大前研一メソッド 2026年1月27日

韓国が原潜を建造計画、日本との軍事力差拡大へ

Nuclear-powered Submarine
この論文から学ぶべき「大前研一メソッド」
<きれいごとを捨て、構造と最悪シナリオから逆算して国家を考えよ>

日韓関係や東アジアの軍事バランスはいつ変わるかわからない。外交で緊張を下げつつも、軍事力・防衛産業・抑止力の差が広がらないよう現実的な再設計が必要

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

エルブリッジ・コルビー米国防次官と韓国の安圭伯国防相は2026年1月26日に会談し、韓国が目指す原子力潜水艦(以下、原潜)建造を巡り、協力を深めることで合意しました。韓国が原潜を建造し保有することは日本の安全保障にどのような影響があるのでしょうか。かつて米MIT(マサチューセッツ工科大学)の博士課程で原潜事故の研究を行い、軍事用原子炉の技術に詳しいBBT大学院・大前研一学長に聞きました。

トランプ米大統領が韓国の原潜建造を承認

ドナルド・トランプ大統領が韓国の原子力潜水艦建造を承認した。東アジアのパワーバランスが変わる可能性も視野に入れ、日本は防衛戦略を見直すべきだ。

韓国は以前から原潜の建造を望んでいた。中国やロシアはすでに原潜を保有し、北朝鮮も原潜の開発に力を入れている。北朝鮮と「休戦」していても「終戦」はしていない韓国にとって、原潜保有は長年の悲願だった。しかし、米韓原子力協定で韓国のウラン濃縮や使用済み核燃料再処理は米国の厳しい管理の下に置かれてきた。核燃料がなければ原潜は動かない。事実上、韓国が原潜を持つことはできなかった。

ところが、トランプ大統領は会談後、自身のSNSに、原潜の建造を承認したという投稿をした。方針を変えた理由は、その後の投稿からうかがえる。要約すると、「韓国は原子力潜水艦を、米国ペンシルベニア州フィラデルフィアの造船所で建造するだろう。わが国の造船業は、まもなく大きな復活を遂げる」といった内容だ。

フィラデルフィアの造船所とは、韓国の大手企業ハンファグループが2024年に買収したフィリー造船所のことである。フィラデルフィアがあるペンシルベニア州は、選挙のたびに勝つ政党が変わるスイングステートの一つ。米国で造船業は斜陽産業で、原潜建造を承認すれば韓国のお金で雇用が生まれて選挙で有利になる。軍事の観点ではなく、米国内の選挙対策としての側面が色濃い承認だとみられる。

ポイントは原子炉だ。造船業が盛んな韓国は、もとより潜水艦の船体をつくる技術はある。それを原潜に転用することは難しくない。技術的なハードルが高いのは原子炉であり、この開発が非常に難しいのだ。

原潜に使われる原子炉は、高温高圧にした水で蒸気をつくり、その熱でタービンを回す方式のもので、加圧水型原子炉(PWR)と呼ばれる。これは最初に原潜を開発した米海軍のハイマン・G・リッコーヴァー大将が、PWRをつくっていたウェスチングハウスに原潜用の小型原子炉の開発を依頼したことに由来する。

1954年には世界初の原潜「ノーチラス」が完成する。しかし当時の原子炉は安全ではなかった。1960年に進水68年に沈没した「スレッシャー」は、海水配管の破断による浸水と原子炉の停止が重なったことが原因とされている。私はMITの博士課程でスレッシャー号事故の研究をしていたから、原潜用原子炉の難しさはよくわかっている。ウェスチングハウスはその後改良を重ねて海軍に安全な原子炉を提供した。

軍事用PWRに使われている技術は機密性が高い。他社や他国は、ウェスチングハウス系の原子炉を簡単に真似できない。ロシアや中国も自前で原子炉をつくり原潜を運用しているが、ロシアの「クルスク」沈没など深刻な事故も少なくない。信頼に足る軍事用PWRといえば、ウェスチングハウス系だ。

韓国が米国で原潜を建造するのは、軍事用PWRを提供してほしかったからではないか。そこに投資を呼び込みたい米国の思惑が重なり、トランプ大統領の投稿につながったのではないだろうか。それがニュースを見たときの最初の感想だった。

兵器、実戦経験ともに韓国に後れる日本

原潜については、原子炉や燃料のほかにもハードルがある。乗組員のメンタルに非常に高い負荷がかかるのだ。通常の潜水艦の潜航日数はせいぜい数週間だ。一方、原潜は原理的には数年の潜航が可能。元米海軍の退役軍人が、「約半年間、浮上せずに潜り続けた」と教えてくれた。しかも、狭い艦内で数カ月閉じ込められていると、メンタルが不調になる乗組員が続出するというのだ。

