2026年2月10日

科学技術力凋落の原因は、大学の閉鎖性と硬直性にある

science technology
この論文から学ぶべき「大前研一メソッド」
<情緒・理想・スローガンではなく、制度・構造・インセンティブで現実を読む>

日本の科学技術力の凋落を「予算規模の問題」といった表層的な議論では捉えることができない。問題の本質は、研究テーマではなく教授という「人」に予算が配分され、成果が出なくても撤退できない科学技術政策、前例踏襲で予算を配り続ける官僚機構、そして競争や人材流動性を欠いたアカデミアの構造にある。

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

内閣府は2026年2月、2026年度から5年間の科学技術政策の政府指針となる「第7期科学技術・イノベーション基本計画(科技計画)」の素案を公表しました。論文の被引用数が各分野の上位10%に入る「トップ10%論文」の数について「10年以内に世界第3位に復権することを目指す」と明記しました。日本の復権は現実的なのか、BBT大学院・大前研一学長に聞きました。

【資料】
「第7期科学技術・イノベーション基本計画」の答申素案に関する御意見の募集について


世界中が諦めた「核融合」に予算をばら撒く日本

国の科学力を示すのは論文数で、論文は他の論文に引用された回数が多いほど価値が高い。引用回数が上位10% に入る論文数で、2000年代初期には日本は世界4位に入っていた。しかし現在は3年連続で13位。凋落は明らかだ。科学技術政策の基本計画である「科学技術・イノベーション基本計画」は日本が低迷から抜け出すためのビジョンがなければいけない。しかし、中身はそれと正反対。未来の科学技術に対する展望がなく、場当たり的なのだ。

次期計画では、国家戦略技術として「人工知能(AI)・先端ロボット」「量子」「半導体・通信」「バイオ・ヘルスケア」「核融合」「宇宙」の6分野が指定される。科学技術の研究は数十年位で取り組むべきものだが、指定されたテーマを見ると、長期的な展望にもとづいているとは思えない。

たとえ短期でも、未来を見据えているならまだ救いがある。しかし役所が予算を決めるときの常として、「前期はこれだけ使ったから来期はこれだけ予算をつけよう」という前例踏襲でテーマを選んでいる印象を受ける。

その最たるものが「核融合」だ。私自身、60年近く前の米MIT(マサチューセッツ工科大学)のドクターコースで最初に選んだテーマが核融合だった。研究していくうちにいくつかの難題が立ちはだかっていることに気が付き、またその突破に目途が立っていないことから、博士論文のテーマとしては諦めた経緯がある。世界でも「商業化は依然として遠い」とみなされているテーマだ。日本は世界中が諦めた後にも、核融合のための「トカマク」などに予算をつけ続けた珍しい国なのだ。

核融合をエネルギーとして使うには2つの課題がある。まず1つは、核融合を持続させること。核融合が起きる核融合炉の中心部は約1億℃になり、原子核同士がお互いに離反していく力が強くなる。これを安定的に持続させる方法はまだ見つかっていない。

2つ目の問題は、たとえ核融合反応を持続できたとしても、それをエネルギーに変換する方法がないことだ。核融合から電力をつくるには、核融合炉の中から何らかの物質で熱を伝え、水やガスを蒸気にしてタービンを回す必要がある。しかし、中心部の1億℃、表面でも6000℃という超高温に、長期間耐えられる炉の材質は今のところ存在しない。鉄は約3000℃で蒸発してしまうし、タングステンでも厳しい。そのためタービンを回す以外の方法、たとえば磁場やレーザーを使う方法が研究されているが、その道筋はいまだ霧の中なのだ。

日本の学術界の「硬直性」に絶望した

あるとき、マッキンゼーの元社長から「米国の核融合ベンチャーに出資したい」と電話がかかってきた。ベンチャーキャピタリストは投資銀行出身者ばかりで、核融合の知見がない。そこで私に、「知恵を貸してやってほしい」と声がかかった。私は核融合の技術的な問題点を説明したが、このときベンチャーのアドバイザーが日本の大学教授だと聞いて、さもありなんと納得した。ベンチャーは世界中で核融合の権威を探していたに違いないが、世界には核融合をテーマに研究している学者が少ない。核融合の研究を積極的に続けていたのは日本の学者だったのだ。

日本では事実上、研究テーマより大学教授に予算がつく。大学教授は自分が研究してきたテーマが時代遅れになっても、そのテーマに固執する。

約60年前、私が東京工業大学(現・東京科学大学)の大学院からMITの大学院に移ったのも、大学教授を頂点とする日本のアカデミアの硬直性に問題を感じたからだった。当時、私が所属する研究室には、教授、助教授、助手が各1人、博士課程には私を含めて3人、修士課程には13人いた。私は最先端のテーマに取り組みたかったが、古いテーマを続ける教授は許さない。

世界から置いていかれるのも仕方ない。日本の科学技術力が低下した背景には、大学のこうした閉鎖性や硬直性がある。ここにメスを入れないかぎり、科学技術立国など夢のまた夢だ。

