大前研一メソッド 2024年1月16日

大国の右傾化が止まらない

world becoming right-wing
大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

米国の大統領選挙が2024年11月に行われます。野党・共和党の大統領候補指名選びが2024年1月、アイオワ州の党員集会で幕を開けました。前大統領のドナルド・トランプ氏が「Make America Great Again」を再びスローガンに掲げ、圧倒的首位を走ります。

共和党員は懲りずになぜトランプ氏を支持するのでしょうか。世界的に右傾化の流れが決定的になってきているとBBT大学院・大前研一学長は指摘します。

欧米の大国やアルゼンチンが右傾化

世界の右傾化が止まらない。2023年11月に行われたアルゼンチン大統領選の決選投票で、「アルゼンチンのトランプ」を自称する右派のハビエル・ミレイ下院議員が、左派のセルヒオ・マサ経済大臣を破って当選、12月に就任した。その他、各地で極右政党が勢力を伸ばしている。これは世界の破滅につながる道である。

今では知らない人も多いが、20世紀初頭のアルゼンチンは非常に豊かな国だった。肥沃な土壌を活かして農業大国として成長し、最盛期は世界第5位の経済大国になったほどだ。

しかし、世界恐慌以降のアルゼンチンは没落の一途だ。工業化の波に乗りきれず、左派の正義党(ペロン党)による長期政権のバラマキ政策で政府の債務が増大。何度もデフォルトを起こし、今やインフレ率は140%に達した。経済的には、もはや三流国だ。

こうした状況に不満を持つ国民が選んだのが、過激な政策を掲げる野党ラ・リベルタド・アバンザ(自由の前進)を率いるミレイ氏だ。ミレイ氏は銃所持の合法化を訴え、臓器売買を容認する。しかし、急進的な自由主義者なのかというと、宗教的には保守的で、人工妊娠中絶には反対の姿勢を示している。演説会ではチェーンソーを振り回し、筋骨隆々の大型犬マスティフを5匹飼っているという。まさにマッチョを売りにするミニ・トランプだ。

トランプ的な政治家の躍進は、アルゼンチンに限らない。

イタリアでは2022年10月に極右のジョルジャ・メローニ氏が首相に就任。

ドイツでは2023年10月、ヘッセン州の州議会選挙で、反移民を掲げる極右政党「ドイツのための選択肢(AfD)」が第二党に躍り出た。

フランスではマクロン大統領の支持率が低迷しており、2027年の大統領選では親子2代にわたって極右を標榜しているマリーヌ・ル・ペン氏が勝つと分析する評論家が多い。

世界が右傾化する流れを決定的なものにしたトランプ氏も、4つの刑事裁判を抱えながら依然として一定の支持があり、2024年大統領選で再び政治の表舞台に出てきた。

グローバル経済への「慣れ」が原因

トランプ的な主張が支持を集める原因は、グローバル経済への「慣れ」だ。

私が『ボーダレス・ワールド』(プレジデント社)を書いてグローバル経済を提唱したのは、約30年前だ。世界には、「材料」生産の最適地と、それを加工成形して組み立てる「人材」の最適地がある。2つの最適地でモノをつくって自由に輸入できるようすれば、品質のいいものが安く手に入り、世界中の消費者に恩恵をもたらす。このボーダレス経済論は一世を風靡し、事実、世界経済はその方向で発展していった。

ボーダレス経済論は、価格に敏感な繊維・アパレル業を例にするとわかりやすい。戦後、日本は材料でも人でも世界の繊維産業で最適地だった。自国の繊維産業の衰退を恐れた米国は、日米繊維交渉で日本を抑え込もうとした。米国を前に日本は屈服せざるをえなかったが、交渉しているうちに日本の人件費が上がり、すでに最適地は韓国に移っていた。その後、最適地は韓国から台湾、インドネシアへと移動を重ね、90年代からは中国だ。

今では中国も人件費が上がり、産業によっては最適地が異なるものの、総じてみれば世界の工場は中国に集まり、そこでつくられた製品を各国が輸入している。そして、消費者は自国でつくるよりも安い価格で製品を手に入れるというのが、ここ30年の流れだった。

1990〜2000年代は、多くの消費者がグローバル経済の恩恵を実感していた。それが今では当然になり、逆にグローバル経済が右派政治家による排外主義的な主張のやり玉に挙がったとしても、抵抗を覚えなくなってしまったのだ。

トランプ氏は大統領在任中、中国による知的財産権侵害に対する懲罰と称し、対中関税をたびたび引き上げた。懲罰の目的を「自国の産業保護」と謳っていたが、これは建前だ。本音は「中国は日本のように尻尾を振らないから、罰を与えて支持者の溜飲を下げる」という、政治的なパフォーマンスなのだ。

実際、トランプ氏による中国の排斥が政治的なパフォーマンスにすぎなかったことは、現状を見ればわかる。トランプ氏は補助金をちらつかせ、メーカーが中国ではなく米国に工場をつくるように働きかけた。釣られた台湾の鴻海ホンハイ精密工業は、ウィスコンシン州で工場建設を計画。トップの郭台銘(テリー・ゴウ)氏が現地に来て鍬入れ式まで行ったが、その後頓挫した。

