大前研一メソッド 2022年5月9日

韓国の新大統領・尹錫悦氏の就任演説に注目

korea president speech

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

2022年3月の韓国大統領選で、保守系最大野党「国民の力」の尹錫悦(ユン・ソクヨル)氏が当選、5月10日に就任式を迎えます。今回の大統領選は、両候補ともスキャンダルを抱え、互いに演説であげつらうという実に不毛な戦いでした。

日韓関係は大統領が保守党のときは改善するといわれてきたし、尹氏は親日的とも伝えられています。しかし、期待はできません。親日派で知られ2007年末に当選した保守党の李明博(イ・ミョンバク)元大統領も、支持率が低下すると、2012年に竹島に上陸し、「天皇に謝罪してほしい」と言い出しました。

いまの韓国は保守、革新の区別なく、反日姿勢を見せないと政権の支持率は上がらないのです。

国民の目を外交に逸らすのではなく、内政の課題にどれだけ注力できるかーー。5月10日の大統領就任演説での注目ポイントを、内政に絞ってBBT大学院・大前研一学長に解説してもらいます。

「新しい韓国」のイメージ

尹次期大統領に取り組んでほしいのは、新しいクオリティ国家を築くことだ。現在の韓国が世界に自慢できるのは、K-POPやドラマ・映画などの若者文化だ。BTS(防弾少年団)に代表される新しいスタイルのポップカルチャーは世界的に見てもユニークで、所属事務所HYBEは20年に上場して時価総額は一時1兆円を超えた。

次期大統領が新しいクオリティ国家を世界にアピールできたら、韓国にとって初の大統領になるだろう。

尹次期大統領は、北朝鮮との対話は横において、若者文化や産業の振興に磨きをかけたほうがいい。そもそも韓国の一般国民は、南北統一にあまり興味がない。それよりも、新しい韓国を築きあげるほうが支持されるだろう。

新しい韓国のイメージはすでにある。スマホなどの半導体関連、エレクトロニクス関連、あるいは化粧品などは強い。これから力を入れて育てたい産業はいくつもある。

新クオリティ国家を強調して、国民が自分たちの国に誇りを持てれば、大統領の役割を十分に果たしたことになる。国民が誇りを持てば、日本との関係も恨みごとを抜きにできるはずだ。歴史問題が持ち出されるのは、自分の国にプライドを持てないからだ。

「韓国で生まれ育っても幸福になれない」絶望感

尹次期大統領が取り組むべき課題は山積みで、まず少子化対策だ。

韓国の合計特殊出生率は、2021年に0.81まで低下した。日本はコロナ禍で生まれてくる子どもの数がさらに減ったと話題だが、それでも合計特殊出生率は1.34ある(2020年)。OECD加盟国中、1より小さいのは韓国だけという深刻な状況だ。いまの韓国が“絶望の国”であることを示す数字だろう。

女性が子どもを産む気にならないのは、国に対する信頼の欠如と考えていい。女性に限らず、韓国の人たちが最も嫌っているのは、日本よりも自分たちの国なのだ。韓国人が酔っ払って本音で話し出すと、たいてい韓国政府の悪口になる。彼らの自国嫌いは「ヘルコリア」という流行語にも表れていた。わかりやすく訳せば、「こんな国、クソくらえ」という意味だ。

韓国では、出身大学によって人生がほとんど決まってしまう。国立のソウル大学、私立の高麗大学、延世大学あたりを卒業して役所や財閥系企業に勤めるのがエリートコースとされてきた。近年は新興企業も就職先の候補に入ってきたが、基本的な構造は変わらない。

一流大学に合格しなかった(あるいは、しそうもない)若者は、お先真っ暗だ。大学受験に失敗したら、躊躇なく韓国を捨て、米国などへ脱出する。父親は韓国に残り、母親と子どもは米国で暮らす“離散ファミリー”は少なくない。もともと自分の国が嫌いだから、海外脱出に抵抗感はないのだ。

