BBTインサイト 2019年10月30日

人生を豊かにする教養 ~中国の古典を読む~<第1回>中国古典から人生観・価値観をアップデートする学び方



講師:麻生川 静男(リベラルアーツ研究家)

中国は、日本にとってなじみがあり、ビジネスや生活を見聞きすることが多い国でもあります。
しかし、我々日本人は中国をよく理解していると思っていますが、本当の姿は意外と理解されていません。中国古典ひとつとっても、日本人が好むものと中国人が好むものには明確な違いがあります。

『人生を豊かにする教養~中国の古典を読む~』の第1回の今回は、中国の本質を知るためにはどうすれば良いのか、実際に中国に存在する二面性をキーワードに紐解いていきます。
中国古典を正しい読み方で読むことで、中国の本質を知る事ができます。また、リーダーシップに対する理解を深め、自身のロールモデルを見つける事ができるようになります。まずは、私達が理解している中国と実際の中国の違いから、中国に対する理解を深めていきましょう。

1.中国の二面性(善と悪)をどう読み解くか?

皆さんの中には、中国の歴史や文学を読まれる方もいらっしゃると思います。また、現在の中国の色々なビジネスや生活を見聞きする事も多いと思います。しかし、その一方で、中国は何かよく分からないという人が非常に多くいるように思います。中国をよく知るために、まずは、中国の二面性というキーワードから紐解いていきたいと思います。

儒教の世界には「仁」の理念、そして、「仁義礼智信」というのがあり、みんながこれを守り、それをベースに政治が行われます。また、教育を重視し、色々な詩や文学、芸術があるので教養溢れる文人が多くいます。しかし、こういう理想の世界がありながら、現実問題として、どうしてそういった理念がかなえられないのか、といった疑問があります。

一方、現実に目を向けると、新聞や雑誌等で読まれるように、政治腐敗があり、暴動も起こっています。中国には色々な問題があります。
例えば、環境問題です。川が汚れていて、その汚れた水を飲んでみんな苦しんでいるという問題です。

また、農村戸籍という問題があり、農村の人達は都市に出て働く事ができません。これは、日本人からすると非常に理解がしにくい問題ですが、その問題が原因で、中国国内で農村部を中心に暴動が起こっています。

また、チベットやウィグル自治区の少数民族問題もあります。

このように、中国の現実として良い面と悪い面が両方存在しています。この二つの側面をどう見るのかが今回のテーマとなります。

2.我々は中国を本当に理解しているのか?

昔から日本には、中国の文明や思想、文学が入ってきているので、我々日本人は中国人をよく理解していると思っています。しかし、明治以降、文明や思想、文学は、あまり入ってきていません。その上、日本で産業革命が成功し、中国を下に見ているという事もあり、中国人の考え方や本場の生活について、日本人はあまり知らずに今日に至っているのが現実です。そういった現実を踏まえて、我々は中国を本当に理解しているのか、ということを改めて考えてほしいと思っています。

実は日本人が見ている中国と、実際の中国には大きな差があります。
具体的に中国の思想にある儒教を例に取って考えてみます。

儒教は中国の大きな根幹をなしています。儒教の根幹思想というのは「孝(こう)」の概念と血族の団結です。「宗族(そうぞく)」は血のつながりのある人達を言いますが、宗族の団結は、我々が考える以上に固いのが現実です。

例えば、日本の田舎の村に行くと、名字の違う人がたくさん住んでいます。一方、中国の田舎の村は、その町何百人全体が同じ名前というのが珍しくありません。ある先祖がいて、その子孫が全員集まっているので、村そのものが一族全体でもあります。そして、自分が出世すると、その村のために自分が何かをやらなければいけないと考えます。これが宗族の団結の強さです。これは、日本人からすると、儒教とは別の物だと考えるかもしれませんが、中国人の中では一体化しています。儒教とその血のつながりのあるものや孝行が一体化しているのです。

