この論文から学ぶべき「大前研一メソッド」
<目の前の政策を評価するのではなく、その政策では変えられない「構造」まで遡って考える >
普通なら、
「東京一極集中を是正するために副首都を作ろう」
と考える。
大前氏は逆に、
「東京一極集中を生んでいる構造そのものを変えなければ、副首都を作っても意味がない」
と考える。
つまり、政策を評価するのではなく、その政策によって問題の構造が本当に変わるのかを見る。
大規模災害時に首都機能を代替する「副首都」の指定を11自治体(5道府県・6政令市)が目指していることが毎日新聞のアンケートで判明しました。副首都法は「大阪都構想ありき」が実態です。最初から「出来レース」なのです。大阪に加え、大阪にジェラシーを持つ札幌や福岡にも副首都を、という妥協の産物になるだろうとBBT大学院・大前研一学長は睨んでいます。
【資料】
「都構想考えていない」堺も副首都? 府市と温度差で中ぶらりん
大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部
2026年7月24日、特別国会で副首都法が成立した。今国会の会期は7月17日までだったが、副首都法案を通すために7月25日まで延長した。課題が山積みのなか、慌てて成立させるほど緊急性の高いテーマではなく、見切り発車の感は否めない。
与党が駆け込むようにして成立させた背景には、自民党と日本維新の会の連立がある。2025年10月に公明党に三行半をつきつけられた自民党の高市新総裁は、新たな連立パートナーを必要としていた。それに呼応したのが日本維新の会だ。
維新は協力の条件をいくつか出した。その一つが副首都構想だ。自民党は副首都構想に興味がないはずだが、約束を反故にすれば政権運営に影響が出かねない。仕方なく会期内の成立に動いたのだ。
維新が副首都法にこだわるのは、大阪都構想を問う住民投票に弾みをつけたいからだろう。これまで大阪都構想は住民投票で2度否決されている。しかし維新は2027年春に予定されている府知事選との同日で3度目の住民投票を目指す考えだ。
今回の副首都法では、副首都指定にあたり政令で定める地方行政体制の要件として、「特別区の設置」あるいは「道府県と政令市の連携協約」が想定されている。大阪府と大阪市で協約を結べば、わざわざ大阪都をつくって特別区を置かなくても副首都の資格を得られる。しかし、維新は「大阪都になれば副首都に指定されやすい」とキャンペーンを張るだろう。副首都を餌にして大阪都構想を実現させたいのだ。
維新の思惑が透けて見えるだけに、大規模災害発生時のバックアップという副首都法の目的も白々しく響く。
そもそもどのような大規模災害を想定しているのか曖昧だ。首都機能が大きなダメージを受ける災害として真っ先に思い浮かぶのは、首都直下地震と富士山の噴火で、発生したときには副首都・大阪が役に立つかもしれない。
しかし、想定される災害はほかにもある。南海トラフ地震が起きれば、首都圏から西の太平洋側が広範囲に被災する。内閣府によれば、被害想定は静岡以西のほうが大きく、都道府県別の死者数は静岡県が最多の10万3000人に上る。東京の首都機能が麻痺しているのに、バックアップ役の大阪のほうが被害が大きいとなれば、副首都を整備する意味がない。
さらにいうと、2026年の今は物理的に副首都を置く発想自体が古い。1995年の阪神淡路大震災では役所が被災して戸籍が焼失した。被災者の中には、本人確認のために遠い故郷から親戚に来てもらった人もいたという。戸籍が紙という物理メディアで管理されていたからだ。
さすがに今はデジタル化されており、正本は各自治体が管理する一方、副本は法務省のシステムで全国2カ所のセンターに集約・遠隔保管されている。しかし、日々の窓口業務を担う正本は依然として役所内で管理されており、被災すれば行政機能そのものが止まるリスクは残る。
バックアップが目的なら、本命はサイバー副首都だろう。戸籍などのデータをクラウドに移すだけではない。あらゆる行政手続きをスマホからできるようにして、どこが被災しても行政が止まらない仕組みを整えたほうがいい。
世界には地震のリスクが極めて少ない先カンブリア紀の地盤を持つ地域がいくつかある。グーグルやマイクロソフトがデータセンターを置くフィンランド、スウェーデンがそうだ。地政学的リスクを踏まえると、準同盟であるオーストラリアの内陸部もいいだろう。
災害時のバックアップを真剣に考えるなら、サイバー化が21世紀的なアプローチであり、物理的に副首都を置くとしても、首都と同時被災しない地域に限定すべきだ。そうした議論をしていないことからも、災害時のバックアップという目的が建前であることがわかる。本質的な議論をすることなく拙速に決めたのは本当に残念である。
副首都法には首都機能のバックアップ以外にも、多極分散型経済圏の形成という目的が定められている。これも中途半端と言わざるをえない。
