大前研一メソッド 2025年10月7日

中国の不動産不況は10年以上続く

real estate china
大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

日本では都市部を中心に不動産が高騰している一方で、中国の不動産不況が深刻です。習近平国家主席に、この危機をコントロールする能力や気概はありません。中国の社会不安は広がるばかりです。中国の不動産不況はこのまま10年以上続くだろうとBBT大学院・大前研一学長は指摘します。

約2000兆円の不良債権が眠ったまま

2025年8月25日、中国大手デベロッパーの恒大集団が香港証券取引所で上場廃止になった。恒大集団が債務不履行になったのは2021年。その後も再建はかなわず、2024年1月に清算命令が出て香港証券取引所で取引停止に。状況は変わらず、正式に上場廃止になった。

恒大集団が抱えていた負債額は約50兆円と言われる。それで済めば、今回の清算で中国の不動産市場は息を吹き返す可能性もあった。しかし、デベロッパーに融資をする地方政府のインフラ会社「地方融資平台」が抱える債務残高は、IMF(国際通貨基金)の推計では2027年に約2000兆円。これが眠ったままであり、本格的な危機はむしろこれからだ。

2000兆円規模の巨額な負債が経済にどれだけのダメージを与えるのか。1990年代初頭の日本の不動産バブル崩壊と比較するとイメージしやすい。

1980年代、私は米ニューヨーク・タイムズ紙にとある記事を寄稿した。不動産は収益還元価格、つまり将来得られる賃料収入を現在価値に割り戻した価格が適正である。しかし当時の不動産業界は、どんぶり勘定で取引価格を決めていた。その結果、根拠もなく地価が高騰。「山手線内側の地価で米国全土が買える」とも言われた。

試算だけではない。実際、東京の兜町で営業していた蕎麦屋は、立ち退きを拒否し続けた結果、最終的な立退料が20億円になったという話も聞いたほどだ。このように日本全国で土地が実際の需要からかけ離れた上がり方をしていたため、「東京の不動産バブルが崩壊したらニューヨークの株式市場も暴落する」と警鐘を鳴らしたわけだ。

その記事が出た直後にブラックマンデーが起きた。「大前が引き金を引いた」という声もあったが、私のせいにされてはたまらない。金融経済が実態経済から乖離していたことが悪いのだ。

日本のバブルはもう少し後に崩壊する。土地の高騰は銀行が土地を買いたい人にお金を貸しすぎるせいだとして、政府は金融機関に窓口規制(銀行の融資枠を抑える措置)、総量規制(不動産向け融資の伸び率に上限を設ける措置)を課した。それをきっかけに90年頃から地価が下落。金融機関は約100兆円の不良債権処理を実施したと言われる。それだけ巨額の資金を使っても、できたのは出血を止めたことだけ。その後経済が回復しなかったことは、「失われた30年」で証明されている。

日本でもこのありさまだ。中国の不動産負債は推計2000兆円。額を比較すれば、中国の不動産バブル崩壊の深刻さがよくわかる。

中国不動産不況が歴史的に深刻な理由

中国の不動産バブルは、90年代に鄧小平国家主席が、先に豊かになる人から豊かになり、豊かになった人は貧しい人を引き上げるようにすべきだという「先富論」を掲げ、一国二制度を打ち出したところから始まった。国民の期待値が高まり、土地への投資が活発になったのだ。

すると、比較的裕福な人がまず上海近辺でマンションを買った。期待値が高まっている中国人は、購入した物件を担保にしてお金を借り、少し離れた蘇州や杭州などでやや安価な不動産を購入する。そしてまた新たに買った物件の担保余力を使って、さらに地方に3つめを購入。このように数珠つなぎで物件を購入し、一人が5〜6軒のマンションを持つこともあった。

しかし、そこに実需が追いつかなかった。中国では一人っ子政策が30年以上続いて、少子高齢化が進んだ。一人っ子政策は10年前に廃止されたが、教育費の高騰などを背景に2人目を生む余裕はなくなり、今や合計特殊出生率は日本より低い。若い世代が減れば、マンションを買う人や借りる人は減っていく。日本以上の期待値で値上がりし、日本以上の少子化で実需がしぼめば、バブルが弾けるのは当然である。

問題は、どこまで深刻化するかだ。これまでも不動産バブルの崩壊は世界中で起きている。日本の前には、ニューヨークやヒューストン、ロンドン、スウェーデンなどでも不動産バブルが発生している。これらの不動産バブルには、ある共通点があった。価格が下がり続ければ、いずれは買い手が現れて底を打つのだ。

