大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部
高市早苗首相が「台湾有事は『存立危機事態』になり得る」と国会答弁したことを巡り、日中関係が悪化しています。高市氏の中身はいわば故・安倍晋三元首相の亡霊だとBBT大学院・大前研一学長は指摘します。根っから日本を愛しているわけではない高市首相のような「エセ右翼」が跋扈すれば、むしろ日本は亡国の道を歩むことになると大前研一学長は警鐘を鳴らします。
高市首相とは彼女が若い頃から面識がある。議員になる前の話だが、友達に連れられて私の蓼科の別荘にバイクで遊びにきたことがある。バイク客は山の中に連れて行き、難コースを走らせることを恒例にしていたが、彼女は一度もひっくり返らずについてきた。バイクの腕はなかなかのものだった。
1992年、私は平成維新の会を設立した。我々の政策を実現してくれる改革派の政治家を、政党に関係なく支援し、日本を変えようとしたのだ。活動を熱心に応援してくれたのは京セラの稲盛和夫氏や日本マクドナルドの藤田田氏。事務局長は新内閣で外務大臣を務める茂木敏充氏だった。
1993年7月の総選挙では、平成維新の会として108人の候補者を推薦した。推薦にあたっては、立候補者に「当選したら平成維新の会立案の88法案を実現させる」という誓約書を書いてもらった。このとき誓約書を書いた一人が、無所属で出馬していた高市首相である。私たちの政策に賛同していたように、若かりし頃の高市首相は改革派のグローバリストだった。
ところが政界の荒波にもまれるうちに変節。政策よりも政局優先で、安倍元首相に近づいた。ちなみに、高市首相が1992年に著した『アメリカ大統領の権力のすべて』(KKベストセラーズ)が新装重版され、帯には「大前研一、推薦」とある。しかし、それは30年以上前の話だ。右傾化した彼女が大きく変わらない限り、とても推薦文を書くことはできない。
新装重版に「大前研一、推薦」の文字。しかし、現在は推薦していない
根っからの右翼ではないという意味で、高市首相は「エセ右翼」と断じていい。ただし、問題の根はもっと深い。実は高市首相がすり寄った先の右翼も、日本を愛していないエセ右翼だからだ。国民は右傾化の流れに安易に乗らず、保守や愛国についてあらためて問い直す必要がある。
日本の右翼が強い関心を持つテーマはいくつかある。右翼はそれらを「守ることが日本を愛することだ」と声高に叫ぶが、それぞれに間違いが潜んでいる。
たとえば国土だ。右翼は、他国と争う土地について、「あの島は日本固有の領土だ」という。しかし、土地に名前が書いてあるわけではない。領土をめぐる議論には歴史的・国際法的背景があり、時と場合により国境は変わる。
今中国との間で問題になっている尖閣諸島は、江戸時代は台湾の漁師のほうがよく使っていて、日本も中国も尖閣諸島を明確に自国の領土とみなして統治していたわけではなかった。沖縄はそもそも琉球王国が支配していた。その後、日清戦争後の下関条約で台湾が日本に割譲されるのと同時期に、日本は尖閣諸島の実効支配を始めた。戦時中、1943年のカイロ会談で、米国は沖縄本島を中心とした琉球群島を中国・国民党が管理するかどうかを問うた。しかし、蒋介石はそれを強くは望まなかったようだ。
実は尖閣諸島の領有については日中平和友好条約を結んだ時点で、田中角栄と周恩来の間で結論が出なかった。尖閣諸島は鉱物資源が出るわけでもない「ただの島」とみなされていたからだ。鄧小平の認識でも、この議論は日中間で「棚上げしよう」というものだった。
竹島も似たようなものだ。竹島は日本が実効支配していたが、1954年に韓国が竹島を占領。日本は海上保安庁を出したが取り返すには至らなかった。竹島も大規模な鉱物資源は確認されていない。周辺が良い漁場であることは確かだが、魚が欲しければ買ってくればいい。
竹島に何かしらの権益があるのだとしても、ごく小さなものだろう。そのために日韓関係を悪化させるのは、割に合わない。お互いに「面子が立たない」というなら、極論を言えば、米国にバンカーバスターで粉々にしてもらって地図から消してしまえばいい。
そもそも、「国土が大事」と本気で思うなら、地震による隆起で4.74平方㎞も大きくなった石川県の復興に尽力すればいい。人が住まない島に旗を立てようとするより、ずっと愛国的だ。
