大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部
イスラエル軍によるパレスチナ自治区ガザへの攻撃が激化しています。イスラエルが手を緩める気配はなく、イスラエルのネタニヤフ首相は「ハマスを根絶する」「国際的な圧力に直面しても、我々を止めるものはない」と息巻いています。
ネタニヤフ首相による無差別殺戮を止めることができないと、他国を巻き込んで第三次世界大戦へと発展していく現実味を帯びるとBBT大学院・大前研一学長は警告します。
第三次世界大戦に発展する前にネタニヤフ首相は失脚するのでしょうか。第三次世界大戦がネタニヤフ首相の失脚か、どちらに転ぶのか、現段階では予断を許しません。
和平案として、中立国がパレスチナ自治区ガザを信託統治する方向性を、大前学長は提案します。
イスラエルとハマスの争いは、どちらが悪いとは一概に言いづらい。今回も歴史をどこまで遡るかによって見方が変わるが、ひとまず1993年のオスロ合意に立ち返るとわかりやすい。
オスロ合意は、それまでお互いの存在を認めていなかったイスラエル政府とPLO(パレスチナ解放機構)が、二国共存を目指して交わした協定だ。この合意でPLOはイスラエルを国家として承認して、イスラエルはPLOを自治政府として承認した。さらにイスラエルは、ヨルダン川西岸やガザなどの占領地域から撤退することに合意した。
しかし、合意に反して、イスラエルはむしろパレスチナへのユダヤ人の入植を強化させた。オスロ合意でパレスチナの自治が承認されたのは、ヨルダン川西岸とガザの2つの地区だ。ヨルダン川西岸に関しては、イスラエル人の入植地とパレスチナ人の居住地が入り混じらずに分離している。イスラエルは2002年以降、自爆テロを防ぐという名目で巨大な分離壁を入植地の外周につくり、パレスチナ人が自由に往来できないようにした。分離壁はオスロ合意で定めた停戦ラインを越え、パレスチナ側にはみ出している。イスラエルの、明らかな国際法違反である。
一方、ガザはヨルダン川西岸地区と違って住民が分離されておらず、パレスチナ人の中にユダヤ人やその他の外国人が溶け込むようにして暮らしている。パレスチナの暫定自治政府はヨルダン川西岸にあり、ガザに対しては影響力をほとんど持っていない。暫定自治政府の代わりにガザを実効支配しているのが武装組織のハマスであり、入植をやめないイスラエルに対してテロを続けていたという構図だ。
イスラエルとパレスチナの問題には、長く複雑な歴史がある。その長い歴史の中でもクリントン大統領を仲介役とし、国連の後押しを受けて1993年に成立したオスロ合意は、両者がもっとも歩み寄ることができた瞬間だった。オスロ合意が履行されていれば、今回のような大規模な戦闘は起きていなかった。
気になるのは今後の展開だ。考えられる展開は2つある。順番に解説する。
一つは、第三次世界大戦につながる破滅の道だ。
イスラエルは現在、3つの勢力と直接的に衝突している。パレスチナのハマス、レバノンのヒズボラ、イエメンのフーシ派だ。このうちヒズボラは、今回のハマスの奇襲攻撃に呼応するようにしてイスラエルにミサイルを打ち込んだ。一方、フーシ派は航行中の日本郵船籍の貨物船を紅海で拿捕するなど、テロ活動を活発化させている。
イスラエルと直接的に衝突しているのはこの3つだが、これらの勢力を陰で支えているのがイランである。
イスラエルが問題の根を断つためイランと事を構えようとすると、衝突勢力が一気に拡大するおそれがある。たとえば、イスラエルがイランにミサイルや戦闘機で攻撃を仕掛けるとなると、ルート上にあるイラクが黙っていない。
スンニ派の盟主サウジアラビアも攻撃ルート上だが、同国はイスラエルと国交正常化交渉をしている。しかし、イランがシーア派だとはいえ、イスラエルに味方してアラブ世界から総スカンを食らうような真似はしないだろう。現在は中立を表明しているトルコも、イスラム色を強めているエルドアン大統領はイラン支援に回るに違いない。
この混沌とした中東情勢に、ウクライナ戦争で孤立を深めているロシアが加われば、米国・イスラエル対イラン・ロシアを軸とした第三次世界大戦へと発展するおそれがある。
ただ、この展開が地獄に続く道だということはどの国もわかっている。
米国には、アフガニスタンで味わった苦い記憶がある。9・11の首謀者と断定したオサマ・ビン・ラディンを匿かくまうタリバンを殲滅するため、2001年にアフガニスタンへ派兵したが、目的を果たせぬまま2021年に撤退したのだ。
内政的にイスラエル支援の姿勢を崩すことはないが、アフガニスタンと同じ展開が予想される対ヒズボラ戦に踏みこみたくないのが米国の本音だ。
ハマスらを支援するイランは経済的に余裕がない。また、ロシアは国内にユダヤ人を多く抱えている。イスラエルへの入植者は旧ソビエト連邦出身者が一番多いという事情もあって、反イスラエルの姿勢を明確にできないのだ。
現在前線で戦っている勢力以外は、どの国も世界大戦への移行を望んでいない。そろばんを弾けば割に合わないのだ。どんなに非合理でもやむにやまれず起きるのが戦争の一面なので楽観はできないが、世界がこの破滅シナリオに進む可能性は低いだろう。
考えうるもう一つの展開が、ネタニヤフ首相の失脚と「ガザ暫定自治政府」の設立である。
とはいえ、穏健派が実権を握っても、ハマスがガザを実効支配したまま停戦するとは考えにくい。現実的には、ハマスを排除したうえでガザに暫定自治政府を設立するのがよいだろう。ヨルダン川西岸を治めるパレスチナ暫定自治政府にガザを治める力はないので、第三者の外国人部隊を入れて、新たな暫定自治政府をつくるのだ。
第一次世界大戦や第二次世界大戦のあと、ミクロネシアの島々は信託統治という形で外国政府が統治した。
たとえばパラオは第一次世界大戦後に日本が国際連盟に委託されて統治し、第二次世界大戦後は米国が国際連合から任されて信託統治していた。その後、自治できる体制が整った後に独立し、1994年にパラオ共和国となった。
ガザも同じ方式で、段階的にパレスチナ国家の設立を目指せばよい。
信託統治する国は国連が決めるが、米国による信託投資ではイスラエル贔屓すぎてパレスチナ人が受け入れないだろう。これでは、ハマスが別の形で生き残り、凄惨なテロが続くことになる。
両陣営の埒外にいる国が信託統治すれば、パレスチナ人も納得するだろう。たとえばオスロ合意の延長線上で、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、フィンランドの北欧4国。米国追従の日本が信託統治に関わるのは難しいが、イスラムでも非アラブ圏のマレーシアやインドネシアなど、アジアの2国の合計6国によって信託統治する。
6国に加えて、ネタニヤフ首相がガザ地区に対して手を出せないように、国連軍を駐留させる。
2つの展開のうち、流血がより少なくて済むのは信託統治のほうである。障害となるのは、ハマスを殲滅するまで継戦するつもりのネタニヤフ首相だ。今後、国際世論がネタニヤフ首相の失脚を後押しし、国連が信託統治を積極的に働きかけていくことが、イスラエルとパレスチナ、ひいては中東地域に平穏を取り戻す鍵になる。
【図】欧米世論のイスラエルとパレスチナへの同情心
※この記事は、『プレジデント』誌 2023年12月19日号、『大前研一ライブ』#1194 2023年12月17日配信 を基に編集したものです。
大前研一
プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。