
この論文から学ぶべき「大前研一メソッド」
<政治を「感覚」ではなく「数・制度・構造」で読む現実主義的政局分析>
政権の安定性や将来を、支持政党や好き嫌いやイメージではなく、議席配分・選挙制度・比例比率・支持母体の衰退といった“構造要因”から冷静に見通す
大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部
国会の会期末が2025年12月17日に迫る中、最大の焦点である議員定数削減法案の成立が困難な状況です。自民党と日本維新の会の連立合意では、「臨時国会での成立を目指す」と明記していましたが、高市早苗首相と維新の吉村洋文代表が党首会談を行い、成立の見送りを確認する方向です。維新が連立を離脱するとなれば再び政局が動き、高市政権が短命に終わる可能性もあります。BBT大学院・大前研一学長に政局を聞きました。(2025年12月15日執筆)
2025年10月10日に公明党が連立離脱を表明した。公明党の斉藤鉄夫代表は、その4日前に「駐日中国大使の訪問を受けた」との報道がある。公明党の支持母体である創価学会は池田大作氏の時代から中国との関係が深く、また右寄りの政策を掲げる高市総裁を中国は好ましく思っていない。何が話し合われたか定かではないが、この会談は公明党が連立離脱の意思を固めるきっかけの一つになった可能性が高い。
公明党が与党を離れた後は、自民党は新たな連立パートナーを探して奔走し、一方、自民党との連立が考えられない立憲民主党は、国民民主党の玉木雄一郎代表を首相にする構想で野党連合による政権交代を目指した。
永田町のゲームに勝ったのは自民党だった。維新の会を引き込んで連立に合意し、複数の無所属議員の協力も得て、晴れて高市新首相の誕生となった。
政権の枠組みだけを見れば、公明党の代わりに維新の会が加わっただけに映らなくもない。しかし、注目したいのは連立合意の中身である。自民党と維新の会の合意書には次の記述があった。「1割を目標に衆院議員定数を削減するため、25年臨時国会において議員立法案を提出し、成立を目指す」。
衆院の定数は465議席。その1割は約50議席だ。そして合意書では「小選挙区比例代表並立制の削減」についても触れられている。つまり合意に則って定数削減が実現すれば、衆院比例ブロック定数が50議席減ることになる。
大きなダメージを受けるのは、選挙区で当選した議員より比例で当選した議員が多い政党だ。まず、議員のほとんどが比例当選である日本共産党(選挙区1、比例7)、れいわ新選組(選挙区0、比例9)は議席を大きく減らすだろう。
同様に公明党(選挙区4、比例20)も厳しい。公明党は選挙区で4議席持っているが、これは自公の選挙協力により自民党支持層からも一定の支持があってこその結果である。連立離脱後は下手をすると選挙区で全敗もあり得る。頼みの綱である比例で定数が減れば、議席数は半減して一桁になるおそれもある。
連立離脱や定数削減がなくても、公明党の党勢が弱まる流れは避けられない。創価学会は、もともと日蓮正宗をルーツに持つ小さな田舎型の宗教団体にすぎなかった。勢力を拡大したのは、東京や大阪の行政に食い込んでからだ。『大前研一敗戦記』(文藝春秋)に詳述したが、私が平成維新の会を立ち上げて1995年の東京都知事選挙を戦った頃、「創価学会に入信すれば都営住宅の当選確率が上がる」という噂を聞いた。
当時、選挙応援について公明党に挨拶に行ったところ、都議会の公明党を取り仕切る人物に、「『生活者主義の国づくり』という政策には全面的に賛同するが、協力するためには過去は追わないでほしい」という条件を出された。「過去」とは都営住宅のことだとわかったので、結局、協力は遠慮した。
住宅という「現世利益」をエサに多数の信者を獲得すると、住宅問題を抱える都市部に力を持ちやすい。実際私が都知事選で遊説して回ったとき、創価学会の都議が手伝ってくれた戸山ハイツや大井の都営住宅街はみな窓を開けて手を振ってくれた。
そうやって勢力を拡大していた創価学会と公明党だが、昭和に入信した者は高齢化を迎えて信者数が急激に減っている。国内の信者数は公式に発表されていないが、公明党の比例得票数から推測すると、ピークは約900万人。そこから現在は600万人を割り込んでいると見られる。
【図】衆議院選挙(比例代表)での公明党の得票数

信者の高齢化は創価学会だけの悩みではない。戦後に勃興した新興宗教の多くは世代交代がうまくいっておらず、信者を減らしていると聞く。これは避けられない流れであり、今後も宗教としての創価学会が劇的に復活することは考えにくい。支持母体が弱体化すれば、公明党の党勢も衰えていく。