米国の執拗な中国叩きにもかかわらず、結局iPhoneなどのスマートフォンは今も中国で組み立てられており、内部の部品についても6割が中国製である。米国の消費者はその高くなったスマホを喜んで買い、米国政府は高くなった関税をポケットにしまい込んで知らん顔をしている。精巧なサプライチェーンを基盤としたボーダレス経済は、何も変わっていないのだ。

愛国者を喜ばせるパフォーマンス

前述のアルゼンチンのミレイ大統領は、新自由主義者らしく国内政策では小さな政府を標榜している。しかし、対外的には保護主義色が強く、選挙期間中は南米の自由貿易協定であるメルコスール(南米南部共同市場)からの離脱をほのめかしていた。ただ、これもおそらくパフォーマンスだ。南米のライバル国であるブラジルが中心的存在を担う「メルコスールを抜ける」と言えば、国内の愛国者たちが喜ぶからだ。

ミレイ大統領は中央銀行の廃止や、ペソを廃止してドル化するといった無茶苦茶な政策も掲げている。

もしペソを廃止してドルを使うなら、ユーロ導入国がマーストリヒト条約に批准するのと同じような図式で米国と条約を結ぶ必要がある。ユーロを参考にすると、その導入には

(1)物価安定性
(2)健全な財政とその持続性
(3)為替安定
(4)長期金利の安定性

——という4つの基準を満たす必要がある。このうち、(1)と(2)については次の通りだ。

(1)過去1年間の自国のインフレ率が、ユーロ導入国でインフレ率が最も低い3カ国の平均値との格差が1.5%以内

(2)財政赤字がGDP比3%以下、債務残高がGDP比60%以下

米国が同様の水準をアルゼンチンに求めたら、ドル化の話は瞬時に終わる。140%のインフレ率を一桁台に抑える魔法は存在しない。また、基準を満たすくらいに債務を減らすには、あらゆる行政サービスを削らなくてはならず、国内で暴動が起きるだろう。

ミレイ大統領は経済学部の出身で、大学で教鞭をとっていたほどだから、自分が掲げる政策が実現できないことがわかるはずだ。もし本気なのであれば、頭がおかしいと言わざるをえない。

衆愚政治化を止める唯一の方法とは

問題は、「現実にありえない政策を掲げる人物を、なぜ国民が選ぶのか」だ。トランプ氏は前回、大統領選で「MAGA」というスローガンを掲げて当選した。Make America Great Again、米国を再び偉大な国にするという意味だ。実はミレイ大統領も選挙で「MAGA」を掲げて聴衆から喝采を浴びている。アルゼンチンも頭文字がAなので、国名だけを入れ替えてスローガンを拝借したわけだ。

MAGAという主張には、誰も反論のしようがない。米国のリベラル派も自国が復活してほしいと願っている。このように誰も文句のない主張をする人を、英語圏では「マザーフッド」と呼ぶ。「母の愛は素晴らしい」といったあたりまえのことを、さも意味のあることのように言うのはバカだと揶揄するときに使う表現である。

MAGAはまさにマザーフッドだが、右傾化を許した国の国民は、マザーフッドだと思わずに素直に心を震わせる。反知性主義とも言われる所以だ。はっきり言えば、衆愚政治化が進んでいる。

衆愚政治から抜け出す道は一つしかない。国民が賢くなることである。

私は、学校で政治家の甘言を見抜く政治リテラシーの教育をしたら良いと思う。特定の政治的思想を教えるのではない。右だけではなく左にもポピュリストやアジテーター(扇動者)はいる。「こういうのが還付金詐欺です」と警察が啓発するように、ポピュリストの手口を広く教えて、それに惑わされずに自分の頭で考える術を教えるのだ。

残念ながら今のところ学校で「市民術」と言えるような、政治リテラシーを教えている国はない。それならば、右傾化していない国の国民は、なぜ政治的に成熟しているのか。

ポピュリスト勢力の拡大を抑えることができている国には、ある共通点がある。

【図】世界の右傾化が止まらないなか、ドナルド・トランプ氏が24年の大統領選挙で再び表舞台に出てくる可能性がある
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北欧諸国、ベネルクス3国、シンガポール。これらは国土や人口、資源などの面でハンデを負った小国であり、政治的には大国のはざまで何とか生き抜いてきた歴史を持つ。真剣に政治のことを考えないと国が消滅するおそれがあるので、国民が政治参加に積極的で、お互いに啓発し合うのである。

一方、右傾化しやすいのは、少なくとも一度は栄華を誇った過去があり、現在も何らかの条件に恵まれ、必死にならなくてもとりあえず生きていける国だ。米国や欧州の大国、アルゼンチンがまさしく当てはまる。

没落しつつも、まだ経済大国である日本は後者だ。アルゼンチンと同じバラマキ大国である日本も同じ轍を踏むのか。それは、国民の集団知性しだいである。

※この記事は、『プレジデント』誌 2024年1月12日号、『大前研一アワー#507』2023年12月31日配信 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。