
この論文から学ぶべき「大前研一メソッド」
<理想論ではなく「実行可能な構造改革」を提示する>
・サプライチェーン再構築には時間とコストがかかる
・減税は逆にインフレを加速させる
・家賃高騰には規制緩和で供給増が必要
といったように、現実の制約(時間・コスト・制度)を前提に解決策を考える。
全国のEC利用者を対象にインターネット調査では物価高を実感している人は94%という調査結果もあります。物価上昇を背景に消費者の購買行動が慎重になっており、国民生活にボディブローのように効き、日本経済を悪化させつつあります。インフレと円安が進む日本経済の構造問題と処方箋について、BBT大学院・大前研一学長に聞きました。
【資料】物価高を94%が実感、ネットショッピングの購買行動にも変化
大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部
日本経済が瀬戸際にいる。2026年1月20日、長期金利(新発10年国債利回り)は一時2.355%まで上昇。英国では2年に債券・株式・通貨がトリプル安になる「トラスショック」が起きたが、このままでは「高市ショック」が起きる可能性が高い。
高市早苗総理は台湾有事をめぐる同年11月の国会答弁で、わざわざ言わなくていいことを言って中国との関係を悪化させてしまった。目に見えて影響を受けたのはインバウンド(訪日外国人客数)だ。中国政府は国民に日本への渡航自粛を要請して、中国からの観光客が激減した。
レアアース(希土類)の輸出規制も痛い。中国は「軍民両用品」の輸出規制を厳格化すると発表。対象品目には半導体関連やEVなどさまざまな最先端の製品に使われるレアアースが含まれている。中国は以前からレアアース規制をかけていたため、日本の対中依存度は一時より低下しているが、依然として約6割は中国からの輸入だ。
「中国抜きでサプライチェーンを構築すればいい」という声もある。ただ、安定的なサプライチェーン構築には3〜4年かかる。構築できたとしても調達コストは跳ね上がり、最終的に価格に転嫁される。「日本の排他的経済水域(EEZ)の海底にレアアースが眠っているから問題ない」という意見もあるが、深海から掘り出すコストがかかる。日本製のものが高価格で出てくれば、中国は大幅に値段を下げて対抗する。価格と安定供給が鍵だという点を学者たちは理解していないし、それで中国対策ができたと考える役所も問題だ。
日中関係がさらにこじれるようだとさまざまな領域でサプライチェーンの分断が起きる。そしてそれは国民生活にボディブローのように効いてくる。日本のある冷凍食品メーカーは中国の山東省に複数の生産拠点を持っている。見学させてもらったところ、現地では養鶏場、食肉処理場、そして鶏肉に串を刺して焼き鳥に、冷凍して日本の店頭で売るための値札を貼りつけるところまで、一貫して手掛けていた。工場から出荷された冷凍焼き鳥は24時間後には日本のスーパーに並ぶほどのシームレスさである。
鄧小平以降の中国と日本では、このようなシームレスなシステムがあらゆるところで構築されているため、いまさら分断したり、ほかのピースを持ってきたりしても簡単にはつながらない。生産拠点を日本に戻しても人手不足で値段が跳ね上がり国民生活は苦しくなる一方だ。
実体経済が悪化すると政権は持たない。そこで取られる常套手段が、見かけの経済をよくすることである。金利を下げて金融緩和する金融政策と、大型予算を組んで景気を刺激する財政政策だ。アベノミクスはまさにこれで見かけの経済をよくしようとしたわけだが、10年間、効果が見られなかった。
高市総理もアベノミクスを踏襲するつもりだった。しかし、日本銀行の植田和男総裁は利上げを志向している。となると、大型予算でバラマキをするしか見かけをよくする方法はない。高市総理は「責任ある積極財政」を「サナエノミクス」の柱にして、意地でも看板を下げない構えだ。“責任ある”とは言い難い無責任なスローガンだ。実際、市場は放漫財政による財政悪化を心配し、高市政権発足以降、長期金利は上昇傾向で、22年ぶりの水準になったわけだ。
高市政権は円安にも有効な手を打てないでいる。米国が為替介入の準備段階とされるレートチェックを行ったことで一時円高ドル安に動いたが、もはや米国の助けなしでは為替をコントロールできない実態が浮き彫りになったとみたほうがいい。次期FRB(連邦準備制度理事会)議長になるケビン・ウォーシュはドナルド・トランプ大統領の期待に反してタカ派の動きを見せていて、ベン・バーナンキ議長とあまり変わらないと予想される。つまり日本が金利を上げていかない限り円安は進行するといえるだろう。