なかなか買い手がつかない物件でも、たいていは格言のとおり「半値8掛け5割引」までいけば手を挙げる人が出てくる。単純化すると、「0.5×0.8×0.5」で2割の価格になると、多くの場合、取り引きが成立するということだ。

しかし、中国の不動産は、その水準まで下がっても買い手がつかない可能性が高い。実は中国の住宅取引には、独特の商習慣がある。日本でマンションを買えば、最初からトイレやお風呂、キッチンの水回り設備がついていて、内装も仕上げてある。一方、中国の新築物件に水回り設備はなく、購入者が買ってから自分でとりつける必要がある。内装もなく、たいていは文字どおりコンクリートの打ちっぱなしだ。

中国では、このように一部未完成の新築物件が流通している。そのため買い手は住宅を買うとき、買った後に資金を投入してリフォームをしなくては住めない。物件が元値の2割まで下がっても、それ以上の追加資金が必要なのでおいそれとは飛びつけない。

完成していないのは部屋だけではない。問題になっているのは、「鬼城」と呼ばれるゴーストタウンである。

デベロッパーは地方政府と協力しながら街の開発を行う。当初の計画ではバスや鉄道などの交通インフラも整備されるはずだったが、不況で開発がストップ。建物は建ったものの公共交通手段が何もない地区が続出している。

人が住みたくても住めない鬼城は、いくら値下げしたところで買い手がつかない。これを解決しないかぎり、中国の不動産不況が底を打つことはない。

日本の安全保障にも影響する大きな問題だ

鬼城問題に解決策がないわけではない。欧米では、回収が難しくなった債権をサービサー(債権回収会社)やファンドが安く買い取り、粘り強く回収して再生させて売却している。中国でも、鬼城をサービサーやファンドに買ってもらえばいいのだ。

たとえば元値から2割まで下がった鬼城は、地区まるごと1割程度の価格で買ってもらう。地区の鬼城すべてを一度に完成させて再販するのは大変なので、まずは1棟を完成させて2割程度の価格で販売。同時に行政にも働きかけてバスの路線を整備してもらう。こうやって1棟ずつ再生していけば、10年後には元値の5〜6割程度の価格で売れるようになる。

中国の場合、本来なら中央政府がサービサーの役割を担うところである。しかし1割程度で安く買い叩くとしても、今の政府に全土に広がる鬼城をまるごと抱えるほどの財政的余裕はない。地方融資平台もすべて倒産して、地方政府が機能不全に陥る。

中国は共産党一党支配だが、習近平氏がライバルになりうる人材を片っ端から粛清したせいで、今や習近平一人支配になってしまった。政府内に不動産開発に長けたスタッフはほとんどおらず、再開発に乗り出したとしても、うまくはいかないだろう。

唯一の解決策は、資金もノウハウもある欧米の超巨大ファンドに入ってもらうこと。たとえば米大手資産運用会社のブラックストーンあたりに声をかければ、喜んで買い取ってくれるに違いない。ブラックストーンもいくつかのプロジェクトで失敗するかもしれないが、投資資金が10年で平均5倍になれば文句はないはずだ。

ただ、習近平氏が欧米のファンドに頭を下げることは考えにくい。結局、習近平政権ではこの問題は解決せず、中国の不動産不況も終息しないだろう。

気になるのは日本への影響である。すでに影響が表れているのがマンション価格の高騰だ。今、世界では土地の「等価交換」が起きている。ゴールドと同じように、都心部の高級マンションは世界共通の基準で交換されている。グローバルで見ると、東京や大阪の一等地はまだ安い。たとえば香港のビクトリアパークで夜景が見えるマンションは60坪で15億〜25億円。東京や大阪も、条件によっては同水準に上がる可能性がある。

中国の富裕層は不動産不況に手をこまねいている政府に愛想を尽かし、安全で便利な日本の不動産を物色している。東京都心や大阪北ヤードの高級マンション価格が天井知らずになりつつあるのも、中国の富裕層がリスクヘッジのために買っていることが一因だ。

一方、簡単に海外に逃げられない中国国民の生活は不況で苦しくなり、社会不安が高まっていく。すると、習近平氏が国民の不満を外に向くよう仕向ける可能性がある。そのときターゲットになりやすいのは日本だ。現地在住の日本人が襲われるとか、安全保障の問題に発展する可能性もゼロではない。

中国の不動産不況はただの隣国の不幸ではない。背景を理解しなくては、日本が守るべき資産も見えてこない。

※この記事は、『プレジデント』誌 2025年10月17日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。