また、中国人は、家族道徳を最重要と考えます。一方、中国の儒教の中に社会道徳の規定はありません。儒教のイメージの「世のため人のため」の世というのは、自分達の宗族であり、宗族のためにやりなさい、と儒教では書かれています。

日本人が考える社会や家族は曖昧ですが、中国人は、社会や家族の境目がものすごくはっきりしています。だから、宗族の中の人達に対しては、ものすごく親切で思いやりがあって礼儀正しく接します。しかし、一旦外に出てしまうと、あまり関係がない、というのが中国の儒教です。

まず、我々が考えている儒教と中国人が生活の中で持っている儒教感は、まったく違うというところを理解してください。

3.アッサリ系の日本人とコッテリ系の中国人

次の大きな差は、考え方の決定的な違いです。
具体的には、長々しい議論を好むか好まないか、コッテリ系かアッサリ系かの決定的な違いです。

日本人の場合は、論語や老子、孫子をたくさん読みます。これはアッサリ系です。
一方、本場の中国人が好んで読むのは、孟子や荘氏、韓非子、墨子、塩鉄論(えんてつろん)になります。塩鉄論は、みなさんにはあまりなじみがないかもしれません。この本は、紀元前一世紀の国会討論会のようなもので、塩と鉄に税金をかけるのが国家として正しい事なのかどうかを延々と議論している本です。こういったコッテリ系の本が紀元前の時代から残っているのが中国です。

日本人はアッサリ系しかほとんど読まないので、「中国人もアッサリ系のような考えをしている」と勝手に自分の色眼鏡で見てしまうのが問題です。実は、中国はコッテリ系の物が非常に多くあって、それが評価されています。

4.中国の本質を知るために善悪両面から自分の観点で理解する

その意味で、中国の本質を知るためには、論語や孟子などの思想書より歴史書を読む必要があります。歴史書の中でも春秋左氏伝、史記、戦国策は必須の書です。

また、論語とか孟子に記述されていない過酷な社会の実態が、歴史書には多く書かれています。これを読むと、思想書には理念しか書かれてなかったという事がよく分かります。

資治通鑑(しじつがん)は、全部あわせて一万ページありますが、私が読んだ歴史書の中ではベストです。良いところも悪いところも両方書いているので、膨大なページ数となっています。日本人の感覚からすると、「意図だけ書けば良いのではないか、その方がみんなのためになる」と考えるかもしれません。しかし、中国は、昔から次にあるような意見を持っています。

「善以為式、悪以為戒(善はもって式となし、悪はもって戒めとなす)」

この言葉は、良いことは自分の手本にして、悪いことは自分に対して戒めとすれば良いという意味の言葉です。このような事を理解して、中国古典を読む場合、良いことや悪いことを自分の観点から理解していくことが大変重要です。

5.中国古典からリーダーシップを学び、ロールモデルを見つける

中国古典は当時の価値観で書かれています。当時の価値観を知る事で、時代を超越する価値観や人生観が分かります。当時の価値観を知る事は非常に重要です。なぜなら、過去の価値観といっても、そのコア部分の8割は過去4000年変わっていません。
現在の価値観が絶対に正しいとは限らないので、現在の価値観が本当に正しいかどうかを見る判断材料として、過去の価値観で書かれた史実が役立ちます。

また、過去の人は、すべての判断に命がかかっていました。それも自分一人だけではなく、その一族含めて何百人、何千人という人の命が、自分の判断により奪われるかもしれない、という状況下におかれていました。その命のかかった判断のものを読むというのは非常に重要です。

そして、そういった人達の真剣な生き方に、「自分はどういう風な人間になりたいか」というロールモデルを見つけることができます。その意味で、この時代を超越して自分に共鳴する人達が持っていた価値観や人生観を、古典を読むことによって自分の中に取り入れていただければと思います。

また、グローバル社会の中心は欧米と中華圏であり、これらの文化圏のリーダーのあり方を知る事は重要です。その意味で、中国の書物や過去の古典は、中国のリーダーシップやグローバルに強いリーダーシップを理解する上で非常に大切です。

