大前研一メソッド 2023年2月21日

先端技術を引っ提げて暴走する、独裁者気質の経営者に黄信号?

Tesla

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集

世界一の金持ちの座が移動しました。約1年3カ月間、トップの座を守り続けた電気自動車メーカー・テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が2位に転落しました。

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この交代劇は、先進技術を引っ提げて暴走する、独裁者気質の経営者に黄信号が灯ったことを示唆しているのではないか、とBBT大学院・大前研一学長は指摘します。

イーロン・マスク氏が世界一の大富豪の座から転落した二つの原因

この交代劇は、イーロン・マスクの資産が減ったことによって起きている。イーロン・マスクはピークで3400億ドル(当時のレートで約38兆円)の資産を持っていた。しかし、資産の大部分を占めるテスラの株価が、2022年の1年間で約65%下落してしまった。これはイーロン・マスクが1人で勝手に転んだようなものだ。

なぜテスラ株は売られたのか。以下のような大きく二つの原因があると考える。

原因1:「EVがバラ色ではない」という認識が世界に広がる

1つには、EVに対する見直しの動きがある。まず充電の問題だ。世界で最もEVの普及が進んでいるノルウェーは、2022年の新車販売の約8割がEVになった。しかし、普及に対して充電所が足りず、チャージするために長蛇の列ができるようになった。

長蛇の列になる原因は、充電所の数だけではない。そもそもEVの充電は時間がかかる。ガソリン車なら給油にかかる時間はせいぜい数分。一方、EVはフルに充電しようと思えば数時間かかってしまう。

そもそも「EVは気候変動問題の解決に必要」という意見に対しても疑問符がつく。世界の電気の6割強が石炭やLNGなどの化石燃料を燃やしてつくられている以上、説得力がない。

また、毎年発生する雪害・地震などの災害に弱い点も気がかりだ。大雪で車が動けなくなり、充電所までたどり着けないリスクがある。寒さをしのごうと暖房をつけると、バッテリーの減りも早い。もちろんガソリン車も同様のリスクはあるが、ガソリンはポリタンクで運んでの給油も容易でEVよりラクだ。また、北海道の胆振(いぶり)東部地震で起きた大規模停電などを見れば、災害時に長期間充電できなくなる怖さがわかる。

日本ではEVがまだ普及期であり、上記にあげた問題はそれほど注目されていない。しかし、先行している欧州や米国、中国では、「EVがバラ色ではない」という認識が広がりつつある。それがテスラ株下落の構造的背景である。

原因2:「イーロン・マスクに経営者の資質はあるのか」という疑義

テスラの株価が下落した要因はもう1つある。イーロン・マスクという“経営者”に対する疑義だ。イーロン・マスクは、これまで技術力に基づいた経営で事業を成長させてきた。ペイパル、テスラ、スペースX。いずれも技術で新しい市場を創出しており、実績は申し分がない。

ただ、技術は先進的になるほど人を不安にさせる。たとえば自動運転も完全自動運転のレベル5になれば、「変人奇人のイーロン・マスクが開発したシステムなど信用できない」という声が続出する恐れもある。この壁を乗り越えて社会に受け入れられるには、技術以上に“人間性”の問題が重要だ。要は「あの経営者は人格者だから信用できる」と思わせないとダメなのだ。

ところが、イーロン・マスクは過激な言動で、すぐに敵をつくってしまう。イーロン・マスクの悪い側面が端的に表れたのは、ツイッターの買収だ。2022年4月には筆頭株主になり、いったん当時の経営陣と買収の合意に達したが、同年7月に撤回。すったもんだの末に同年10月に買収が完了した。同時に経営陣をクビにして、その後、従業員も次々に解雇した。

買収のやり方もスマートではなかったが、人々をより不安にさせたのはツイッター買収の動機だろう。イーロン・マスクは買収の理由を「言論の自由を守るため」と言っていた。永久凍結されていたトランプ前大統領のアカウントを復活させたのも、その主張に沿ったものだった。しかし、一方でニューヨーク・タイムズやCNNなどの記者のアカウントを凍結。イーロン・マスクの言う「言論の自由」とは、気に入らないジャーナリストは黙らせる「独裁者の自由」だったのだ。

私は、そもそも買収のきっかけは、言論の自由でさえなかったのではないかと疑っている。ツイッターは仲良しのジャック・ドーシーが創業した会社だが、2021年11月、ドーシーは追い出される形で会社を去っている。イーロン・マスクは当初、ドーシーを復帰させるための株式取得を開始したのだろう。実際、ドーシーは当時の経営陣を批判するツイートを投稿していた。

ただ、イーロン・マスクは独裁者気質である。株式取得を進めるうちにツイッターの気に入らない点が次々と目につき、ひとまず自分で経営しているのだと思う。ツイッターは技術的にはすでに枯れたSNSであり、イーロン・マスクほどの経営者が本気でその事業に関心を持っているとは思えない。ツイッターの後継者にドーシーを指名するかどうかはわからないが、いずれ誰かに引き継ぐことを早々に表明している。

イーロン・マスクにとって、ツイッター買収は一時の戯れにすぎないのだ。しかし、戯れで組織を壊す姿に人々は不安を覚えた。なかでもテスラ株主は気が気でなかったはずだ。経営者は、自分の事業に集中すべきである。しかもマスクは買収額約440億ドルのためにテスラ株を売却した。テスラ株主が「このままやつに経営を任せていて大丈夫か」と不安になり、テスラ株を手放すのも納得だ。長者番付1位からの転落は、自ら蒔いた種でもあった。

イーロン・マスクが世界一の金持ちでいられたのは、技術力と瞬発力だけで通用する段階までだ。そろそろ自身の人間性を問われる段階に入ったというサインが、今回の転落劇だったのではないだろうか。

※この記事は、『プレジデント』2023年2月17日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。