大前研一メソッド 2023年11月7日

百貨店に起きている構造変化

department store
大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

米投資ファンド、フォートレス・インベストメント・グループ(以下、フォートレス)傘下のそごう・西武は2023年9月に、新しい経営体制を発表しました。フォートレス日本法人幹部の劉勁(りゅう・じん)氏が代表取締役に就任しました。

そごう・西武をどう経営再建したらよいでしょうか。BBT大学院・大前研一学長なら、「ヨドバシカメラにすべてを任せる」と言います。理由は大きく二つあります。理由の一つ目は、そごう・西武を百貨店として経営再建するのが困難であることです。理由の二つ目は、ヨドバシカメラがダントツの経営力を持つからです。

今号と次号の2回に分けて解説します。今号では、理由の一つ目について解説します。

豊島区長が口出しすべき話ではない

2023年9月1日、セブン&アイホールディングスが百貨店のそごう・西武をフォートレスに売却した。

そごう・西武の売却をめぐっては、ヨドバシカメラに関する前豊島区長の発言や、大手百貨店としては61年ぶりになるストライキが西部池袋本店で決行されるなど、話題に事欠かなかった。しかし、結局は当初の予定通り、西武池袋本店にヨドバシカメラが出店することとなった。飛んだ茶番劇である。

茶番の始まりは、前豊島区長だった故・高野之夫氏(2023年2月死去)の発言だ。2022年11月、セブン&アイHDは、そごう・西武をフォートレスへ売却すると発表。フォートレスはヨドバシホールディングス(HD)と組んでおり、売却後はそごう・西武の旗艦店である西武池袋本店の低層部に、ヨドバシカメラを出店することが既定路線である。

それに対して、前区長は記者会見で反対を表明した。「(ヨドバシカメラ出店は)西武池袋本店が展開する海外ブランド店の撤退をもたらし、育ててきた顧客や富裕層も離れ、今まで築き上げた“文化の街”の土壌を喪失させるのではないか」。後継者である現豊島区長の高際みゆき氏も前区長と同じ考えである。

西武池袋本店の低層部には、ルイ・ヴィトンなどの海外ブランド店が出店している。ルイ・ヴィトンをどかしてヨドバシカメラを入れると、池袋の品格が下がるというわけだ。

しかし、これは百貨店の現状をよく理解していない発言である。百貨店は、とっくの昔にアパレルでは食べていけない業態になっているのだ。

消費者側も、高級ブランド側も、百貨店離れ

原因のひとつは、メルカリやネットオークションを中心としたリユース(中古品)市場の拡大だ。メルカリの利用者は、季節の変わり目などに使わなくなった服や鞄を出品する。ただし、出品すれば何でもいい値段がつくわけではない。売れるのは、購入して2〜3年後でも価値が落ちない高級ブランドの定番品である。ユニクロなどのファストファッションはもちろんダメで、中価格帯のブランドですら人気はない。

その結果、百貨店で売り場のボリュームゾーンである中価格帯のブランドが軒並み壊滅。頼みの綱である高級ブランドにも気になる動きが2つある。

まず消費者側から見ると、高級ブランドを百貨店よりもずっと安く買えるルートができた。それは、エニグモが運営する「BUYMA」である。これは、海外在住者が現地で仕入れたブランド品を日本向けに出品できるサービスだ。成約時にかかる手数料は、出品者が5.5~7.7%、購入者が5.5%であり、運営が抜いている手数料は取引額の1割強だけということになる。一方、正規代理店は商品を仕入れ値の2倍や3倍に値付けして販売している。価格に敏感なユーザーが、高額なブランド品ほど百貨店ではなくBUYMAで買うようになるのも納得だろう。

高級ブランド店側にも、百貨店離れの動きが顕在化している。たとえば銀座にいくと、百貨店内ではなく中央通りや晴海通り、そして最近では松屋通りやマロニエ通りに店を構えている高級ブランド店が多くなっている。

新宿にもその傾向がある。伊勢丹新宿店は、JRや私鉄の新宿駅から距離があり、5〜10分は歩く必要があるのだ。その移動時間は寸暇を惜しむ現代人にはあまりにも長い。時勢に即し、最近では駅から伊勢丹までの通りに沿って高級ブランドの路面店が出てきている。伊勢丹 新宿店は日本を代表する百貨店なので、今すぐに経営が傾くとは思えないが、高級ブランドの脱百貨店化が進んでいくことは間違いない。

私鉄系百貨店のビジネスモデルの終焉

百貨店は伊勢丹のような元呉服屋系と、西武などの私鉄系に分かれる。このうち、私鉄系のビジネスモデル——ターミナル駅に百貨店を建てて沿線住民に利用してもらう——は限界を迎えている。

東急百貨店は渋谷本店を2023年1月に閉店した。跡地にはショップやホテル、レジデンスなどからなる複合施設を建てるという。「百貨店自体をリニューアルしても先がない」と、東急はわかっているのだ。

私鉄系で唯一健闘しているのは、百貨店の店舗別売上高で日本2位の阪急百貨店うめだ本店(1位は伊勢丹 新宿店)である。ただ、実は阪急うめだ本店の好調は外商が支えている。阪急電車の沿線には、芦屋に代表される高級住宅地がいくつかある。芦屋は坂が多く、買い物するのにも一苦労。そこに阪急の外商が出かけていって、高級ブランド品を売っていくわけだ。

それが可能なのは、沿線に富裕層が多く住み、なおかつその層に響くブランドイメージがあるからだ。JR西日本と三越伊勢丹が手を組み、JR大阪駅内に作ったJR大阪三越伊勢丹が撤退に追い込まれた(2015年)のは、阪急うめだ本店のようなブランドイメージを確立できなかったからである。

では、西武池袋本店はどうか。関東で高級住宅地を走る私鉄といえば、田園調布を擁する東急電鉄だが、その東急でさえ百貨店業態には見切りをつけている。西武鉄道のイメージはどちらかといえば庶民的であり、阪急のように外商で儲けようとしても無理だ。

現在、人で賑わっている百貨店のフロアは「デパ地下」くらいである。阪急百貨店が一人勝ちしている梅田エリアにおいても、阪神百貨店の地下食品売り場は大賑わいを見せている。

以上が、日本の百貨店の現実である。中価格帯やハイエンドのブランドで人を呼び込むビジネスモデルは、すでに崩壊している。フロアに賑わいを取り戻したければ、ファストファッションや食品の店舗に力を入れるほかない。そうした現実から目を背けて“文化の街”と言っても、寒々しいだけである。

買収した側のフォートレスも、百貨店に起きている構造変化を理解したうえで買ったのかどうかは少し疑わしい。とはいえ、日本で一番勢いのある家電量販店、ヨドバシカメラを傘下に持つヨドバシHDを買収のパートナーに選んだのは、フォートレスの功績である。なぜヨドバシHDなのか。次号で解説する。

※この記事は、『プレジデント』誌 2023年11月27日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。