暑が4倍ぐらいの頻度で発生します。

また、The Climate Action Trackerは、現状のまま進むと2100年には気温が2.4度上昇すると予測しています。すると、干ばつや洪水がさらに増えるのはもちろん、穀物が取れなくなるという問題が起こります。

別の政府間パネルの予測によれば、穀物生産大国のアメリカだけを見ても、今後60年間で穀物と豆類の生産量が80%減少します。そうなると、例えば豆腐や、アメリカの穀物を餌にしている牛肉など、何もかも物価が上がる・生産できなくなるという非常に大きな問題が起きます。温暖化で世界にさまざまな影響が及びますが、中でも食糧危機が一番深刻な課題でしょう。

次に世界の経済成長を考えてみます。2008年のリーマンショック以降、世界の経済の伸び方がかなり鈍化していることがわかりました。その大きな原因は、中国経済の停滞だと考えられます。中国の人口は2013年にピークを迎えたという説があり、2050年には10億人の世界が約8億人弱ぐらいになると見られています。

その結果、働き手が少なくなって、地方から都市への人口の流入も減ります。また、中国の成長率は2010年代までは10%ぐらいだったのが、2019年にはプラス6.1%になっているという報告があり、成長率も鈍化してきました。今後、中国の成長が期待できないとなると、日本経済もつらい時代に入ると予測されます。

では、これからどうなるかというと、「2100年はアフリカの時代だ」という予測があります。ただ、日本から見るとアフリカは遠いので、アフリカで経済の勃興があったとしても、日本によい影響として及んでくるかどうかはまだ何ともいえないとところです。

そういう中で我々は、不確実性にいろいろな面で対処していかなければなりません。マーケティングやブランドでいえば、「ブランドの耐性」、あるいは「ブランドの基礎力」というものを作る必要があります。

ブランド戦略というのは、経営とマーケティング、コミュニケーションという3つの層からできています。不確実性が増大する時代には、基礎になる経営の部分が非常に大事です。どこにブランドを作るか、あるいはどうやってブランド全体を支えていくか、そういうことを考える経営部分の戦略が重要で、耐性のあるブランド作りが求められます。

ニューアブノーマルの時代:企業社会の変化 

次に、企業社会がどういう風に変化しているかを、マーケティングやブランドの観点から見ていきます。

世界経済の成長率が鈍化している中で、さまざまな分析の結果、イノベーションが停滞していると考えられます。業界を破壊するような影響力を持った新興企業を「Disruptor」と呼び、アメリカのCNBCが「Disruptor 50」というリストを毎年発表していますが、そのリストの推移を分析すると、2013年以降は新しい企業がなかなか入ってこない状況になっています。

では、そういう新興企業はどうなったかというと、GAFAMのようなプラットフォーマーに買収されているのです。同じプラットフォーマーでもGAFAMの収入の内訳はかなり違いますが、彼らの考えていることは一様に多角化です。


例をあげてみると、Amazonは薬局、Googleは金融サービスに進出しました。また、GAFAMではありませんが、Teslaは家庭用のエアコン事業を開始しようとしています。他事業分野にどんどん触手を伸ばしていくことで、強い企業はますます強くなっていきます。

その結果、上位企業の成長優位性がさらに強まり、いわゆる寡占型の市場化がますます進むと予測されます。例えば、アメリカの自動車市場は4社で約6割のシェアを占めます。世界のビール市場も4社で約7割です。このように上位集中化が進行し、それとともにブランドの集中化も進んでいます。

例えば、LVMH(LVMH モエヘネシー・ルイヴィトン)は世界の超有名ブランドを数多く集めていますが、昨年はTiffanyを買収したことで話題になりました。また、世界一の食品企業であるNestleは、ひとつの分野で数多くの違ったブランドをたくさん揃えているのが特徴です。車にしても世界の14社の会社が、54のブランドをコントロールしています。

ただし、世界の有名企業がいろいろなブランドを集中化させているものの、必ずしもこういう戦略が成功するわけではありません、

アメリカのFord Motor Companyが、90年代にラグジュアリーな車を集めたPremier Automotive Groupというものを作り、JaguarやLand Rover、Aston Martin、Volvoなどを買い占めました。しかし、シナジーを求めた結果、それぞれの車のスタイルが似てしまいイメージが壊れてしまった、他の競合ブランドに負けてしまった、などいくつかの原因が重なり、2000年代の後半には分解してしまいました。これは、世界の強いブランドをたくさん集めることが、必ずしも勝つことにはつながらないという例です。