しかも近年は、過酷な受験戦争を勝ち抜いて財閥系企業に就職しても、40代を過ぎればIT時代に育った若い世代に競争で負けてしまう。50代、60代は出世してラクができるはずだったのに、肩たたきにあってしまう。年金も少ないから、退職後は公共交通費が無料だからと、フードデリバリーの配達員のようなアルバイトで暮らす元エリートも珍しくない。これでは自分の国にプライドを持てるはずがない。

また、韓国に根付く古い価値観を拭い去ることも必要である。

(1)エンジニアの社会的地位向上

韓国の科学分野、技術分野が強くならない原因の1つに、産業界の“エンジニア蔑視”がある。エンジニアの社会的地位を上げ、製造業の開発力を高めることも次期大統領の課題だ。

韓国人は、毎年秋になると憂鬱になるらしい。ノーベル賞が発表されるからだ。日本人が毎年のように科学分野で受賞するのに比べ、韓国で過去に受賞したのは平和賞の金大中元大統領だけだ。

韓国の中小企業は、研究開発に積極的ではない。東京・大田区の町工場みたいに、世界で通用する技術力がある中小企業が育たない。財閥系の大企業が信頼できないからだ。

私が韓国で講演すると、中小企業の経営者たちは「日本みたいに大企業と中小企業の信頼関係がないから、われわれは研究開発をやる気にならない。日本企業に類似品があれば、開発するよりもそっちと契約するように勧めるぐらいです」といわれる。

日本の場合、例えばトヨタは下請け企業が新技術を開発し、コストダウンなどの成果が出たら、利益はトヨタと下請け企業で分け合うことになっている。協豊会、栄豊会といった下請け企業の団体があって、共存共栄の信頼関係が築かれている。

韓国では、下請け企業が新技術を開発すると、大企業にみんなタダで奪われてしまう。大企業ではソウル大学卒のエリートたちが自分の功績にして、下請け企業が報酬を求めても聞こえないふりだ。中小企業が「研究開発するだけ損だ」と考えるのも無理はない。開発力が育たないから、いつまでも日本から技術を買うことになる。

韓国で、工学系のエンジニアの地位がとことん低いことも問題だ。財閥系の工場であっても、エンジニアはたいてい中2階のような天井から吊った狭い空間で働いている。汝矣島洞ヨイドドンに林立する立派な事務系のためのオフィスビルとの格差は大きい。

日本のようにエンジニアがものづくりを支えているという意識はなく、米国のように優れた技術を開発したエンジニアがガンガン儲けることもない。社会全体でエンジニア蔑視の風潮を改める必要がある。

(2)女性の社会的地位向上

同じことは“女性蔑視”にもいえる。私は韓国の梨花女子大学で国際大学院の名誉教授となっているが、女子学生たちの話を聞くと、日本では信じられないほど、世界で活躍したいという希望を持っている。だから必死に英語を身につけ、ボーダーレス経済(国境なき経済)なども勉強している。

もし韓国の財閥系企業に就職したら、女性蔑視が強いから、男性が決めたことに従わないといけない。それよりも国際連合などの国際機関や多国籍企業に就職したいと考えている。将来は、国際機関のアジアを統括する局長などを目指している。しかし女性の多くが「一生独身でいいから、世界で活躍したい」と考えるようになったら、国家としては悲劇としかいいようがない。

5月10日に就任する尹次期大統領には女性蔑視、エンジニア蔑視などの古い価値観を拭い去り、若者文化を育て、新クオリティ国家を目指してもらいたい。本人も30歳を過ぎた事業家であった金建希(キム・ゴンヒ)氏と結婚しているから、妻の話に耳を傾けるといい。韓国の人たちが自分の国にプライドを持ち古い価値観を拭い去ることは、日本にとってもありがたいことなのだ。

※この記事は、『プレジデント』誌 2022年5月13日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。