大前研一メソッド 2023年7月4日

国策の半導体新会社ラピダスは失敗する

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大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

国策の半導体新会社ラピダス(本社東京)の工場の準備・造成が、2023年6月から北海道千歳市で始まりました。世界の半導体競争で後れを取る日本が、世界の最先端の半導体ファウンドリー(受託製造)を目指そうという意欲的な国策プロジェクトです。BBT大学院・大前研一学長は「この国策プロジェクトは失敗する」と予想します。

【資料】ラピダスの会社WEBサイト
Rapidus株式会社

世界最大手の半導体ファウンドリーである台湾のTSMCが熊本に工場建設を進めていますが、TSMCの熊本への工場進出状況と比較すると、ラピダスの無謀さが見えてきます。

世界最大手TSMCを出し抜こうという野望

半導体ファウンドリーで世界最大手に位置しているのは、台湾のTSMC。同社は熊本県に工場建設を進めており、恩恵を受ける地元が盛り上がっている。その熱狂ぶりに刺激を受けたのか、北海道でも半導体工場建設の動きがある。しかし、二匹目のドジョウはいない。熊本でさえ成功するかどうかまだわからないが、北海道は間違いなくそれ以下の結果に終わる。

今回、話を持ち掛けたのは米IBM社だ。IBMは半導体を自社でつくらないファブレス企業であり、製造をファウンドリーに委託している。同社は回路線幅2nm(ナノメートル)の半導体を開発中で、その製造委託先として選んだのが、半導体国産化を目指して設立されたラピダスだ。

ラピダスは、半導体製造装置大手の東京エレクトロンでトップを務めた東(ひがし)哲郎氏の働きかけで、トヨタ自動車やソニーグループ、NTTなど国内8社が出資して2022年8月に設立された。資本金73億円の民間会社だが、日本政府から計3300億円の支援を得ており、事実上の国策ファウンドリーだ。新工場の建設予定地は北海道千歳市。2025年初頭までに試作ラインを立ち上げ、2027年の量産化を目指している。

私が「この国策プロジェクトは失敗する」と予想する理由は大きく以下の二つである。

失敗する理由その1:回路線幅2nmのハードル

まず回路線幅2nmの難しさだ。現在、熊本で建設が進むTSMCの工場では、回路線幅10〜20nmの半導体を生産する。半導体は回路線幅が小さいほど単位面積あたりの集積度が上がるが、2nmは熊本で製造予定の半導体よりさらに微細である。

IBMは2nmで回路を刻む技術を開発しているという。しかし、それを半導体という製品に仕上げる技術はまた別である。量産できる技術は、さらに別物である。TSMCは台湾ですでに3nmの半導体を量産し始めている。そのレベルの半導体をつくれるのは現時点でTSMCとサムスンだけで、世界ナンバー2のファウンドリーであるUMCでも製造できない。北海道ではおそらく何十社かが同時に協力して製品化に取り組むことになるが、ラピダスにとってはかなり難しい挑戦になる。

そもそも話を持ち掛けたIBMが本気なのかどうかよくわからない。IBMは半導体の製造から撤退している。2nmの製造が本当に儲かるなら自社で工場を建ててつくるはずである。しかし、設備投資してリスクを負いたくないから東氏に話を持ち掛けたのだろう。しかも単に製造を委託するだけでなく、ラピダスから技術料も取る。IBMはラピダスに製造を発注してお金を払うものの、一方で技術料をもらうのだから、行ってこいで損はない。

IBMは半導体業界の負け組だ。この20年、業界で注目される技術を開発したという話は聞いていない。そうした企業が儲け話を持ってきて、しかも自分はリスクを取らないという。本来なら話半分で聞くべき案件である。

東京エレクトロンという超一流企業を築き上げた東氏は、リスクを踏まえたうえで日の丸半導体復権の夢に懸けているのかもしれない。しかし、出資した日本企業は「天下のIBMだから」「東エレの東さんの音頭だから」と看板だけで信用して話に乗った気配がある。日本企業と日本政府がカモにされていないことを祈るばかりだ。

失敗する理由その2:北海道という工場立地

企業側の問題よりも私が深刻に危惧しているのは、北海道という立地の問題だ。

半導体工場には大量の技術者が必要だ。熊本の工場には、TSMCが数百人規模の技術者を派遣する。しかし、IBMは北海道に人を出す気があるのか。そして、それに乗って来日する海外のエンジニアがいるのか疑問だ。

外資系企業幹部を日本に呼ぶポイントは3つある。

1つ目は奥さんの仕事があるかどうか。共働きがあたりまえの欧米人は、仕事がなくて妻のキャリアが断絶するとなれば、日本に来ない。

2つ目は、子どもが通える学校だ。実は私が運営するアオバジャパン・インターナショナルスクールに、TSMC側から「熊本で開校してくれないか」と打診があった。アオバは「国際バカロレア(IB)」を導入。技術者たちは、わが子にそのレベルの教育を受けさせることを望んでいるのだ。熊本ではアオバが地域の学校と提携してノウハウを提供することになったが、今のところ北海道に外国人向けの学校を創設する話は聞かない。

3つ目は教会だ。キリスト教のカトリックとプロテスタントだけではない。イスラム教徒のモスク、仏教徒用の寺院も必要だ。

これらの3つの条件がいかに重要なのかは、神戸と大阪を比べるとよくわかる。神戸は外国人居留地があったこともあって3つの条件が揃い、P&Gやネスレなど外資系企業が多い。一方、大阪は仕事があるものの、外国人向けの学校や教会が少なく、外資系企業の支店はバイエルなど数少ない。

北海道千歳市は、大阪以上に厳しい。北海道に行きたがるIBMの社員はほとんどいないだろう。

熊本も必ずしも条件がいいとは言えない。ただ、九州はかつてシリコンアイランドと呼ばれていたように、多くの半導体メーカーが工場を持っていた時期があり、自前で技術者を調達できる土壌がある。一方、北海道の理系の大学といえば第一次産業が強い半面、エンジニアを輩出する力は弱い。国内技術者に限っても北海道は不利だ。

北海道には、これまでに国策の事業で成功した実績が1つもない

北海道には、さらに根深い問題もある。これまで国策の事業で成功した実績が1つもないのである。

明治時代、政府は屯田(とんでん)兵を出して北海道で農業を振興させようとした。農業は根づいたが、琴似など屯田村の歴史を活かしたユニークなまちづくりはできていない。その後、豊かな森を活かそうと製紙業に投資したものの、輸入チップが安くなって衰退した。次に室蘭で鉄鋼業を起こしたが、これも世界的な競争力を失って失速。造船業も同じだ。さらに苫小牧東で広大な土地を開発し工場誘致を図ったが、いまやだだっ広い資材置き場になっている。

北海道で唯一成功しているのはインバウンドの観光だ。特にインバウンドに人気なのは美幌峠(びほろとうげ)や周辺の摩周湖、硫黄山など。皮肉なもので、現在の北海道経済を支えているのは、政府が余計なことをせずに手つかずの自然が残った地域なのだ。

観光客ではなくIBMを呼び込むのは産業振興として的外れ。今回のプロジェクトも、北海道産業史の呪縛から逃れられないに違いない。

※この記事は、『プレジデント』誌 2023年7月14日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。