大前研一メソッド 2022年1月11日

気候変動会議COP26:「公約は達成困難」

COP26_climate_change

2021年10月末から約2週間にわたってCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)が英国で開催されました。COP26では、日本を含む120以上の国と地域が、2050年までにカーボンニュートラルを達成することで合意しました。CO2などの温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させるというものです。

世界中から排出されるCO2の量の合計は約335億トンと膨大です。カーボンニュートラル達成は簡単なことではありません。

【資料】データで見る温室効果ガス排出量(世界)

温室効果ガスの排出量と吸収量を均衡させるという合意は本当に守れるのでしょうか。BBT大学院・大前研一学長は懐疑的な見方をしています。

大前研一(BB大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

国別のCO2排出量は、中国と米国とインドの3か国の合計が世界の半数を占める

2050年までにカーボンニュートラルを達成することで合意したが、私はあまり信用していない。各国のリーダーは、30年後には全員が入れ替わっているからである。責任を追及されない目標は信用できない。英国に集まった世界中の政治家と役人は約束を守れないだろう。

CO2排出量が世界一の中国はマイペースだから、カーボンニュートラルは「2060年に達成する」と10年延長した。彼らの辞書には「自分がやることは世界で最も正しい」と書いてあるらしい。しかも本気で取り組むとは思えない。習近平は“永久皇帝”になったとはいえ、任期はせいぜいあと2期10年くらいであろう。

世界の政治家がカーボンニュートラルを目指すのは正しいが、政策が実現しないことはいくらでもある。

COP26で途上国は、カーボンニュートラルの2050年達成に反発した。先進国からの資金援助がないと進まないのだ。先進国は2009年に、途上国に対して2020年までに年1000億ドルを支援すると約束したが、守っていない。途上国はCOP26で資金援助の増額を訴えた。先進国は支援強化を表明し、岸田首相も追加支援すると演説した。

例えばインドは、中国と同じ2060年達成を目標としている。収入が1日200円以下の人が多い国や地域は、先進国の支援がないとカーボンニュートラルの達成は困難だろう。

国別のCO2排出量で、中国と米国とインドの3か国の合計が世界の半数を占める。大きな見方でいえば、中国(約90億トン、28.4%)米国(約50億トン、14.7%)がCO2排出量を激減させ、インド(6.9%)が排出量を増やさないだけでも、世界はカーボンニュートラルに近づくはずである。

海面水位2m上昇に対する防衛策を準備するほうが安くつく

温暖化で心配されることの1つに海面水位の上昇がある。何も対策しなければ、21世紀中に2mほど上昇するとの予測もある。

海抜が低い地域は、水没への対策を打たなくてはならない。世界一海抜が低いモルディブでいえば、人々が住む島の数を減らし、オランダの干拓や治水の技術を導入する方法が考えられる。国土の約27%が海面下のオランダは、土木工事、浚渫工事の技術が高く、ドバイなどはオランダ企業に工事を発注することが多い。

世界の政治家たちは、心の中でオランダの技術に期待しているだろう。カーボンニュートラルを達成するよりも、海面が2m高くなった場合の防衛策を準備するほうが安くつくとわかっているからである。

寒冷地では灯油の供給が止まる?

COP26では、35年までに主要市場で、2040年までに全世界で販売する新車はすべてCO2などを出さないゼロエミッション車にすると共同声明を出した。

しかし、新車がすべてEVになっても、その前に販売したガソリン車やディーゼル車は、30年ぐらいは走り続ける。全国(あるいは全世界)のガソリンスタンド(SS)はなくせない。

日本の場合、寒冷地のSSは冬になると暖房用の灯油がよく売れる。地域の燃料供給拠点なのだ。また、都市ガスがない地域は、プロパンガス(LNG)を使っている。私は長野県の蓼科に拠点があって、冬は摂氏マイナス20度になるから、農協がLNGのシリンダー(ボンベ)を配達してくれないと生活できない。

脱炭素の話には、全国で必要とされる灯油やLNGへの具体的な対策が欠落している。軽井沢や蓼科に拠点がある身としては、「燃料の供給を受けずに、どう生活すればいいのでしょう」と尋ねたい。

実は、省エネのほうがよほど現実的かつ効果的

日本の脱炭素は省エネで進めるのが一番現実的だろう。1970年代のオイルショック以来、得意技としてきた技術だ。日本の1人当たりエネルギー消費量が、世界トップクラスで少ないのも省エネのおかげである。

ただし、現状ではまだ足りない。電気でいえば、商業施設、工場、家庭などに分けて考えれば、改善点はいくつもある。

商業施設では、コンビニやスーパーマーケットなどにあるショーケースの電力消費が大きい。ショーケースは外気温が低いときに冷えすぎるなどのムダがあり、温度センサーによって解決できるはずだ。現在より2倍ほど効率がいいコンデンサは、開発の見通しが立っている。コンデンサを交換するだけで、エアコンやショーケースの電力消費はかなり減るはずである。

工場ではモーターの電力消費が大きいが、効率が2倍ほどになる製品が開発されている。大型モーターの交換は企業の負担が大きく、補助金を出すなどの支援策も必要であろう。格段に効率が高いコンデンサとモーターの開発は超重要課題だ。政府が補助金を出して完成を早めるべき課題である。岸田政権が進める、脱炭素・再生可能エネルギーの拡大政策より、省エネのほうがよほど現実的かつ効果的だ。

ビルやマンションのエレベータも、スピードを遅くするだけで省エネ効果が大きい。電力消費が激しい高速エレベータを禁止するなど規制による省エネもある。

店舗、工場、家庭の照明をすべてLED化するのも効果が高い。LEDへの交換に補助金を出し、期日までに交換しなければ罰金をとるなど普及促進の方法もある。飲食店が新型コロナ対策に対応しているかを検査するように“LED警察”が調べてまわればいいのだ。実際、米国などでは“LED警察”が機能している自治体もある。

また、日本の家屋は熱の漏れが大きく、冷暖房の効率が悪い。特に窓ガラスから逃げる熱が多いので、ドイツで普及している遮熱フィルムを貼るようにする。エアコンの消費電力は半分ほどになるはずである。

現在の日本は成長国家でなく、人口減少も進んでいるから、国全体のエネルギー消費は減らしやすい。さらに省エネ技術で1人当たりのエネルギー消費量とCO2排出量を減らせば、間違いなく世界の優等生になる。

※この記事は、『プレジデント』誌 2022年1月14日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。