大前研一メソッド 2023年8月1日

ロシアのプーチン大統領は、三つの大切な国力を失った

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大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

1988年〜1991年にかけてソビエト社会主義共和国連邦が内部分裂を起こし、崩壊しました。BBT大学院・大前研一学長は、1980年代に旧ソ連の崩壊を予測していました。それから30余年の時を経て、再びロシア存亡の危機をウクライナ侵攻の失敗は予感させます。大前学長にロシアの国力と近未来を予測してもらいました。今号と次号の2回シリーズでお届けします。

いよいよロシア、プーチン大統領の運命が見えてきた。2023年6月下旬に突如として起きた“ワグネルの乱”。それ以前から、表面化している問題である。プーチン大統領はウクライナ侵攻で得るものは何もなく、失うものばかり。政治的な失脚にとどまらず、文字通りの“ご臨終”もありうる。

ウクライナは2023年6月から南部と東部で本格的に反転攻勢に入った。守勢のロシア軍は、戦車による進軍を止めるために南部ヘルソン州でダムを爆破し、人為的に洪水を引き起こしたとみられている。ロシア側のなりふり構わぬ抵抗もあって、ウクライナの反攻作戦は時間がかかりそうだが、潮目が変わったことは間違いない。

ここに来てプーチン大統領が失ったものは3つある。順番に解説する。

外貨

まず1つは外貨だ。実はロシアの有力な輸出品の1つが兵器で、シリア内戦まではよく売れた。

ところが今回のウクライナ侵攻で、ロシア軍の弱さが露呈した。ロシア軍が弱かった原因は複合的だが、単純に西側からウクライナに供与された兵器に、ロシア製兵器が性能面で劣っていたことは否めない。いくら価格が安くても、実戦で欧米の兵器に対峙したときに使い物にならなければ意味がない。ロシア兵器の商品価値は暴落だ。

さらに、LNGや原油といったエネルギーは買い手が一変した。2022年9月にノルドストリーム2のパイプが爆破されて以来、大口顧客のドイツを筆頭に欧州諸国はロシアへのエネルギー依存を減らした。現在は中国やインドに加えて、支払い能力に乏しいグローバルサウスが中心顧客になっている。

さらに農産物も売れなくなった。安定供給が怪しいのだから、ほかから買えるならそちらを優先する。兵器から資源、農産物に至るまで、いまやメード・イン・ロシアの評価はガタ落ちだ。

旧ソ連時代の仲間

2つ目は旧ソ連時代の仲間だ。2023年5月25日、旧ソ連邦諸国で構成されるユーラシア経済同盟の首脳会議で、アルメニアのパシニャン首相が、アゼルバイジャンのアリエフ大統領をなじった。それも、プーチン大統領の目の前で、だ。

両国は、アルメニア系住民が多いナゴルノカラバフをめぐって長年係争してきた。2020年に戦火を交えたときには、アルメニアはロシアと、アゼルバイジャンはトルコと組んだ。勝利したのは、イスラエルやトルコの優れたドローンを使ったアゼルバイジャン陣営だった。アルメニア陣営は、イランのドローンを使ったが敗れ、ロシアの応援も不十分だった。

この敗戦で、アルメニアは「ロシアに依存しても、ナゴルノカラバフで暮らす仲間は守れない」と悟ったのだろう。これまでなら敵対する国の大統領と会議で同席しても、親分であるプーチン大統領の顔を立てて、大人しくしていたはずだ。しかし、今回はプーチン大統領を無視する、あるいはあてつけのようにして、その眼前で相手を罵った。ロシアべったりだったアルメニアとしては、異例の意思表明だった。

同じ会議に出席していたカザフスタンのトカエフ大統領の発言にも注目だ。親ロシアであるベラルーシに戦術核兵器を配備する動きについて、はっきりと反対を表明した。旧ソ連圏の亀裂が、浮き彫りになったわけだ。

ベラルーシに戦術核を置くのは愚かな選択だ。ベラルーシの西側にはリトアニアとポーランドがある。リトアニアとポーランドの両国の国境は、東側でベラルーシと接して、それぞれ西側もしくは北側でロシア領の飛び地カリーニングラードと接している。カリーニングラードは、核兵器と麻薬の売買が行われる闇マーケットで有名な街。ベラルーシに戦術核が置かれたことで、リトアニアとポーランドは核の脅威が増した。こうなれば、両国もためらわずに自国内に戦術核を置くだろう。緊張感は高まるばかりだ。

国内での権威

プーチン大統領が失った3つ目のものは、国内での権威だ。これまではプーチン大統領が国内を統率していたが、かつてロマノフ王朝が崩壊してロシア革命に至った時代をなぞるように、群雄割拠の様相を呈してきた。

ウクライナと国境を接するロシア国内では、現在「自由ロシア」軍など反プーチンを掲げる3つのパルチザンの軍事行動が活発化している。パルチザンがウクライナと気脈を通じていることは間違いないが、メンバーはロシア人だ。

これまで前線でウクライナと戦っていた民兵組織ワグネルの創設者エフゴニー・プリゴジンも、セルゲイ・ショイグ国防相らをたびたび名指しで非難。そして2023年6月23日には、武装蜂起したワグネルがロシア国防省打倒を目指す「ワグネルの乱」が生起した。

モスクワを目指して一気に駒を進めたワグネルの進撃は、共同創設者のドミトリー・ウトキンが主導し、それをロシア軍の航空宇宙軍司令官のセルゲイ・スロビキンが手引きしていた、と言われている。

プーチン大統領は、国家予算から年間1400億円くらいをワグネルに支払っていたことを認めた。つまりワグネルは、民兵ではなく国軍。指揮系統が別々という、国としてはおぞましい状態であったことが明らかになった。

国から活動費をもらっていたプリゴジン率いるワグネルは、なぜショイグ国防相率いるロシア軍と袂を分かったか。それは、プリゴジンがロシア国防省との契約を拒否したことで、2023年7月以降の活動費の支給が途絶えることに決定したからだ。金の切れ目が縁の切れ目、ということだ。

現在ロシア国内には、ワグネルのような民兵組織が約30あると言われる。オリガルヒ(新興財閥)が自分の兵隊を持つほか、プリゴジンが非難したショイグ国防相も民兵を持つ。また、民兵組織こそいないものの、反政府活動で投獄されているアレクセイ・ナワリヌイも、ここにきて積極的に(おそらく牢獄から)メッセージを出しており、若者から支持を集めている。今後は民兵組織にナワリヌイを加えた「30+1」の群雄割拠で、離合集散を繰り返しつつ、プーチン政権の打倒に向かう公算が強い。

ロシア軍は統率が取れていない。将校の戦死が相次いでいるため、士官学校の卒業を前倒しして、経験のない指揮官を前線に送り出している。また装備や弾薬が足りず、インドやミャンマーなど1度輸出した先から買い戻す動きを見せている。プーチン大統領お得意のパフォーマンスで前線に出てくれば士気が高まるかもしれないが、その気配もない。これでは「30+1」の群雄割拠を抑え込むことはできない。

外貨、旧ソ連時代の仲間、国内の権威——。これらを急速に失う様子を見て、ロシア寄りの姿勢を見せていたインドや中国も関係を見直し始めている。次号で解説する。

※この記事は、『プレジデント』誌 2023年8月4日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。