日本が衰退した理由の一つは江戸時代から続く中央集権体制にある。発展に必要なのは、むしろ地方間の競争である。日本は国土が縦に長く、各地方に特徴がある。それを活かして独自の政策を進め、うまくいったものをほかの地方も真似る。競い合うことで全体が発展していく。
ところが中央政府の役人は無能で、地方を一律に管理しようとする。地方も地方だ。中央に従っていればお金が降ってくるから、自分で考えなくなる。2006年に道州制特区推進法が成立して北海道が唯一の対象になったが、当時の高橋はるみ知事はろくなアイデアを出せなかった。
北海道はスイスと緯度が近く、半世紀ほど前までは人口もたいして変わらなかった。面積は北海道のほうが倍大きい。にもかかわらず、スイスは国際化・金融センター化で特色を出して、今では人口が900万人を超えた。一人当たりGDPは世界最高水準を維持している。かたや北海道は500万人割れである。もともとのポテンシャルは同じでも、自分で考えて工夫するかどうかで、発展はいかようにも変わる。
私が北海道知事ならサマータイムを導入し、独自ビザを発行して北欧などの農業国から人材を呼び込んで技術交流を強化する。ロシアとの関係を強化するために学校で第二外国語としてロシア語を教え、修学旅行の行き先をバイカル湖畔やアムール川などにして日ロの歴史を学ばせてもいい。
北海道は独自政策ができる立場にいながら動きが鈍いが、そもそもの元凶は地方自治について定めた憲法第8章だ。これまで何度も取り上げてきたので詳細は省くが、第8章は地方自治と言いつつ、地方に認められているのは国の定めた法律の範囲で条例を制定する権利(立法)と行政権だけだ。これに縛られているうちに北海道は自分で考える力を失ってしまった。
日本を活性化させるには第8章を書き換えて統治機構改革を行うべきだ。具体的には道州制を導入して、各道州政府が三権のかなりの部分を持ち、独自政策を打てるようにするのだ。
道州制が実現すれば各道州に一つずつ首都ができる。外交や通貨などを担う中央を別にすると、9道州なら9つの首都ができる。東京の一極集中から脱却して地方に活力をもたらしたいなら、副首都を恣意的に決めるより、複数首都のほうがずっといい。
北海道とは対照的に、九州は現状の枠組みの中でも勝手に広域連合を組んで道州制に近い動きをしている。九州地方知事会や、そこに財界が加わった九州地域戦略会議がリードして協力し合っているのだ。
たとえばTSMC熊本工場の誘致も、九州地域戦略会議が「新生シリコンアイランド九州」を推進する動きと並行して進んだ。潤うのは熊本ばかりではない。熊本から新幹線で1時間ほどの北九州市も地価が上がっているし、今後は南側の鹿児島中央駅周辺もにぎわいを見せるだろう。
道州制になれば高速道路などの交通インフラ整備も容易になり、まだ恩恵を受けていない大分や宮崎も活性化する。中央が邪魔をしなければ、九州はもっと伸びる可能性がある。必要なのは副首都ではなく道州制なのだ。
実は維新は今でも道州制導入を政策の一つに掲げている。橋下徹大阪府知事(当時)は大阪維新の会の立ち上げにあたり、かつて平成維新の会を主宰した私のところに「維新」の名前を使わせてほしいと挨拶に来た。私が道州制導入を条件にして以来、維新の看板政策の一つになった。
ただ、その後は看板が泣いている。「東京都」は明治維新のとき「江戸」への引っ越しを嫌がる明治天皇を、教育係の山岡鉄舟が「東の京都」と説得したことからその名がついたとも言われる。それにならって、大阪は京都と一緒になって「本当の京都」という意味で「本京都」と名乗り、関西道の足掛かりにすればいいとアドバイスした。
しかし維新の会は京都や兵庫などとの広域連携を嫌がり、堺などとの一体化つまり大阪「府市合わせ」を狙った。そのあたりから維新は道州制導入を掲げつつも、大阪都構想ばかりにフォーカスするようになり、スケールダウンしてしまった。
つまり東京に対する大阪という面を強く打ち出し、中央集権の打破という大切な点がどこかに行ってしまった。関西道のGDPはG7に参加するカナダよりも大きい。東京に対抗して名前だけ副首都となるよりも「関西道の首都」になるほうがよほど力強い発展を遂げることができる。
今回の副首都法も、日本全体の統治機構改革という大きな文脈に連なるものならまだ救いがあった。しかし実態は「大阪都構想ありき」のもので、大阪にジェラシーを持つ札幌や福岡にも副首都を、という妥協の産物になる可能性が高い。つまり、今のままでは今後、(三権の委譲を含む)道州制の議論に発展していくようには見えない。
道州制の急先鋒であった維新の会がこの調子では、私が生きているうちに道州制は実現しないだろう。自宅駐車場の通路壁面に「日本道州連邦」の地図をレンガで埋め込んでいる。道州制導入を主張していたことを後に伝えるためだ。このレンガが無用になる日がいつかくることを望む。
※この記事は、『プレジデント』誌 2025年9月18日号を基に編集したものです。
大前研一
プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。