大前研一メソッド 2024年5月21日

台湾は「AIの島」を目指す

taiwan AI island

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

台湾の頼清徳新総統が2024年5月20日、台北の総統府で就任し、演説を行いました。

同演説の中で「現在の台湾は半導体の先進的な製造技術を掌握し、AI革命の中心にいる。『世界の民主的なサプライチェーン』の鍵を握る存在であり、(中略)台湾を『AIの島』になるよう推進しAI技術の産業化を促進する」と述べ、AIを活用して軍事力や経済力などを強化していく方針を示しました。

世界の半導体業界を引っ張る台湾パワーの強さの秘密について、BBT大学院・大前研一学長に聞きました。

シリコンバレー起業組の活躍

「台湾人」は、海外留学に積極的だ。かつて台湾のエリートはこぞって日本の大学に留学したものだったが、近年は主に米国を目指すようになった。実はそうやって渡米した人やその子どもたちが米国で起業して成功を収めているのだ。

その一人が、今世界中で注目を集めている半導体メーカーのエヌビディア(NVIDIA)を創業したジェンスン・フアンだ。フアンは台湾・台南市生まれで、9歳で米国に移住。スタンフォード大学で修士号を取り、1993年、30歳でエヌビディアを立ち上げている。

エヌビディアは3Dグラフィックなどの高画質を処理するGPUのトップメーカーだ。高性能のGPUはもともとゲームや映像制作などの限られた用途しかなく、エヌビディアも知る人ぞ知る企業にすぎなかった。

しかし、センサーの画像を瞬時に処理する必要がある自動運転技術の普及とともに注目されるようになった。さらに、マルチモーダル(文字だけでなく、画像、音声、動画を一度に処理すること)が必要なAIの性能もCPUではなくGPUが重要である。そのためAIブームに乗って、業界ナンバー1のエヌビディアは爆発的に売り上げを伸ばした。今や時価総額はマイクロソフト、アップルに次いで世界3位。破竹の勢いだ。(2024年5月20日現在)

台湾人が米国で起業して成功を収めたケースはフアンが初めてではない。有名なところでは、ヤフー(Yahoo!)を立ち上げたジェリー・ヤンも台湾系の米国移民である。

ジェリー・ヤンやジェンスン・フアンなどのシリコンバレー起業組の特徴は、米国国籍を取って台湾に戻らないことである。しかも成功してしばらく経つと、「自分はタイワニーズ(台湾人)ではなくチャイニーズ(中国人)」と名乗り始める。「自分は中国人だ」と言えば、企業誘致したい大陸の中国の役人や実業家もバックアップしてくれる。

米国企業で活躍している中国人をスカウト

半導体業界を引っ張る台湾パワーは、シリコンバレー起業組ばかりではない。世界最大の半導体ファウンドリ(受託製造企業)は、台湾企業のTSMCだ。同社が熊本県菊陽町に工場を建てる計画を発表した途端に地価が高騰。隣町の大津町の地価上昇率は全国1位になるほどのインパクトだった。

TSMCを創業したのは、実は台湾人ではない。中国浙江省出身のモリス・チャンだ。モリス・チャンは米国に留学してIT企業に就職。当時の半導体トップメーカーの一つ、テキサス・インスツルメンツに転職して製造部門で頭角を現した。

米国で活躍していたモリス・チャンを引き抜いたのが、李登輝元総統だった。李登輝は産業振興のために台北の南西にある新竹に工業団地をつくることを計画。手伝ってもらうためにモリス・チャンを呼んで工業技術研究院のトップに就けた。モリス・チャンは半導体を製造するノウハウは持っていても、設計するノウハウはない。そこで立ち上げたファウンドリというビジネスモデルで成功した企業がTSMCだ。

ちなみに新竹工業団地でTSMCの向かいには競合のUMCがある。この2社で半導体受託製造世界シェアの3分の2を占める。新竹には半導体の設計を受託するメディアテックもある。半導体を製造したい企業は、メディアテックに設計を頼み、設計図を持って道路を渡り、TSMCかUMCに駆け込めば事足りる。モリス・チャンはTSMCのみならず、そうしたモデルを持つ新竹工業団地の生みの親だった。

そのほかにも、台湾にはパソコンやスマホなど半導体を使うIT機器のメーカーやファウンドリが多い。iPhoneも、テリー・ゴウが創業した鴻海精密工業(中国ではFoxconn:富士康)抜きには語れない。今や台湾は半導体だけでなく世界のITハードウエア全体を支えていると言っても過言ではない。

一方で、大陸の中国人は対照的だ。共産党支配で、自分の頭で考えるより党に無批判に従ったほうが生き延びられるようになってしまった。『毛沢東語録』を読んで育った赤本世代は「考えてはいけない」と洗脳されているから、まともに仕事ができない。

「一人っ子」世代は、甘やかされて育ったから、危機感がなく、職場でも「運転手付きの車を会社が用意しろ」などと甘ったれたことばかり言っている。

そして今の習近平政権の言論統制は、毛沢東時代に近い状況で、失業した若者が街頭に出て文句を言うと危険だ、という理由で「寝そべり族」と化している。

日本も中国をばかにできない。台湾のすごさに感心はしても、相変わらず自国には危機感を持たず行動に移さない。台湾から学ぶことが山のようにある、と改めて考えるのである。

※この記事は、『プレジデント』誌 2024年5月31日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。