現在インフレを背景に唯一上がり続けている株価も、金融危機や通貨危機をきっかけにいつ暴落するかわからない。実体経済が弱いだけに、バブルが弾けた後は真っ逆さま。株式、債券、為替がすべて下落する「トリプル安」は時間の問題である。
トリプル安が起きなくても、今後インフレで国民生活はジリジリと疲弊していく。2026年1月23日、高市総理は通常国会冒頭で衆議院を解散した。予算審議前の解散は異例中の異例である。禁じ手を使ったのは、サナエノミクスの悪影響があらわになる前に選挙を行い、国民の支持を得たうえで国会運営を有利に進める思惑があったからだ。
選挙で勝った結果、積極財政にお墨付きが与えられ、国債が大量に発行される。円の価値は下がり、輸入品の価格が上がる。原油価格が上がり、円安と相まってエネルギー価格は高騰。あらゆる産業が影響を受けている。
ならば大胆に利上げして円高に誘導すればいいのかというと、そう簡単な話ではない。国債の利払いが膨らんで財政不安が増すため、バランスを取りながら利上げするしかない。選挙で勝って政権が安定化しても、「トラスショック」に直面した経済運営の難しさは何も変わらない。
政府が優先して取り組むべきは、まず日中関係の正常化だ。高市総理の存立危機事態発言を撤回するのは現段階では政治的に難しいため、お茶を濁しつつ関係修復を図るのだ。問題は仲介者の不在だ。高市総理は中国共産党とパイプのある公明党に頭を下げて仲介を頼むべきと提言したことがある。その時点では、公明党は与党から離れたものの、まだニュートラルな立場で、部分的に自民党と協力する余地があった。しかし新党結成で、その目はなくなった。
かつては財界に中国とのパイプを持つ人が大勢いた。私はかつて大連市市長や重慶市書記を務めた薄熙来氏のアドバイザーを担っていた。薄熙来氏が来日すると、キヤノンの御手洗冨士夫会長CEO(当時)をはじめ錚々たる財界人が100人以上話をしにやってきた。しかし薄熙来氏は政争に敗れて失脚。さらに習近平国家主席が有力者を次々に粛清するため、かつてのったパイプも途切れてしまった。
頼るとしたら海外の第三者しかない。最近の立ち回りを見ていると、韓国の李在明大統領に期待したい。中韓関係はこのところ冷え込んでいたが、李大統領は2026年1月に訪中して習国家主席と会談。関係改善に向けて前進した。対日強硬派の流れを汲む「共に民主党」から出た大統領だが、日本との距離にも気を配っている。とはいえ、記者から日中関係修復について訊かれると、「現時点で我々にできることは非常に限定的だ」と慎重な姿勢を示した。
政府が優先的に取り組むべきもう一つのテーマは物価高対策だ。前回の選挙で自民党や中道は消費税減税を打ち出した。減税すると生活が楽になるように感じるかもしれないが、むしろインフレを加速させる効果があり、国債の発行などで将来に禍根を残す。この局面での減税は悪手である。
今すぐやるべきなのは賃貸住宅の賃料の抑制だろう。とくに首都圏は賃料が急激に上がっており、5年ほど前と比べても、同じ賃料の賃貸住宅を借りようとすれば通勤時間が20分以上延びることを覚悟しなければいけなくなってきた。
具体的には規制緩和で住宅供給を増やしたい。パリにはルイ14世の時代から5〜8階建てのアパートが並んでいるが、東京23区内の建物の平均階数は2.6階(令和3年度土地利用現況調査結果/東京都都市整備局)。東京の建物が世界の大都市と比べて低いのは、建蔽率、容積率、斜線制限、日陰制限といった規制が厳しいからだ。
東京都は家賃を2割安くする代わり容積率を緩和する「アフォーダブル住宅」の整備を進める方針だ。方向性は正しいが、けちくさい方法では全体の家賃上昇トレンドは止められない。耐震性や耐火性などの安全基準以外、すべて取っ払ったほうがいい大胆な規制緩和をすれば、延べ床面積は倍になる。建て替えは少しずつ行われるので倍になるまで30~40年はかかるが、供給が増加するトレンドになれば、都心でも家賃はおのずと抑制される。
果たして新内閣にこれらの手が打てるのか。今の政権に聞こえてくるのは威勢のいい戦術ばかりで、国家をデザインし直す戦略が見えてこない。そのままであれば、誰が総理になろうとも、日本経済に明日は来ない。
※この記事は、『プレジデント』誌 2026年3月6日号を基に編集したものです。
大前研一
プロフィール マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。