嫌気が差していたころ、私の論文を学会誌で読んだMITのデビット・ローズ先生が「留学に来い。返済不要の奨学金と生活費を出す」と連絡をくれた。研究室の教授は激怒したが、「必ず東工大に戻る」と強行突破した。

この話には続きがある。私はローズ先生の弟子になったが、先生は核融合の研究に私を引き込もうとしていた。核融合は自分が生きている間には実用化されないと思っていたので、それを固辞。「別の研究をしたい」と申し出たら、先生はあっさりOKしてくれて私は原子力材料を研究するロバート・オグルビー先生の門下生になった。よそに行くと裏切り者扱いする日本の大学と違い、奨学金もそのままスライドしてくれるほど懐が深かった。

ある日、オグルビー先生が研究室にきて、「ケン、原子を1個ずつ見たくないか。オージェエレクトロンを使った新しい電子顕微鏡を一緒につくろう」と言い出した。専門的な解説は省くが、世界最先端で誰もやったことのない挑戦だ。私はわくわくして「やりたいです。図書館で調べてきます」と答えたら、今度はチョークが飛んできた。

「図書館では古いことしかわからない。まず俺とおまえで考えるんだ!」

日本だと、学生はまず「先行研究をなぞれ」と教わる。それに対してMITは学生にまず考えさせる指導をする。おかげで私は鍛えられ、先生と何本か論文を書いた。その後、先生は数年がかりで開発に成功している。

なぜ先生が新しいテーマに意欲的に挑戦するのか。それは成果を出せない教授は解雇の対象になるからだ。具体的にいうと、MITは米国の経済誌『ビジネスウィーク』の「卒業生の就職先&給料ランキング」で3位以下が続くと、その学部の学部長は解雇される。そのため学部長は研究や指導で一流とされる教授を必死になって集めようとするし、教授も選ばれるように努力を続ける。

私がMITのボードメンバーになったときは、スリーマイル島の事故以降、生徒が集まらなくなった「原子力工学部の命運を決めろ」というアサインメントが届いた。卒業した学部、指導教授が学部長という状況にもかかわらずだ。一方、日本の大学教授はテニュア(終身在職権)を得られれば、古いテーマを研究し続けていても生涯安泰。差がつくのは当然である。

軍事と民生の連携は、戦前に辿った危険な道

学者が同じテーマを数十年研究し続けていることがタテの時間軸の問題だとしたら、ヨコ方向の問題もある。日本は海外に開かれておらず、人の移動が少ないのだ。ローズ先生が私の論文を読んで誘ってくれたように、米国は優秀な人材を外から集めることに熱心だ。大学だけではない。マグニフィセントセブンのAI研究者の約3分の1は中国の大学の出身者だ。

世界の優秀な研究者が米国に集まる理由はいくつかある。まず言語が、実質的に世界共通語になっている英語であること。

米カリフォルニア大学バークレー校のアナリー・サクセニアン教授はシリコンバレーが隆盛した要因を分析し、その一つが「ハーフカンパニー」だという。シリコンバレーは人を契約できつく縛りつけない。そのため「午前と午後で別の会社」といった移動が頻繁に起きる。その緩さが人を惹きつけて技術革新を生むというわけだ。

一方、日本は言語の壁があり、いくらお金を積んでも一流の学者は来てくれない。優秀な学生も同じだ。言語の壁があるうえに、板書をノートに書き写させるだけの授業をする日本の大学教授には、積極的に質問をする海外留学生を指導する能力もない。これでは世界から置いていかれるのも仕方ない。

日本の科学技術力が低下した背景には、大学のこうした閉鎖性や硬直性がある。ここにメスを入れないかぎり、科学技術立国など夢のまた夢だ。

ところが、政府は本質的な問題に手をつけず、次の「科学技術・イノベーション基本計画」で軍事と民生のデュアルユースで科学技術の振興を目論んでいる。素案には国家安全保障との連携が明記されている。たしかに軍事がテクノロジーを牽引する面はある。実際、中国のAI・ロボティクス技術は目を見張るものがある。一応は民生用としているが、軍事利用を念頭に置いた開発であることは間違いない。

しかし、その道を行くのは非常に危ない。戦前の苦い経験が示しているように軍産学複合体は隙あらば突っ走ろうとするものだからだ。国の経済が回っているうちはいい。しかし不況になって国の借金がかさむと、「使いもしない兵器に予算を割くな」という国民の声が大きくなる。軍産学複合体はそれを受け、自らの存在意義を示すために戦争を煽っていった前科があるのだ。

節度や良心があれば軍事との連携は科学技術の発展にプラスになる。しかし、その道はとても滑りやすい道である。戦前の苦い経験が示しているように、右寄りの政府が誕生してこの道を歩けば日本は真っ逆さまに戦争へと転げ落ちる。科学技術立国を目指すなら、戦前に辿った危険な道は避けて大学の国際化から始めるべきだろう。

※この記事は、『プレジデント』誌 2026年1月30日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。