兵器として優れていても、運用する人材がいなければ役に立たない。不調に陥った乗員が誤って操作すれば大惨事を招きかねない。この点をマネジメントするノウハウが、原潜特有の長期潜航という条件下で、韓国にどこまで蓄積されているかは不透明である。

このように韓国にはクリアしなければいけない課題がいくつもあるが、それを乗り越えて原潜を持ったとしたら、東アジアの軍事的バランスが変わる可能性がある。韓国が建造しようとしているのは核ミサイルではなく通常のミサイルを積んだ原潜だが、それでも見えないところからいきなり攻撃されるのは敵国にとって脅威だ。

問題は、韓国が軍事力の強化を進めようとする一方で、日本がすっかり出遅れていることである。実は原潜の建造について日本は有利な立場にいる。あくまで平和利用目的だが、韓国と違ってウラン濃縮と使用済み核燃料の再処理について、日米原子力協定で同意を得ている。そのため、技術的には原潜用燃料を自前で賄うポテンシャルがある。しかし、技術的に道筋が見えていても、日本国民が許すのかは別の話だ。平和利用の原子力発電所でさえ慎重にならざるをえない今、日本が原潜を持つのは現実的に難しい。

原潜だけではない。日本政府は2022年に安保関連文書を改定して、日本が攻撃されることが明らかな場合に敵ミサイル拠点などを攻撃できる「反撃能力」を明記した。反撃能力を持つのは国防上あたりまえのことであり、文書改定に踏み切った政府は評価したい。ただ、反撃能力を持てるようになったものの、「専守防衛」を基本方針としてきたために肝心の兵器の開発はまだ道半ばだ。

まず、遠くに飛ばせるミサイルの開発はようやく本格化したところだ。今のところ100㎞の射程を250㎞にするだけで数年かかり、想定敵国を攻撃するために必要な1000㎞の射程を実現するには100年はかかるとも言われる。攻撃型空母があれば近づいて空から攻撃できるが、現在はいずも型護衛艦を運用しているだけだ。

戰闘機の開発も遅れているし、近年の戦場で主流になりつつある軍用ドローンも活用はかなり限定的だ。逆に攻め込まれたときには陸上兵器の出番で、日本は戦車なら国産で開発・生産している。しかし、ハードがあっても運用経験が乏しい。韓国軍は米軍とともに世界の紛争地域で実戦を経験しているが、日本の自衛隊は武力行使を伴わない海外派遣に限られてきた。

足りない兵器は海外から購入するしかなく、売り手筆頭の米国やEUもそれを望んでいる。しかし冷戦後、世界の軍需産業は縮小して供給力が著しく落ちている。今は発注しても納品が限定されている。ロシアも武器輸出国だったが今は余力が乏しいし、唯一余力があると思われる中国から武器を買うのは諸般の事情で難しいだろう。韓国はそれを見越して国内の防衛産業を育成してきた。最大手のハンファはもともと陸・空は強かったものの、造船部門がなく、大宇造船を買収して総合防衛企業にのし上がった。今では兵器の輸出も盛んである。

一方、日本は三菱重工業をはじめごく一部のメーカーが防衛産業を担っているが、開発できる兵器や輸出に法的な制約も多く、韓国と比べ防衛産業の育成は後れを取っている。

日韓米の軍事協力はいつ終わるかわからない

「韓国は日本と軍事協力する立場にあるのだから、韓国が軍事力を強化しようと関係ない」と考える人もいるだろう。しかし、それはいかにも緊張感に欠けた見方だ。韓国は政権交代のたびに北朝鮮や中国、日本との距離感が変わる国であることを忘れてはいけない。私は金正恩総書記の目の黒いうちは南北統一の「グレーターコリア構想」は実現しないと予想しているが、日韓米の軍事協力がいつ終わるかわからないとみている。もちろん、危機に備える一方で、外交でリスクを減らすことも国防の一つである。

韓国の李在明大統領は北朝鮮に宥和政策を取っていて、日本の高市早苗首相はタカ派として売ってきた。摩擦が起きてもおかしくなかったが、APECに合わせた日韓首脳会談では、高市首相は李大統領に碁盤と碁石、李大統領は高市首相に韓国のりと韓国コスメを贈る「お土産外交」で和やかに進んだ。会談後、高市首相が韓国の太極旗に一礼したことも韓国では好意的に受け止められている。対韓国に関しては今のところうまくやっている。

韓国と親交を深めつつ、一方で軍事的に差が広がらないように防衛体制をいかに整えるか。中国の高市首相降ろし、韓国の原潜建造、ロシアの近隣国侵略、米国の自国優先主義などを機に、日本は安全保障について改めて考え直す必要がある。

※この記事は、『プレジデント』誌 2026年1月2日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。