大前研一メソッド 2019年11月18日

小売店でも始まるダイナミックプライシング



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学名誉教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

需給に応じて価格を変動させるダイナミックプライシングは、これまでも航空業界やホテル業界などで、空いたものを有効利用することがありました。それとは別に、価格を通じて収益を最大化することを狙って、小売店での導入が本格的に始まろうとする動きがあります。ダイナミックプライシングの新たな動きについてBBT大学院・大前研一学長に聞きます。

家電量販店大手のノジマやビックカメラがダイナミックプライシングを全店で導入へ

家電量販店大手のノジマは、商品価格をデジタル表示する「電子棚札」を全184店に導入した。

【資料】国内初 ノジマがパナソニックの「電子棚札システム」を全184店舗に導入完了(最終アクセス:2019年11月18日)
https://www.nojima.co.jp/news/category/info/50482/

電子棚札の全店舗への導入は国内初。電子棚札は無線通信を通じて価格や商品情報などをリアルタイムで変更、表示できる小型ディスプレイだ。これにより、ほぼすべての商品の値付けを本部から、またはAIで遠隔操作で変更できる。

また、同じく家電量販店のビックカメラでも、2021年8月期までに全店舗で電子棚札を導入する。

【資料】価格がコロコロ変わる! ビックカメラが「電子棚札」を導入したら何が見えてきたのか(最終アクセス:2019年11月18日)
https://www.itmedia.co.jp/business/articles/1910/08/news017.html

これは、売れ筋や在庫状況、競合店やネット通販の価格などを総合的に分析して、料金に反映させる変動料金制の「ダイナミックプライシング」「リアルタイムプライシング」につながる。需要が集中する季節や時間帯は価格を割高にして需要を抑制し、需要が減少するときは割安にして需要を喚起するものだ。いずれも収益を最大化するのに以前から用いられていた経営手法だが、ICT(情報通信技術)とAIでそれがかなりやりやすくなったということだ。

今回は家電量販店の例が出てきたが、それ以外の業界でも非常に応用範囲が広い。例えば、スーパーで夕方から閉店時間にかけて、野菜、総菜、魚介類などの生鮮食料品をこれまでの経験や勘で大ざっぱに「2割引」「半額」のシールを張っているが、これは本来、1品ずつ、ダイナミックプライシングをつけていくべきだと思う。

ほかに、ローソンは2019年の2月に食品ロス削減のために電子タグを活用したダイナミックプライシングを試験導入した。駐車場予約アプリのakippaも、2018年からダイナミックプライシングをリアルタイムに自動で実施する実験を始めている。

また、福岡ソフトバンクホークスは2019年のオープン戦からダイナミックプライシングにより価格を決定する「AIチケット」の販売を開始した。列位置や通路側・中席といった条件で1席単位で価格変動する。1試合あたり約1500席が対象。販売価格は過去のデータや順位、対戦成績、試合日時、チケットの売れ行きなどからAIが需要を予測して決定する。

【資料】価格が変わる「AIチケット」公式戦販売概要(最終アクセス:2019年11月18日)
https://www.softbankhawks.co.jp/news/detail/00002163.html

ダイナミックプライシングのシステムはまだ発展途上の段階

企業にとってのメリットは、需要が高いときに高価格で売り切ることができ、需要が低いときに値下げすれば在庫のリスクも少なくなる。デメリットはこのためのシステム開発にコストがかかることである。

消費者にとっては、入手が困難な商品やサービスも金額次第で手に入れることができる一方、みんながほしいという瞬間に買うと高額になってしまうデメリットがある。

ダイナミックプライシングは米国の航空業界が1980年代に本格導入したのが始まりである。日本でもホテルや航空業界でGWやお盆の繁忙期に料金が高く設定されるなど以前から存在する仕組み。

遊園地の観覧車のように、昼間、空っぽなのに電気を使って動かしているものにも応用できる。シネコンも、5分後に映画が始まるのに席が7割空いているというときに、目の前を歩いている人に「今だけ、半額で入場できます」と誘うこともできる。ただ、先に正規の料金で入場している人には内緒にしなければならないが、そのためにスマホで「あなただけの画面」を作って入場の際に示す。

このように、今後、そこらじゅうにダイナミックプライシングの応用事例が出てくると思う。スマホのQRコードも利用できる。まだシステムが未熟なので、これからスタンダードなものが作られるはずだ。ということで、AIの登場により、ダイナミックプライシングは需要の活性化、空いたものを有効利用する、価格を通じて収益を最大化する、など非常に注目されるシステムとなっていくだろう。

※この記事は、『大前研一のニュース時評』2019年11月3日を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。