大前研一メソッド 2025年9月16日

非効率なのに変わることができない日本

japan unable change大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

2025年9月から令和7年国勢調査が行われます。総務省は「マイナンバーは、法律で定められた範囲以外での利用・提供が禁止されています。社会保障・税・災害対策の行政手続きに限り利用が認められていますので、国勢調査で利用することはできません」という理由でマイナンバーを使いません。わざわざ非効率かつ精度の低い調査を行います。BBT大学院・大前研一学長が指摘するところの「役人や国会議員には『構想力』が欠けている」ことがマイナンバーを使わない本当の理由ではないでしょうか。

非効率なのに変わることができない日本について大前学長に聞きました。

中日本高速道路の混乱が発生するのは必然だった

2025年4月、中日本高速道路(NEXCO中日本・旧日本道路公団)でETC障害が発生した。その影響は東京や愛知など8都県に広がった。この混乱は高速道路だけの問題ではない。日本が抱える課題の氷山の一角である。

そもそも高速道路が有料であることがおかしい。日本の高速道路は、戦後、「約20年間だけ有料にして建設費を捻出し、以降は無料にする」という約束で建設が始まった。

当初の計画どおりなら、日本でも今ごろとっくに無料化は実現している。しかしその後、政治家たちが「うちの地元にも」と働きかけ、採算を無視して次々に高速道路の新設が計画され建 設されていった。その建設費のために無料化は何度も先送りされているのだ。そうして肥大化した日本道路公団は“第二の国鉄になる”といわれ、2005年に小泉内閣のもとで、分割民営化の運命をたどった。NEXCO中日本やNEXCO東日本など6社が誕生したわけだが、日本郵政と同じように、民営化されたからといって経営が抜本的に改革されたわけではない。

システムベンダーは競合他社に切り替えられないように工夫

今回のNEXCO中日本に限らず、日本の企業や行政のシステムトラブルは絶えない。根本には経営陣がシステムを理解しないまま、ベンダーにシステム構築や運用を丸投げしていることに原因がある。ベンダーにシステムを発注すると、国内ベンダー各社は途中で競合他社に切り替えられないように独自のシステムを構築し始める。注力すればするほどシステムは複雑化していき、トラブルが起きたときの原因究明や復旧に時間がかかってしまう。

イメージしやすいのは、たびたび大障害を引き起こすみずほ銀行だ。みずほ銀行のルーツは、日本興業銀行、第一勧業銀行、富士銀行。日本興業銀行のシステムは日立、第一勧業銀行のシステムは富士通、富士銀行のシステムはIBMが担っていた。統合後のみずほ銀行は、各ベンダーを残したまま統合することを決定。仕切り役にNTTデータを入れることになった。しかし、別々に作られた複雑なシステムを統合して運用することは非常に困難だ。かくしてシステムは非効率かつ不安定になり、何度も大障害を繰り返すのだ。

政府が強引に普及を図り、問題だらけになっているマイナンバーも同じだ。すべての国民に12桁の番号を付与し、住民情報などをデータベースで管理するものだが、住民票を作成・管理しているのは市町村であり、1718市町村がそれぞれ別のベンダーと契約してシステムを構築した。

データベースは1つのシステムで運用できるのだから、1718種類のシステムに分けて開発する必要はない。国が主導して、一つのシステムに決めて、それをサーバーで提供して運用すればいい。地方独自のメニューを入れることもこの方法なら可能だ。

人口14億人のインドは「アドハ—」で先行

人口が14億人で世界トップのインドは、2009年から、インド国民に12桁の番号を付与した「アドハー」というシステムを構築したが、国が主導してトップダウンで進めた。システム開発は、私もかつて合弁事業を一緒にやったナンダン・ニレカニ氏が主導。世界最大規模を誇るIT企業インフォシス・テクノロジーズ(現インフォシス)の創業メンバーで2代目の会長だ。ちなみに、アドハーは日本のNECの技術を採用し「生体認証」の機能がある。指10本の指紋と両目の虹彩を取り込んだ生体認証システムだから、日本のようにパスワードを覚える必要もないし、5年に1回役所に行ってパスワードの更新に出向く必要もない。第三者に悪用される可能性も低い。

