大前研一メソッド 2023年8月22日

清朝末期にロシアに割譲した北東部の領土奪還を、中国は狙う?

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大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

前号では、ロシアのプーチン大統領が失った3つの大切なもの、「外貨」「旧ソ連時代の仲間」「国内の権威」についてBBT大学院・大前研一学長が解説しました。今号ではロシアの現状を踏まえて、近未来を大前学長に予測してもらいました。ロシアに対する経済制裁に反対し、「ロシア寄り」とされる大国、インドと中国の出方について解説します。

インド

2023年5月に広島で開催されたG7には、インドのモディ首相が参加した。近年、「G7+1」のときはプーチン大統領が来ていたが、今後G7にプーチン大統領は未来永劫呼ばれないだろう。その代わりというわけではないが、何食わぬ顔でやってきたのがモディ首相だった。

モディ首相は、いわばイソップ物語のコウモリで、対立する陣営の中間に立って「いいとこ取り」をしようとする。今回のウクライナ侵攻では、国際社会には同調せずにロシアから兵器や原油を買い続けていた。

しかし、ロシア製兵器のあまりの弱さに腰を抜かしたのだろう。インドと紛争が絶えないパキスタンはロシア以外から兵器を輸入している。軍備がロシア製中心ではパキスタンと事を構えるときに頼りない。そこで西側とのパイプを太くするために広島へやってきたのだ。

中国

中国の習近平国家主席の意識にも変化が見える。中国は当初、ロシアを支えることで自分たちの存在感を発揮しようとしていた。ロシアから海外の家電メーカーや自動車会社が撤退したが、そこに商品を供給したのは中国だった。いまやロシアは中国抜きに国民生活が成り立たないほどだ。

「ロシアが倒れると、支援していた中国も困る」と考えるのは早計である。実は習近平主席は、清朝時代の版図を回復させるという野望を抱いている。清朝時代の領地の一部は現在ロシア領となっているが、ロシアが混乱すればそれを取り戻そうと考えているのだ。

【図】中国の「北方領土」問題
northern territories
出典:BBTのAirSearch、茂木誠『地政学入門 05』より

【図】の中の赤い点線が、1689年にネルチンスク条約により定めた中国とロシアの国境である。その後、ロシアはアムール川の西側に広がる中国の領土を1858年に併合した。ロシアは、不参戦だったアロー戦争(第2次アヘン戦争=清 対 英・仏)の後始末のどさくさに乗じて自国領としたのである。さらに、1860年には、アムール川の東側から日本海までの沿海州と呼ばれる地域を併合してロシアは領土を拡大した。

中でも、帰属をめぐってもめていた大ウスリー島は、真っ先に中国が取り戻したい地域だ。同島については、2004年に東西等面積に分割統治することで決着したが、ロシアが弱れば何らかの形で問題を蒸し返す。清朝末期にロシア帝国に脅されて割譲した沿海州も、中国が奪還したいターゲットだ。

習近平はここ数カ月で、ロシアを全面支援する姿勢から、混乱に乗じて本来の野望を果たすことも辞さない両睨(にら)みの姿勢にシフトしてきた。“プーチン後”を見据えて動き始めているのだ。

日本政府は、ロシアが瓦解(がかい)する状況まで想定できていない。米国のキッシンジャー元国務長官は、「ロシア政府が弱体化して群雄割拠状態になると国際社会のコントロールが効かず、手に負えなくなる」と指摘する。「暴君でもいいから国を1つにまとめる指導者が必要」だと主張する。

残念ながらキッシンジャーの期待通りにはならず、プーチン後に指導者は現れないだろう。そうすると、ロシアは大混乱期に入っていく。日本は、ロシアの衰退と群雄割拠が、対岸の火事ではないことを強く自覚すべきだ。

※この記事は、『プレジデント』誌 2023年8月4日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。