ただし、リーダーシップは中国古典を読むだけで身に付くものではありません。最終的に、実際に自分自身が修羅場をくぐり抜けないと身に付きません。リーダーシップを身につけるための実践が必要となりますが、その前段階として、中国古典を参考に、実際のリーダーはどう行動したのか、というのを参考にすることが必要です。中国古典を読むことによって、色々な形のリーダーを知る事ができます。

6.漢文を学び、漢字や人としての生き方、中国を理解する

次は漢文という「文章」について、フォーカスしてみます。
漢文を学ぶべき理由は3つあります。

漢文を学ぶべき理由の1つ目は、漢字の意味やニュアンスを正確に知るためです。我々日本人は漢字を使って生活していますので、本当は、漢字をよく知らないと自分達の思想や考え方をうまく表現できません。そのために漢字の意味やニュアンスを正確に知る必要があります。

2つ目の理由は、たくさんの故事成句から自分の人生の指針を見つけるためです。
簡潔な故事成句には、普遍性のある叡智が詰まっています。簡潔なので覚えやすく、何か自分にあった時に思い出して、自分に照らし合わせて行動を振り返ることができます。ただし、故事成句を絶対的真理と考えないでください。あくまでも、経験則、仮説、願望であるという事を理解した上で、故事成句を読んでみてください。

3つ目の理由は、現代中国を正しく理解するためです。
中国人は子供の頃から故事成句を暗記していて、それを基準に価値判断を行っています。そのような人達と付き合うためには、故事成句を正しく理解することが不可欠です。

従来、学校の歴史の授業での歴史書の読み方は、政治や戦争の話が主で暗記中心でした。その結果、色々な断片的な知識は増えましたが、自分がその歴史からどういったものを糧として得たのかというと甚だ疑問でした。

だから歴史書を読む時は、次のように読んで欲しいと思っています。
まず、人としての生き方、社会のあり方を複数の視点から考えます。我々は、現代、そして日本という観点から物事を判断しようとしてしまいますが、過去の中国は国が違い、また、時代が違いますので、意識して別の視点を持つことが大切です。

また、人物伝を中心に読んでください。そして、庶民も含めて実際どういう生活をしていたのか、そういう事を考えながら読んでみると、初めて自分がその中の人達の考えが正しく理解できるようになります。それから中国という、国が違い、時代が違うというところから、自分の人生観や世界観を培って欲しいと思っています。

今回は、中国の持つ二面性(善と悪)から、我々日本人が考える中国と本場中国とのギャップや中国古典を読む重要性をお伝えしてきました。繰り返しになりますが、中国古典を通じて色々なタイプのリーダーを知り、自分にとって必要な価値観や人生観を取り入れる事は非常に重要です。

ぜひ、中国古典から自分に共鳴するリーダーを見つけ、価値観や人生観をアップデートしていってください。

※この記事は、ビジネス・ブレークスルーのコンテンツライブラリ「AirSearch」において、2019年5月23日に配信された『人生を豊かにする教養 ~中国の古典を読む~ 01』を編集したものです。


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講師:麻生川 静男(あそがわ しずお)
京都大学工学部卒業、同大学大学院工学研究科修了、徳島大学工学研究科後期博士課程修了。住友重機械工業在職中、アメリカ・カーネギーメロン大学に留学し、同大学工学研究科を修了。その後、カーネギーメロン大学日本校プログラムディレクター、京都大学産官学連携本部のIMS寄付研究部門准教授を経て、「リベラルアーツ教育によるグローバルリーダー育成フォーラム」を設立し、運営する。現在は、リベラルアーツ研究家として講演などで活躍中。

  • <著書>
  • 『資治通鑑に学ぶリーダー論: 人と組織を動かすための35の逸話』(河出書房新社)
  • 『本物の知性を磨く 社会人のリベラルアーツ』(祥伝社)
  • 『本当に残酷な中国史大著「資治通鑑」を読み解く』(KADOKAWA/角川マガジンズ)
  • 『世にも恐ろしい中国人の戦略思考』(小学館)