大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部
地方の人口減少が止まりません。人口が増加しているのは東京都のみです。東京都以外の46道府県で人口が減少しており、38道府県では人口減少率が前年に比べて拡大しています。
残念ながら、この流れは変わりません。地方は人口減少を前提に、ピンチをチャンスに変える発想が必要だとBBT大学院・大前研一学長は指摘します。
民間の有識者グループ「人口戦略会議」は、2024年4月、2050年までに消滅する可能性のある市区町村を公表した。人口戦略会議は、国立社会保障・人口問題研究所の推計をもとに、20~30代女性の減少率を市区町村ごとに分析。人口が減り、最終的に消滅する可能性がある市区町村が744あるという。
実は2014年にも日本創成会議が同様の分析にもとづいて消滅可能性のある市区町村を公表している。10年前の消滅可能性都市数は896。それに比べて152減っている。
とはいえ、依然として全体の約4割に当たる市区町村が消滅の危機にあり、特に深刻な東北地方は、市区町村215のうち165、割合で言えば77%の市区町村が消滅可能性自治体とされた。
私自身、これらの報道に驚きはない。人が都市に移動して地方が衰退するのは世界的な現象であり、今、世界を見回しても大都市以外で繁栄しているところはない。
背景にあるのは、ネーションステイトからリージョンステイト、つまり国民国家から地域国家へのシフトだ。これまで人々の暮らしの豊かさは国単位で決まっていた。もちろん都市と地方に格差はあるが、ネーションステイトは再配分を行って格差をできるだけ小さくする働きを持ち、繁栄を競い合うのはあくまでも国家間だった。
しかし、国境を越えるボーダレス経済時代に突入すると、国という単位が瓦解して、いくつかの都市がまとまったリージョン単位で豊かさを追い求めるようになった。
国境を越えて独自の発展を遂げているメガリージョンの例を挙げよう。アジアでは、シンガポールがマレーシアのジョホールバル、そしてインドネシアのバタン島などとメガリージョンを構成している。
シンガポールは国土が狭くて地価が高い。そこでホワイトカラーはジョホールバルに家を買ってシンガポールに通勤。工場はバタン島に建設して、シンガポールより安いがインドネシアより少し高い賃金でインドネシア人を雇う。かつてネーションステイトが国境内でやっていたことを、リージョンステイトが国境を越えてコンパクトにやっているわけだ。
繁栄をリージョン間で争う時代になれば、同じ国内でも強いリージョンに人、物、金がさらに集積していく。この現象が世界中で起きていて、日本も例外ではない。地方の消滅の原因は少子化だと思われがちだが、真因は都市への流出にある。少子化も解決すべき課題だが、仮に少子化に歯止めがかかっても、地方が衰退する流れは変わらないことを肝に銘じておくべきだ。
魅力のない地方から人が移動する世界的な潮流に抗っても無駄である。今求められるのは、人の移動を前提にして経済を膨らませる発想だ。
実は米国や欧州には、逆に人が流入している地方都市もある。米国でいえば、ネバタ州のラスベガス、フロリダ州のオーランド、アリゾナ州のフェニックスなど、それに米南部サンベルトにあるリゾート地やアクティブシニアタウン等だ。
米国のビジネスパーソンは20~40代をニューヨークやシカゴなどの寒い地域で働いて金を稼ぎ、休暇で比較的温暖なサンベルトに旅行する。旅行で気に入った土地に2軒目の家を買い、リタイア後に移住するのである。
一部のお金持ちだけの話ではない。北部の1軒目、サンベルトの2軒目も当然ローンで購入する。支払いが2重になって苦しくなるようにみえるが、リゾート地の2軒目は普段は管理会社に任せて人に貸しており、ローンの支払いは相殺できる。
リタイアしたら1軒目は売却する。日本もそうだが、大都市圏はたいてい中長期で地価が値上がりする。売却益を老後資金にしてリゾート地で悠々自適に暮らすのだ。米国人は貯蓄をしないと思われているが、米国の中産階級も不動産で資産形成し、無理なく老後を迎えている。
そうしたビジネスパーソンが移り住んで成長しているのが前出の都市たちだ。ラスベガスは元から大都市だったわけではなく、昔は砂漠の中にポツンと存在するギャンブルを中心とした観光都市であり、人が暮らす街ではなかった。しかし今や定住人口が増えて、1990年に74万人だった、ラスベガス都市圏(クラーク郡)は2020年時点で226万人になった。
昔との比較で言えば、オーランドもすごい。ウォルト・ディズニーがディズニーワールド建設の場所として目をつけた1960年代、沼地が広がるオーランドは人よりもワニの数のほうが多いと言われていた。ディズニーワールドが開園したことで、それを餌に孫を呼べると考えて高齢者が移住。今では都市圏人口が240万人に大成長している。
同じような人の流れは欧州でも起きている。ドイツや北欧、英国の人は国内よりも暖かい、スペインのコスタ・デル・ソルやポルトガル、クロアチアのアドリア海沿岸で休暇を楽しむ。私がヨットをチャーターしてクロアチアやギリシャの海岸を2週間旅したときも、港は同じように余暇を楽しむヨットでいっぱいだった。
地元の人は友好的で、ヨットを停泊できる場所がなくても、ロープを渡して先に停泊中のヨットの隣につけさせてくれた。船をつけようとすると漁師に追い返される日本の港と大違いだ。
レジャーで訪れた人がその土地を気に入ってセカンドハウスを買うケースもある。地元の人が親切なのは、外からやって来た人がお金を落としたり移住したりして、街を潤すことを知っているからである。
しかし、日本の場合は「終の棲家」という言葉があるように、一度居住した場所から離れない傾向がある。都市圏には地方と違い、働き口があるから、若者は集まり、そして定住する。
人口減少に悩む、とある県の知事と話をしたとき、「老人は移住してこなくていい。若者に来てほしい」と言っていたが、リタイアした高齢者の移住が自治体の負担になるだけと考えるのは間違いだ。
お金を持った高齢者人口が増えれば、医療や介護、レジャーの雇用が生まれ、若い世代も流入する。事実、千葉の稲毛で友人の経営しているアクティブシニアタウンの経営に私も参加しているが、実に多くの若者たちが働いている。高齢者は若者の職を生む、という発想が自治体から抜け落ちている。
地方公共団体も発想を変える必要がある。小手先の少子化や税金を使った人口減少対策ではなく、人々を惹ひきつけるため、レジャーやセカンドハウスのプロモーションを行うべきだ。沖縄や静岡などの温暖な地域は有利だろうが、寒冷地であっても、北海道のニセコなど一部のスキーリゾートは海外からも移住者がいて人口を維持している。
地域国家(リージョンステイト)の時代には人の移動を味方にした地方が消滅を免れ、繁栄を呼び込み活気づくのだ。
※この記事は、『プレジデント』誌 2024年7月5日号 を基に編集したものです。
大前研一
プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。