大前研一メソッド 2020年8月10日

「客先常駐」が当たり前のITエンジニア、テレワーク化は可能か?



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

新型コロナウイルス対策としてテレワーク化を進める企業が増えています。IT業界もテレワークを進めようとしていますが、問題があります。それは「客先常駐」が日本では当たり前になっている点です。

情報産業労働組合連合会では、情報サービス産業における労働実態や課題の把握を目的に、毎年「ITエンジニアの労働実態調査」(2019年で27回目)を実施しています。2019年の調査では、8割の企業が「客先常駐者がいる」と答えており、そのうち、「8割を超える社員が客先常駐者として勤務している」と回答する企業が1割強あるなど、ほとんどの社員が顧客先に出ていて社内にいない、という企業も一部あることがわかりました。また、客先常駐を「より増やしていきたい」「現状のまま継続したい」と回答した企業が約半数を占めており、今後も客先常駐という働き方が維持・継続されることが想定されていました。

「客先常駐」が当たり前のITエンジニアですが、テレワーク化は可能なのでしょうか? かつて、インドのIT大手のインフォシスやサティアムなどと組んで日本企業のシステム開発を手がけた経験を持つBBT大学院・大前研一学長は、「客先常駐」を見直すことは難しいと言います。

【資料】「ITエンジニアの労働実態調査」から見える客先常駐の実態(最終アクセス2020年8月10日)
http://ictj-report.joho.or.jp/1907/sp08.html

インドIT大手の日本市場開拓は「客先常駐」が壁だった

日経新聞に「富士通、システムエンジニア(SE)の『客先常駐』を見直し」という記事が掲載されていた。新型コロナの感染拡大で「3密」になりやすい就労環境を改善し、SEの仕事で一般的だった顧客先に常駐する働き方を見直し、テレワーク(在宅勤務)への移行を進めるというもの。日本IBMもテレワーク向けのシステムを整備する。

日本のシステム開発は、プログラマーなどの「SE部隊」がお客さんのところに駐在して仕事をする。この「客先常駐」をやめていくというのは結構難しいと思う。

というのも、日本の企業は「君たち、こういうことをやってください」と仕様書を書き出すことが苦手だからだ。よくあるのが、「ウチが何を必要としているか、しばらく机を並べて、君たちの方から提案してくれ」というもの。

インドのSE会社は、お客さんの提議するものをすべて記述してもらい、それに対して提案書を作り、その提案どおりに仕事を進める。これでは、日本では仕事ができない。

私もかつて、インドのIT大手のインフォシスやサティアムなどと組んで、こういう仕事をしたことがあるが、お客さんからの仕様書がなかなか出てこなくて、大変苦労した。そんな環境で、システムを完成しても、「ここは違う」「ここは不具合だ」と無料でやり直すことを求められる。

外部から客先内のIT環境にアクセスできる事例は少ない

日経BP社の日経クロステックと日経コンピュータによると、常駐エンジニアを在宅勤務に切り替える交渉が難航しているケースがある。システムテストを手掛けるSHIFTでは問題が4点に整理できると日経BPの記事は報告している。

(1)ドキュメントを社外に持ち出せない
(2)個人や委託先の自宅からテスト環境や本番環境にアクセスできない
(3)常駐エンジニアの在宅勤務を前提としたセキュリティー上の仕組みがない
(4)セキュアなネットワークや監視カメラ、入退出管理などを厳密に実施している通常のルールに対して急なポリシー変更が間に合わない
――である。

こうした環境を顧客の社内以外から利用できるようにしている事例は、現時点では非常に少ないという。

【資料】新型コロナ禍でのエンジニア「客先常駐」、緊急事態宣言でどう変わったか(最終アクセス2020年8月10日)
https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00001/03894/?P=2

SEの客先常駐を見直して大丈夫なのか。これは富士通や日本IBMのようなIT企業側だけの都合で決められる問題ではない。この件に関しては、私は「グッドラック」としか言えない。かなり大変だと思う。

※この記事は、『大前研一のニュース時評』2020年8月2日、を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。