さて、強いブランドが上位集中化し、寡占化が進行している中で、会社は自社のブランドアーキテクチャー(ブランドの体系)を再検討する必要があります。ブランドアーキテクチャーを念頭に置いて、それぞれのブランドが持っているパワーを最大限に引き出したり、ブランドの力をさらに活用したりするような経営をするべきです。

また、誰かが作ったブランドを買うだけでなく、自分でブランドを育てることも必要です。例えば、I-neという会社はオンラインで売られているヘアケアがなかった点に着目し、強力なヘアケア剤が少ない中価格帯にBOTANISTを投入して成功しました。非常に競争が厳しい業界で、レッドオーシャンの中にブルーオーシャンを見出したといえます。

他には、作業服の専門チェーンであるワークマンが、従来のブランドや会社の力を活かしながら、市場の中の違ったセグメントに登場して大きな業績を上げた例があります。これは非常にユニークだと思います。

大企業がブランドを占有しても、我々は自分のブランドを育てる努力を怠らず、自家生産ブランドの開発継続をすることが求められています。

ニューアブノーマルの時代:デジタル社会の消費者行動変化

ニューアブノーマルの時代:デジタル社会の消費者行動変化

ニューアブノーマルの時代:デジタル社会の消費者行動変化②
ここからは、デジタル社会の消費者行動変化について考えてみます。デジタル時代というのは情報伝達量が爆発的に増える時代といえます。情報伝達力というのは、「より多くの受信者に、より効率よく、より多数の情報を、より詳細に伝達する力」ですが、これが約100年前のスペイン風邪が流行った時代と比べると2020年は150万倍になっているそうです。

こういう情報が多い社会において消費者はどう行動するかですが、まず、情報をやり過ごすということが起きます。頭の中で処理できる情報量は限られているので、情報過多になると無視してしまうわけです。一方で、「満足化」といいますが、情報を精査せずに意思決定するという現象が出てきます。情報をくまなく確認することはせず、「これでよいだろう」と適当なところで意思決定を行います。また、人によっては、情報をできるだけ効率的に処理するようなスキルを身につけたり、ツールを活用したりします。

こういう消費者行動をブランドにおいて考えてみます。まず、「ブランドがヒューリスティックスとして用いられる」ということがあります。ヒューリスティックスとは、意思決定のための簡単な指標です。世の中にブランドがどんどん増えてくると、どれを選んだらよいかわからなくなり、「この有名ブランドを選んでおこう」というような選び方がされるようになります。他方、「このブランドを選んでおけば間違いないだろう」という選び方もあります。

その一方で、「ブランド情報に依存せずに意思決定する」ということも増えます。例えばレヴューを見て、その情報に依存して意思決定するなどがそれにあたります。

Batra & Kellerという非常に有名なマーケティング学者が、最近の消費者購買意思決定には2つの大きな変化があると述べています。ひとつは「階層的な情報処理ステップの単純化」です。これは、2020年にユニクロで+Jが復活したときに、「ユニクロの+Jのコートだから、パッと決めて衝動買いしてしまった」というような行動が例としてあげられます。

もうひとつは、「情報経路の複雑化」です。情報を得る経路が多く、情報と接触するポイントもたくさんあるので、我々が細かい意思決定をすることがさまざまな場面で起こります。例えば、旅行は前もって計画して出発しますが、その途中でも情報に触れるので、急に行き先を変えるというようなことがあります。

このように情報経路が複雑で、消費者側の情報処理ステップが単純化している現在、ブランドの基本的な役割に変化はないものの、ブランドが消費者にとって利用しやすい形態である必要があります。

例えば、「Tiffanyと言えばダイアモンドだな」とか、「女性にTiffanyのダイアモンドを贈るといいんだよね」というように、我々はブランドを手がかりに頭の中の情報を引き出します。そのため、ブランドはより知覚されやすく、またブランドのストーリーや情報を引き出しやすい存在に変わることが必要です。

コロナ後のブランド戦略に求められるもの

コロナ後のブランド戦略に求められるもの
さて、最近パーパスブランディングという言葉をよく聞きます。パーパスというのは、「何のために、会社が存在しているのか」という企業の存在意義で、それに合わせてブランドを開発するのがパーパスブランディングです。

今は世界が変動していることもあり、ブランドの方向性を真剣に考えないとならない時です。そのため、ブランドによってはパーパスを少し変えることも珍しくありません。例を上げると、Teslaは「地球のサステナブルな交通への移行を促進」から、「サステナブルなエネルギーへの移行を促進」にパーパスを変更しました。

今後の社会変化に対応するために、それぞれの企業のパーパスに沿ってブランドの方向性を真剣に定める必要があるということを、最後にお伝えしておきます。