BBTインサイト 2019年7月18日

AIが変える広告業界の今と未来〈 第1回 〉 Google、Facebookがアドテックもリードする時代に日本の広告業界の次の一手とは?



講師: 井上 智洋(駒澤大学経済学部 准教授)
ゲスト:日塔 史(株式会社電通ライブ 第1クリエーティブルーム チーフ・プランナー)


AI(人工知能)の進化は目覚ましく、ビジネスの未来を見通すうえでAIは極めて重要なテーマになっています。なかでも広告表示にAI技術が組み込まれるなど、AIと関係が深いのが広告業界です。「アドテック」という言葉に象徴されるようにテクノロジーと広告の融合が加速度的に進む今、ネット広告市場の拡大やプラットフォーマーと呼ばれるIT企業の台頭など、広告業界にも大きな変化が起こっています。果たして、AIは広告業界の今と未来をどう変えていくのでしょうか。

今回は、電通でAIを中心とする加速するテクノロジーを活用したソリューション開発に取り組む日塔史氏をゲストにお迎えし、広告業界の現状とAIをはじめとするテクノロジーがもたらした変化についてお伺いしたいと思います。

1.シンギュラリティとは?ブラックホールのような想像を超えた世界の到来

井上:AIと広告業界の関係性についてお伺いする前に、テクノロジーについてお話したいと思います。AIと並んで最近頻繁に耳にするようになったのが「シンギュラリティ」という言葉。シンギュラリティとはAIが人間の知能を超える技術的特異点のことですが、日塔さんはどのように捉えていますか。

日塔:そもそもシンギュラリティという言葉は、物理学の用語なんですよね。「ブラックホール」という言葉を聞いたことがある方も多いかと思いますが、理論上ブラックホールの中には大きさがゼロだが重さが無限大である地点があるそうなんです。そう言われても想像もつかないのですが。今シンギュラリティと呼ばれているものは、AIが進化して行きつく人間が想像もつかないような地点のことではないかと捉えています。

井上:単純に、AIが人間の知能を超えるということではないと。

日塔:はい。下記の図は、シンギュラリティのエッセンスをグラフ化したものです。シンギュラリティという言葉はアメリカの未来研究家、レイ・カーツワイル氏が提唱しているのですが、どういうことかというと通常人間は直線的変化をイメージするんですね。直線的変化とは、1の次は2、2の次は3の世界です。しかし、シンギュラリティの世界では1の次は2ですが、2の次は4、4の次は8と指数関数的、つまりエクスポネンシャルに技術進化をしていくのです。よく知られているのがムーアの法則で、これは約2年ごとに半導体の性能が2倍になっていくというものです。つまり、テクノロジーというものは、指数関数的に変化するのです。


井上:はじめは直線的変化よりも下で推移していくのがポイントですね。

日塔:おっしゃる通りです。はじめは水平的に変化していくのですが、あるポイントにいくと急激に変化するようになり、一気に直線的変化を追い抜きます。そして限りなく垂直に近い、想像もつかない地点が訪れるのです。上を見ても見えないまさに究極の1点。究極の1点ということでいうと、シンギュラリティのシンギュラには「シングル」という言葉が入っていますが、一神教的な強さを感じます。ビジネスにおいても、この力を利用して成長している企業がたくさん出てきています。井上先生もおっしゃっていますが、経済成長もエクスポネンシャルであると。

井上:そうなんですよ。例えば、日本は今調子が悪くて年間1%くらいしか経済成長しません。もちろん1%ずつ成長するのも指数関数的ではありますが、2倍ずつ増えるのに比べるとかなり差があります。だから、先ほどのグラフのような垂直になるようなところを我々はなかなか体感できません。もし2倍ずつ進化していくとなったら、先ほど話に出てきたブラックホールみたいに、もう何が起きるかわからない地点に到達します。

日塔:まさに、想像を超えた世界ですね。

2.Google、Facebookの2大プラットフォーマーが広告業界でも覇者に

井上:このようなテクノロジーの変化を背景として、本題のAIと広告業界の関係性について教えていただけますか。

日塔:はじめになぜAIと広告業界なのかというところからお話したいと思います。下の表は広告業界だけではなく、全業界を含めた世界の時価総額ランキングです。トップ5は、Apple、Amazon、Alphabet(Googleの持ち株会社)、Microsoft、Facebookで、アメリカ西海岸のITビック5と呼ばれている5社が見事にトップに並んでいるのがわかります。そこに中国系のテンセント、アリババが続きます。


井上:中国企業の躍進ぶりもすごいですね。

日塔:そもそも AIに学習させるためにはデータが必要です。上位7社はIT企業ですが、彼らは膨大なデータを吸い上げているから強いのです。

井上:これらの企業の動向についてもう少し詳しく教えてください。

日塔: Googleは2017年にイベントで「モバイルファーストから、AIファーストへ」と宣言しています。Facebookは、2016年のカンファレンスで発表した10年ロードマップにおいて、AIを大きな柱の一つとして掲げていました。広告の話にようやく入っていきますが、広告業界でもこの2社に注目なのです。下記の表はGoogleとFacebookの決算資料からセグメント別の売り上げを算出したものですが、Googleの広告比率は86.4%と、主要収益源が広告であることがわかります。残りは、ハードウエアやアプリです。Facebookはさらにすごくて、広告比率はなんと98.5%



井上:Facebookは、GoogleのようにAIスピーカーなどを売っていませんからね。

日塔:2社とも広告をテコにますます成長しているのです。ある統計によると、世界中の広告収入の25%、つまり4分の1をGoogleとFacebookの2社が占めているそうです。

井上:全世界の4分の1ですか。

日塔:そうです。オンライン広告に限るとさらにすごくて、この2社が全世界の広告収入の6割を占めていると言われています。

井上:巨大プラットフォーマーが広告の世界でも存在感を増していっているのですね。

3.ネット広告戦国時代、新しいビジネスモデルをどう作るか?