ならばかつて日本人が暮らしていた北方四島はどうか。実はこれも外務省の認識がおかしい。「ソ連が日ソ不可侵条約を破って占領した」と主張する。しかしソ連は勝手に占領したわけではない。研究によれば、終戦間際、スターリンは北海道北部への進軍や占領を検討し、実際、北海道を米ソで分割統治する構想も一時浮上していたとされる。その背景には、1945年の米英ソ首脳会談(ヤルタ会談)で、ソ連の対日参戦と引き換えに南樺太や千島列島の引き渡しが密約されたことがある。
しかし、当時の米ルーズベルト政権は日本本土の分割占領には慎重で、後任のトルーマン大統領もソ連の上陸を認めなかった。結果、ソ連が実際に占領したのは南樺太と千島列島にとどまり、北海道の分割統治は回避された。北方四島も国後島の漁場を除けば大きな経済的価値はない。ロシアもそれをわかっているから、大きな見返りがあるなら事実上「売ってもいい」と本音では考えているだろう。ところが、日本の右翼は終戦時の経緯を踏まえず「ソ連が不法占拠した」と攻め立てる。ロシアは「戦後の手続きに沿った占領だ」とみなしているのに、その前提を無視されたら売る気になるはずがない。
安倍元首相も、そのあたりの経緯や機微がわかっていなかった。ゆえに27回もプーチン大統領と会談したにもかかわらず、領土問題の最終合意には至らなかった。
靖国神社参拝も日本の右翼がこだわるテーマの一つだ。右翼は靖国参拝を「祖国に尽くした英霊に感謝するのは当然。参拝は軍国主義ではなく、平和への誓いだ」とする。
この主張も張りぼてだ。戦争で祖国に尽くした国民は大勢いた。しかし祀られるのは戦死した軍人ばかり。私は学生時代にJTBで外国人観光客相手にガイドをしていたが、靖国神社は「war shrine (戦争神社)」と呼ばれていた。また、参道入り口には日本陸軍の創始者大村益次郎像が睨みをきかせる。どう言い繕っても戦争神社だ。
最大の問題は、戦争を主導したA級戦犯の合祀だ。昭和天皇は戦後、靖国に参拝していたが、A級戦犯の合祀以降は参拝をやめた。昭和天皇の考えでは、A級戦犯は参拝してはならない存在だったわけだ。一方、右翼は合祀を正当化する。ならば天皇崇拝を旨とする右翼の考えと昭和天皇の考えは矛盾するが、右翼はほっかむりだ。
現在、日本の人口は前年比で約30万人減っている。人口は国力そのものであり、日本を守るには移民政策を積極的に進めるほかない。ところが、エセ右翼は外国人排斥に熱心で、国力を弱めようとしている。今の日本において排外主義と愛国は正反対であることに気づいていないのだ。
統一教会問題に対するスタンスもおかしい。統一教会は、戦時日本の支配に対する反発心を根底に持つ宗教団体といわれる。実際、高い壺を日本人信者に売りつけ資金を集める、日本から若い女性を韓国に連れていって集団見合いをさせるなどしていた。
ところが安倍元首相の祖父にあたる岸信介が共産主義に対抗するため統一教会の教祖・文鮮明と組んで「勝共連合」を形成した。共産主義の脅威が弱まってもこの関係は続き、パイプを引き継いだ安倍元首相は、選挙応援などを積極的にやってくれる教徒を斡旋、自民党内で勢力を拡大していった。愛国者ならばこれを批判すべきだ。
ちなみに高市首相は積極財政、低金利政策を示唆している。これはアベノミクスのモノマネと思われるが、資本主義を歪める愚策だ。
もっとも、エセ右翼が幅を利かせているのは日本だけではない。米国のトランプ大統領は「MAGA (Make America Great Again)」と、自称「愛国」的スローガンを掲げて支持を集めた。自国ファーストを掲げつつ、実際は自分ファースト。それが世界のエセ右翼リーダーの特徴で、今のところ高市首相もその潮流の中にいる。
唯一の救いは、今回の政局におけるなりふり構わぬ姿勢から、高市首相がエセ右翼であることがあらわになったことだろう。本当の意味で国を愛し、国を守るとはどのようなことなのか。今は高市政権への期待が高いようだが、化けの皮が剥がれるのは時間の問題だ。
※この記事は、『プレジデント』誌 2025年12月5日号を基に編集したものです。
大前研一
プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。