大前研一メソッド 2024年1月30日

次世代自動車メーカーの勝者はだれか

EV HV FCV car

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

米電気自動車(EV)メーカーのテスラは、2023年10−12月(第4四半期)の決算を発表、売上高、利益ともに市場予想を下回りました。同社は「成長の踊り場にある」旨の認識を示しました。

近年、世界の自動車産業はEV(電気自動車)一辺倒で進んできました。しかし、その流れに変化の兆しが見えます。カーボンニュートラルに貢献する技術オプションはEVだけではありません。

2024年は、それらのオプションの中で何が今後の大きな流れになっていくのかを、予断なく見ていく必要があると、BBT大学院・大前研一学長は言います。

EV一辺倒だった風潮の風向きが変わる

EV一辺倒だった風潮の風向きが変わった象徴的な出来事は、2023年3月に発表された欧州委員会の方針転換である。

EU(欧州連合)理事会と欧州議会は、「35年までにすべての新車販売をEV義務化」すると2022年10月に合意。しかし、EUの行政執行機関である欧州委員会とドイツ政府が協議した結果、合成燃料「e-Fuel」を使うエンジン車の新車販売については、2035年以降も引き続き容認されることになった。

また、EV義務化に対しては、ユーザーからも疑問の声が上がり始めている。

ノルウェーは世界でもっともEVが普及している国の一つだ。2022年の乗用車新車販売で、約8割をEVが占めた。

EVの普及で見えてきた問題点が、充電の困難さだ。ノルウェーはEVの公共充電器を国策で次々につくり、2022年には約2.4万カ所になった。しかし、それでも設備が足りず、街中の充電器には長蛇の列ができているのだ。

EVを充電するには時間がかかる。技術的には急速充電も可能だが、バッテリーの寿命が短くなるので忌避されており、結局は長い時間をかけて普通充電するのだ。また寒い地域ではヒーターをよく使うため、電気の使用量も多い。ただでさえ手間がかかるのに、充電してもすぐにまた充電が必要になるという使い勝手の悪さでは、ユーザーからネガティブな意見が相次ぐのも納得だ。

そしてEVは、もっと根本的な問題も抱えている。そもそもCO2の削減にどれだけ役立つのかが疑問なのだ。

EVそのものは電気で走るため、CO2を排出しない。ところが、皮肉なことに世界の電力の6割以上は石油や石炭などの化石燃料からつくられている。一見クリーンに見えるEVも発電方法はクリーンではなく、イメージほど地球環境にやさしくないのだ。

CO2排出量を減らすのに、EVは本当に理想的なのか。たとえば私が乗っているトヨタのHV(ハイブリッド車)SUVは、40リットル給油すれば1000キロ走ることができる。エンジンと電気モーターを内蔵するHVは、従来のガソリン車と比較して走行距離あたりの燃料消費量が格段に少ない。

(A)化石燃料を燃やしてつくった電気で走るか、(B)それとも少ない化石燃料で効率よく走る車を開発するか、(C)あるいはまた別の道を探すかーー。そこは落ち着いて議論する必要がある。

無論、専門家の間では長年そうした議論が重ねられてきたが、明確な答えがないまま「EVこそカーボンニュートラルの主役」という流れができた。各国政府はEV普及に積極的に補助金を出し、狂騒に近い状態が続いていた。

ノルウェーで充電問題が表面化したことも手伝い、異様な空気がようやく変わりつつある。英国やスウェーデン、中国はEV購入補助金を打ち切った。持続可能な社会のためには、どのような自動車がベストなのか。24年は、それを偏見のない視点で議論するいいタイミングである。

EVの対抗馬になりうる技術

EVの対抗馬となりうる技術から見ていこう。受けて立つEVは最後に見てみる、

(1)HV
まずはHVだ。HVには、トヨタお得意のガソリンで走りながらつくった電気でモーターを駆動する方式と、充電した電気がなくなったらガソリン走行に切り替えるPHEV(プラグインハイブリッド車)方式がある。

エンジン始動用の補機バッテリーは、両者ともにバッテリーあがりを起こしやすいという課題がある。しかし、燃費に関して言えば、同じ「ハイブリッド」という名前がついていても、トヨタに代表される方式のほうが断然いい。

(2)FCV(燃料電池自動車)
そして、EVでもHVでもない第3の道が、水素で走るFCVだ。全方位戦略のトヨタは、2020年にFCVの「MIRAI」をフルモデルチェンジしたが、これはすこぶる評判が悪い。というのも、水素ステーションの整備が圧倒的に間に合っておらず、これではうまくFCVが普及したとしてもノルウェーの二の舞いだ。

水素は大型プラントで集中的につくってステーションに輸送されるが、バイオを活用して水素を製造する方式も研究されている。この技術を使えば分散型の水素製造が可能であり、実用化されれば水素ステーション不足の問題は解決する可能性がある。まだ課題は多いが、今後に期待というところだ。