一方、与党側にはどのように働くか。自維連立は、自民党にとってプラスにならない。減ったとはいえ、公明党の基礎票は大きかった。それに対して維新の会の牙城は関西であり、全国的には自公連立が持っていた票の結束力には及ばない。接戦で敗れても比例代表で議席を確保できた議員も、定数削減が実現すれば、落選の可能性が高まる。
維新の会は選挙区で勝ち上がった議員が多く(選挙区22、比例12)、定数削減の影響は比較的小さい。問題は自民党との選挙協力である。今のところ立候補の調整はしない方針だというが、関西以外の地域がうまく調整がつけば、自民党票の上乗せで伸びる可能性はある。ただし、自民党執行部や各県連が簡単に維新の会に選挙で譲歩するとは思えない。連立や定数削減はマイナスにはならないものの、一気に党勢拡大とはいかないというのが私の予想だ。
他の野党についても触れておく。一連の政局でもっとも評価を下げたのは国民民主党だろう。立憲は首班指名の野党候補を玉木代表で統一することを国民民主党に打診した。やりたい政策を本当に実現する気なら、自身が首相になるのがもっとも近道である。
ところが玉木代表は安全保障や原発などの基本政策で隔たりがあるとして、煮え切らない態度を取った。そのうちに自民党が維新の会と組み、大勢が決まってしまった。
そもそも、基本政策の完全な一致にこだわるところが間違いだ。現在、フランスやドイツは政策にズレがある政党同士の連立政権である。もちろん直近の政治課題についてのすり合わせは必要だ。しかし先送りできるものについてはこだわらない。
日本でも実例がある。1998年の衆院選で過半数を割った自民党は連立を模索したが、共産党を除く2位から8位までの政党が集まって非自民・非共産の細川護熙内閣をつくった。政策で必ずしも足並みが揃ってはいなかったが、それでも政権運営はできるのだ。
細川内閣に対して「野合」という批判はあった。しかし米シアトル市で開催されたAPEC首脳会議で細川首相はマフラー姿で登場。その姿が話題となり、当時過去最高級の内閣支持率を記録した。見た目に左右されるのは情けないかぎりだが、それが日本の政治の現実でもある。有権者にとっては、基本政策のズレより首相の見た目のほうがずっと大事ということもあるのだ。
立憲にも苦言を呈したい。公明党の連立離脱は、政権奪取の最大のチャンスだった。しかし国民民主党、維新の会を抱き込めなかった。
前述の細川内閣の発足時は、政策の違う各野党を、新生党の小沢一郎代表幹事、公明党の市川雄一書記長の「一・一ライン」が剛腕で取りまとめた。残念ながら今の立憲には裏で汗をかける実力者がいないのだろう。
新興勢力の参政党は、まだよくわからない。2025年参院選の東京都選挙区(改選数7)では、公認候補のさや氏が2位で当選した。それまでほぼ無名の候補者がここまで支持されるとは想定外だった。勢いがあることは確かだが、定数削減が実現した後の衆院選でどこまで支持を伸ばすのか、現時点では読みにくい。
ただ、自維連立で合意したように本当に定数削減が行われるかどうかは不透明である。2012年、当時の民主党・野田佳彦首相は、自民党・安倍晋三総裁と選挙後に定数削減することを約束したうえで衆院を解散した。選挙で勝ったのは自民党だったが、安倍内閣は約束を無視。定数削減は先送りされた。自民党に限らないが、議員は自分の座る椅子が減るのを嫌がるものであり、先送りは十分に予想ができた。ところが野田首相は安倍総裁を信じて、口約束だけで済ませた。
そうした前例があるだけに、維新の会は合意書に「臨時国会において」と期限をつけることを忘れなかった。しかし、何か理由をつけて合意が反故にされる可能性はある。先送りされた場合に維新の会がどう動くのかはわからないが、連立離脱となればふたたび政局が動き、高市政権が短命に終わる可能性もある。
今、日本は人口、教育、外交という3つの国家的課題を抱えている。本来ならこれらの課題に政治リソースを注ぎこむべきであり、どことどこがくっついたといった類いのことに時間を取られる余裕はない。政治家には本来取り組むべきテーマに早く集中してもらいたいものである。
※この記事は、『プレジデント』誌 2025年12月19日号、および『大前研一ライブ#1292」2025年12月14日配信 を基に編集したものです。
大前研一
プロフィール マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。