日塔:そもそも広告業界はテクノロジーと非常に密接な関係がありました。印刷技術から雑誌や新聞広告が生まれ、放送技術からラジオやテレビ広告が生まれ、インターネット技術からネット広告が生まれたわけですから。これだけIT企業が台頭してきたのはつい最近のことなんです。

井上:今の広告市場はどうなっているのでしょうか。

日塔:下記のグラフは、テレビ、新聞、雑誌、ラジオといった我々が「4マス」と呼んでいる4つのマスメディア、それにインターネットを加えた日本の媒体別広告費の比較です。大きく伸びて1.5兆円ぐらいになっているのがインターネットです。まだテレビが一番大きいのですが。


井上:でもインターネットはテレビに迫っていますよね。2018年には追い抜くのではないでしょうか。

日塔:これは日本のデータですが、国によっては既に追い抜いています。日本もこの勢いでいくと時間の問題ではないかと思います。我々がこれまで得意にしてきたのは4マスなので、ネット広告の世界でもシェアを広げていく必要があります。ネット広告の特長を伝えるのにわかりやすい図があって、我々はカオスマップと呼んでいるのですが。


井上:まさにカオスすぎて、何が書いてあるのか読めませんね。

日塔:イメージが共有できれば十分です。左側がマーケター、広告主ですね。右側がピープル、一般消費者です。その中にこれだけのプレーヤーがひしめいているのです。先ほど申し上げた4マスの世界にはこんなにプレーヤーはいません。広告会社が代理店モデルを作ってきましたから。それに対してネット広告はテクノロジーベースなので、GoogleやFacebookのようなプラットフォーマー企業がダイレクトに広告を取り扱います。極論、電通でもクレジットカード決済で広告が出稿できてしまうんですよ。

井上:利益率はどうですか。

日塔:4マスは高いですが、ネット広告は低めですね。ネット広告の市場が大きくなるのはいいことですが、広告業界としては新しいビジネスモデルを構築していかなければいけない段階にあると思います。

井上:4マスの利益率が高くネット広告が低いというのは、ネット広告の方がプレーヤーが多いからでしょうか。

日塔:それもありますし、やはりネット広告のビジネスモデルを作った企業がもうかる仕組みになっています。それは先ほど見たGoogle、Facebookの巨大さぶりからもわかります。

井上:なるほど。ネット広告のプレーヤー図が表すように、もう戦国時代ですよね。GoogleやFacebookがゆるぎない地位を築いている中で、新たなビジネスモデルを構築することが日本の広告業界に求められていることがわかります。ここまで広告業界の現状とネット広告の覇者であるGoogle、Facebookの動向について見てきました。次回は、AIがどのように広告に活用されているのか「アドテック」的な側面からお話をお伺いしたいと思います。さらに、シンギュラリティの到来が言われている中で、今後広告業界はAIをどのように活用してイノベーションを起こしていくのか探ってみたいと思います。

※この記事は、ビジネス・ブレークスルーのコンテンツライブラリ「AirSearch」において、2018年9月18日に配信された『AIとビジネスの未来 02』を編集したものです。

講師: 井上 智洋(いのうえ ともひろ)
駒沢大学経済学部准教授。
1997年、慶應義塾大学環境情報学部卒業。IT企業勤務を経て、早稲田大学大学院経済学研究科に入学。2011年に博士号(経済学)取得。早稲田大学政治経済学部助教授、駒澤大学経済学部講師を経て現職。専門はマクロ経済学。中でもAIの進化が雇用に与える影響を研究している。

  • <著書>
  • 『人工知能と経済の未来 2020年雇用大崩壊』(文春新書)
  • 『人工知能は資本主義を終焉させるか 経済的特異点と社会的特異点』(PHP新書)
  • 『AI時代の新・ベーシックインカム論』(光文社新書)

ゲスト: 日塔 史(にっとう ふみと)
株式会社電通ライブ第1クリエーティブルームチーフ・プランナー。株式会社電通ビジネス・ディベロップメント&アクティベーション局主任研究員。東京大学経済学部卒業後、日本経済新聞社、東京大学大学院(修士)、アニメ制作会社を経て、2006年に電通入社。エンタテイメント事業局にて映画やアニメ作品等への製作投資を担当後、デジタル・ビジネス局にて事業開発に従事。AIを中心とした加速するテクノロジーの社会実装を目的とした社内横断チーム「電通2045」を結成。現在、電通ライブにて「ヒアラブル」(聴覚の拡張デバイス)によるソリューション開発を行っている。