(3)EV
受けて立つEVはどうか。EV先進国の中国では今、EVの大量廃棄が問題化している。EVはバッテリーがくたびれると使い物にならない。中国各地で役目を終えたEVが大量に放置され、「墓場」ができているのだ。

バッテリーはEVの弱点の一つだが、解決策がないわけではない。取り外し可能なバッテリー交換方式の採用である。バッテリーの電気がなくなれば、充電所に置いてある別のバッテリーと交換すればいいので、廃棄の問題は発生しない。また、充電するまで時間がかかる従来の方式と違い、待機時間がなくなるのもメリットである。

実はバッテリー交換方式は、かつてベタープレイスという米国のベンチャーが挑戦したものの、うまくいかずに倒産した歴史がある。イスラエルでは普及したが、それは国土が狭かったから。米国は国土面積が広すぎて、全土にバッテリーを用意することができなかったのだ。

しかし2022年7月、ヤマト運輸はトヨタや日野自動車、いすゞ自動車が出資するCJPTと、商用電気自動車(BEV)のカートリッジ式バッテリー実用化に向けた検討を開始。ベタープレイスの失敗で一時は忘れられていたバッテリー交換方式が、ふたたび注目を集めている。

宅配業とバッテリー交換方式のEVは相性が良い。充電所より物流拠点の数が多く、バッテリーの交換が簡単にできる。住宅街を走るのに排ガスを出さないことも、消費者にはウケがいい。商用ならば、バッテリー交換方式が復活する可能性はある。

基本となる駆動方式が二転三転

EV、HV、FCVと、それぞれの課題と可能性を技術面から概観してきたが、次世代車争いはビジネスの観点から見ても興味深い。

トヨタは2024年3月期の連結純利益予想を上方修正して、過去最高の3兆9500億円に引き上げた。売上高純利益率は2021年上期にテスラに抜かれていたが、5半期ぶりに抜き返した。

トヨタの業績がよかった理由の一つが、HVの好調だ。トヨタはHVに経営資源を注ぎ込んでいたためにEVシフトで出遅れたが、EV一辺倒の風潮に変化が見え始めた今となっては、対応の遅れが功を奏した格好になる。

追いかける海外勢のうち、米国のビッグスリー(GM、フォード、クライスラー)はかなり厳しい。ビッグスリーをめぐっては、全米自動車労働組合(UAW)が40%の賃上げを求めて2023年9月からストライキに突入。ストライキは1カ月半にも及び、最終的に労使は25%の賃上げで合意した。25%の賃上げで、従業員の初任給は時給4300円以上に。1日あたり8時間、月に22日間働くと、月給は約76万円。次世代車として何をつくるにしても、人件費がそれだけ跳ね上がると市場で勝負にならない。今回の妥結でビッグスリーは自滅するほかなくなった。

UAWとビッグスリーの妥結を受けて、トヨタも米国で9%の賃上げを発表した。その程度で済んだのは、トヨタがUAWには入っていないからだ。従業員に多能工のタスクが求められるトヨタの生産方式は、組合員の職務範囲をガチガチに決めているUAWと相性が悪い。そのため、最初からUAWの勢力が弱い南部に工場をつくった。自動車産業が集積している北部を避けた戦略が、今になって効いている。

実はテスラもUAWに加盟しておらず、米国では西部や南部に生産拠点を置く。国内生産にもこだわらず、人件費や優遇措置などで自社に都合の良い拠点、具体的には中国やドイツのベルリン郊外にも工場を開設している。

テスラを率いるイーロン・マスク氏は南アフリカ出身で、カナダを経て米国に渡った。そうしたバックグラウンドゆえに、マスク氏が率いるテスラは米自動車産業を支配するデトロイト中心主義に毒されていない。しかし、そんなテスラも大量生産に関して経験が浅いことがアダとなり、オートパイロットの不具合に関して北米だけで200万台のリコールを抱えるなど、最近は追い込まれている。

その他、ドイツ勢はEVシフトが遅れ、トヨタ式のような性能の良いハイブリッド技術も持っていないため、明るい展望を描きにくい。

今後の技術動向次第だが、2024年以降の自動車業界は、EVシフトが明確に減速すればトヨタの一人勝ちだ。一方で、EVシフトの潮流が勢いを落としつつも大きく変わらなければ、トヨタとテスラ、そこに安いコストでEVをつくれるBYDなどの中国勢が加わって混戦の様相を呈するだろう。

次世代の自動車メーカーの勝者はどこなのか。基本となる駆動方式が二転三転しているだけに、結論を急がずに長い目で見たいところだ。

※この記事は、『プレジデント』誌 2024年2月2日号、『大前研一ライブ#1199』2023年1月28日配信 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。