大前研一メソッド 2023年11月21日

知られざるヨドバシカメラの経営力

yodobashi camera
大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

そごう・西武をどう経営再建したらよいでしょうか。今号は前号からの続きです。前号では、百貨店に起きている構造変化について解説しました。そごう・西武の経営再建を、BBT大学院・大前研一学長なら、「ヨドバシカメラにすべてを任せる」と言います。なぜヨドバシカメラなのでしょうか。知られざるヨドバシカメラの経営力を解説します。

ヨドバシカメラには、梅田と秋葉原の人流を変えた実績

ヨドバシカメラは、売上高では家電量販店業界の3位か4位だが、経営力はダントツである。日本で一番勢いのある家電量販店と言える。たとえば、旗艦店である東京の秋葉原店と大阪駅北口(梅田北ヤード)の梅田店は開業後、人の流れを完全に変えた。

JR大阪駅北側にはもともと貨物駅があり、人の通りはなかった。そこに、再開発でヨドバシカメラが出店した。家電量販店の単独店舗としては、新宿西口本店をも凌ぐ日本一の売り上げを記録し、梅田の人流まで変えた。数ある家電量販店の中で売上高は梅田店が日本一、秋葉原店が第2位である。ヨドバシカメラは経営だけでなく、出店する土地の選び方に長けているのだ。

今回、ヨドバシカメラはフォートレスの5倍の3000億円を出資して西武池袋本店の不動産を取得した。池袋駅に直結した最高の立地を手に入れたわけで、それを最大限に活かす戦略を練りに練っているだろう。

池袋にとって、ヨドバシカメラの出店は地獄で神様に出会ったようなものなのである。私が豊島区長なら諸手を挙げて歓迎するところである。

人流を変える業界最強の経営力

実はヨドバシカメラとは浅からぬ因縁もある。もう45年以上前の話になる。私はマッキンゼーでとあるカメラメーカーの仕事をしていた当時、ヨドバシカメラ創業者の藤沢昭和(てるかず)氏に苦汁をなめさせられた。

小売店はカメラをたくさん売ると、その量に応じて年末にメーカーから報奨金が出る。ヨドバシカメラはメーカーの「期末報奨金」を前提に銀行から資金を借り入れ、それを織り込んだ激安価格でカメラを販売し他店より大幅に安く売ったのである。このため卸売店は正規ルートではなく、ヨドバシカメラ新宿店から買うようになってしまった。さらに、カメラ好きの間でヨドバシカメラ新宿西口本店の評判は瞬く間に広がり、メーカー系列店でカメラを買う人はほとんどいなくなってしまったのだ。

困ったメーカーは新入社員に札束を持たせて、ヨドバシカメラ店頭の自社カメラを買い占めさせた。品切れにして、メーカー系列店に客を戻そうと考えたのだ。

数年にわたってバトルは続いたが、結局はメーカー側が負けた。ヨドバシカメラに負けたメーカー系列店はEC(通販)化の波にも乗れず、つぶれてしまった。

あれほどしたたかな会社は見たことがない。私はどんな人物に負けたのか気になって藤沢氏を表敬訪問したら、人のいいおじさんが出てきた。以降は藤沢さんが長野県の地元・富士見高原で漬けている野沢菜や、手製の炭をもらうほど仲良しになった。

藤沢氏は、当時からプッシュフォンやコンピュータの使い方もうまかった。その後、アマゾンにも引けを取らないECシステムをつくったのも納得で、配送まで自社でやる徹底ぶりだ。自社ECが強いので、リアル店舗は確実に儲かるところにしか出店しない。ヨドバシカメラが各地で快進撃を続けているのも、勝てる立地を厳選して投資をしているからである。

再開発が遅れる池袋を、再興するカギを握る

実は今回も同じだ。そごう・西武は全国に10店舗あるが、ヨドバシカメラが興味を示しているのは西武池袋本店、そごう千葉店、西武渋谷店だけだという。千葉にはすでに店舗があるが、渋谷はヨドバシカメラの出店で相当な集客が見込める。

しかし、残りの7店舗についてはフォートレスの経営手腕が問われるだろう。セブン&アイHDでもうまくいかなかったものを、フォートレスが立て直せるのかは未知数だ。

フォートレスは当初、そごう・西武の改装や設備投資に200億円以上投資すると発表していた。2023年8月31日に決行されたそごう・西武のストライキを受けて、同年9月5日には投資額を600億円以上に増やした、雇用も当面維持すると発表。その様子を見ると、フォートレスから「そごう・西武を食い物にしてやろう」という悪意を感じない。

しかし、善意だけで再建ができるほど百貨店を取り巻く環境は甘くない。今起きている構造変化を踏まえた、現実的な一手が必要である。

百貨店業界の窮状を少しでも理解していれば、ヨドバシカメラが3000億円もの資金を投入して乗り込んでくると聞くだけで(少なくとも池袋は)万々歳なのである。

その怖さを知っている私に言わせれば、ヨドバシカメラはそごう・西武にとって最高の“助っ人”であり、渋谷や東京駅周辺に遅れをとり、再開発が進んでいない池袋の再興もヨドバシカメラを中核にすべきだと思う。そうすれば「池袋の街の賑わいや人流」は、いま以上に活発になるはずだ。

※この記事は、『プレジデント』誌 2023年11月21日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。