インドという成功例がありながら、インドより遅れてマイナンバーを始めた日本では、国は市町村に丸投げ。市町村もベンダーに丸投げし、ベンダー各社は前述のように、競合他社に容易に切り替えられないような複雑なシステム開発を始めたのだ。結果、転居などで住民票を移すときも、スマホで手続きが完結しないから、役所に出かけなければいけないままでメリットなし。保険証や免許証の一体化でも、トラブルが相次いでいる。年金やパスポートへの応用なども困難を伴うだろう。インドのような生体認証もなく、国内企業の優れた技術も活用できていないのは、皮肉がすぎる。

農業と漁業は利権化し、改革が特に遅れる

NEXCO中日本の問題と同様の問題があるのは、コメ価格などで問題山積のJA(農協)だ。太平洋戦争直後、日本の人口の半数近くは農家だった。そういう時代は農家から農作物を買い取って一括で流通させたり、農具や金融で農家を支援するために農協組織は必要だった。

しかし今や農家は減少して、2023年は116万4000人と人口の約1%に減ってしまった。さらに残った農家も、農協の安い買い取り価格を嫌って、ネットや道の駅で直販する道を選ぶ人が増えている。農協が果たすべき役割は減っているのに、いまだに各地に農協があり、職員は全国に約17万人もいる。融資、ガソリン、保険、貯金などで有利な条件をJAは出してくれるが、約1021万人の組合員のうち、約636万人が非農民である准組合員だ。誰のための何の組織かわからなくなっている。全国に496もある農協の組織再編は遅々として進んでいない。

先進国の農産業は集約化して世界で競える産品の輸出などに力を入れているが、日本の場合は減反政策と圃場整備を同時進行をするなど支離滅裂な金の使い方をしていた時期もあり、その結果が昨今の、米価格の高騰だ。

漁業も、地域ごとに利権化し、改革が進まない状況は同じだ。漁業就業者は2022年に1万3100人まで減った。しかし漁協数は864組合で、漁業就業者の減少に見合うほど減っていない。

注目したいのは漁港数だ。漁船の数はこの10年で約3分の2になった。しかし、漁港数はほぼ横ばいで、今も全国に2774港ある。そしてほとんど使われていない漁港に対して、今も修繕費が支払われている。主な財源は税金だ。漁獲高より修繕費のほうが高い漁港が約9割となっている。

役人や国会議員には「構想力」が欠けている

社会インフラも組織が分割されているがゆえの非効率さがある。たとえば下水道やごみ回収などは市町村できわめて小規模。さらに地震に見舞われた能登などでは村や里が管理している上下水道が多く、復旧には困難を極めた。

電力会社は、戦時中は日本発送電1社に集約されていたものの、戦後は9電力会社に分割された。9電力会社のうち8社はそれぞれ原子力発電所を持っているが、福島の原発事故以降、原発の技術者が足りておらず、なかには事故が起こったときに大事故を回避できるのかが怪しい会社もある。

電気の場合、富士川(静岡県)と糸魚川(新潟県)を境に電源周波数が異なり、東日本と西日本との電力の融通が困難な状況だ。しかし、技術としては、日立製作所がスイスのABBグループから総額約1兆円かけて買収した高圧直流送電(HVDC)がある。この技術によって長距離送電が可能となり、日本全国を一気通貫できる高圧送電網が構築できる。原発と高圧送電網は全国で一本化したほうがいい。

NTTは、いまだにNTT東日本とNTT西日本に分かれている。米国の真似をして電電公社を分割化したが、ネット時代にはルータの外は即世界全体である。スマホ時代はドコモの役割が大きいが、NTTの場合は民営化のときに作られたNTT法の壁がある。しかし、NTT法の廃止は、ソフトバンクやKDDIが反対していてなかなか前に進まない。

以上のように、私が唱える「第4の波」のAI革命のデジタル時代に、ボトムアップで、地域単位の積み上げ型になっている日本の組織運営は効率が悪すぎる。トップダウンに作り直すべきなのだ。そのときは、すべてをゼロから作り直すのが早い。

インドのアドハーやEUの農産物のシステム高度化など見習うべき事例には事欠かない。戦後の物資の足りない、供給不足の時代にできた農水省がらみの問題が多く、農民漁民省になってしまった現状を打破するためにはいっそのこと管轄を経産省に移し産業政策として進めるか、国民「胃袋省」として世界の最適地で自ら生産したものを消費者に届ける、という「構想力」が必要なのだ。役人や国会議員に一番欠けているもの(構想力)がなければ令和のコメ騒動、マイナンバー、ETCのトラブル等は簡単には解決しない。

※この記事は、『プレジデント』誌 2025年5月30日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。