大前研一メソッド 2022年8月23日

安倍元首相は、国葬に値する功績を残したのか?

national funeral

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集

安倍晋三元首相の「国葬儀」(国葬)が、2022年9月27日に日本武道館で営まれることが閣議決定されました。費用は全額国費でまかない、無宗教形式の葬儀となります。戦後になってからの国葬は、皇族を除くと吉田茂元首相だけでした。

BBT大学院・大前研一学長は、安部元首相の国葬に反対の立場をとります。内政面でも外交面でも、国葬に値するような「これ」と言った功績を残していないのがその理由です。

「殺害のショック」と「政治家としての功績」は区別して考えるべき

「安倍氏は国葬か、国民葬か」と議論されていた2022年7月19日、自民党の茂木敏充幹事長が奇妙なことを発言した。立憲民主党などが国葬に反対することについて、「野党の主張は国民の声や認識とかなりズレている」と言ったのだ。

自民党が「国葬」にすると独断で決定したのに、国葬か国民葬かは「国民の声」が決めると説明しているのは、頭が良いはずの茂木氏にしてはロジックがおかしい。自民党は国葬に決定した理由について、「史上最長政権だった」「外交が国際的に評価された」などと言っているが、基準が曖昧であり、結局は感情的に判断したのだろう。

安倍元首相が国葬に決まったのは、基本的には死に方の問題だ。あの残酷な銃撃で殺害されたことは、国民のシンパシーを買った。「モリカケ桜」問題など、安倍氏の批判をしてきた私でさえも哀悼したいと思うし、国民の気持ちは理解できる。

ただ、安倍氏の政治家としての評価に関する今の報道を見ていて思うのは、「殺害のショックと政治家としての功績は区別して考えるべきだ」ということだ。安倍政治の評価はもう少し時間が経ってからのほうが良いだろうとは思うが、私の考えを述べたい。

最長政権にもかかわらず、日本に最も必要な規制改革を行わず

私が安倍氏を政治家としてまったく評価していないのは、日本に最も必要な「痛みを伴う抜本的な規制改革」を何一つ進めなかったからだ。

一時的に失業の山を築いてでも、規制を撤廃して、衰退著しい日本の産業を立て直そうとしなかった。むしろ、規制を固める方向に進んだ。

19、20世紀の古い経済学に基づいたアベノミクスも、高齢化し低欲望化した日本では成果は出なかった。史上最長の安定した政権だったはずなのに、労働生産性が上がることはなく、1人あたりGDPの世界ランキングは低迷し、日本人の給料も上がらなかった。

過剰にへりくだった対米外交

安倍元首相は、事件後の報道を見ると「外交が高く評価された」といわれるが、冷静に振り返ると今日に残る成果はあまり見当たらない。

例えば、米国のトランプ前大統領とは先進国の中では唯一、趣味のゴルフで仲よくなったようだが、日米関係は「イコールパートナー」というよりはむしろ、過剰にへりくだっていた。

安倍氏は第1次内閣期(2006年9月〜2007年8月)は、「戦後レジームからの脱却」を唱え、憲法改正やGHQ占領時代の“評価”などを訴えていた。ところが、米国政府から警戒されて距離を置かれ始めると、一転、米国政府のご機嫌を最優先するようになった。米国連邦議会(米国現地時間2015年4月29日)や真珠湾(同2016年12月27日)で「民主主義を教えてくれたのは米国だった」などと、米国人がうっとりするような演説をする始末だった。

首相引退後も、(軍需産業がバックにいる)米国政府から「日本はもっと軍事費の負担をしろ」と言われれば、安倍氏は「対GDP比2%」の防衛費増額を声高に訴えていた。

プーチンと27回も首脳会談するも、対ロ外交にはマイナス

また、ロシアのプーチン大統領と27回も首脳会談を重ねたことはよく語られる。しかし実態は、安倍氏は首相当時に「北方四島」を返してもらおうとしていたが、プーチン大統領とは会うたびに距離が開いていった。

ロシアからすれば、北方四島は第2次世界大戦の戦利品として、戦勝国が集まったカイロ会談、ヤルタ会談を経てもらったものだ。「『この四島をください』と言われたら考えてもいいが、『返せ』とは心外だ。北方“領土”という言葉はおかしい」というのが安倍政権のときに固まったロシアの主張だ。

だから、会談を重ねるうちに「北方領土返還」から「北方四島を一緒に開発しましょう」になり、やがて「日ロ平和条約を結んで実績が出てから話そう」と弱気になっていった。安倍氏が重用した外交官・谷内正太郎氏がラブロフ外相に「(返還されたら)日米安保の対象になりうる(≒米軍基地を北方四島に新設しうる)」と失言したことも相まって、会えば会うほど北方四島の返還は後退していったのだ。

現在のウクライナ情勢でも、「(プーチンと親しいんだから、安部氏の)出番だよ!」と外野に呼びかけられても、これまでのプーチン氏との関係を役に立てようと動くことはなかった。

安倍氏は、隣国である中国、韓国、北朝鮮との近隣関係でもまったく成果はなかった。就任時に「優先順位が高い」と自ら宣言した北朝鮮による拉致被害者の返還問題も、成果は何もなかった。金正恩総書記に会う予定があるトランプ大統領に依頼したことはあっても、自ら動くことはなかった。

国のために成果を残せる政治家を首相に選ぶ責任が与党にはある

以上、冷静に振り返れば、日本の外交にプラスになった成果など私は一つも思い出すことができない。

冒頭の国葬の話に戻るが、そもそも私は、首相経験者は一律で「国民葬」にしたら良いと思っている。また、国費を使うのではなく、今ならクラウドファンディングで国民から寄付を募ればいい。葬儀の規模はクラウドファンディングで募った寄付額の額、つまり、亡くなった人次第だ。

寄付額が少なく、寂しい葬儀もあるだろう。裏を返せば、与党は国のために成果を残せる政治家を首相に選ぶ責任があるのだ。そのことを再確認してほしい

※この記事は、『プレジデント』誌 2022年9月2日号、『大前研一ライブ #1128』 2022年8月21日放送 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。