BBTインサイト 2020年5月28日

行動経済学が変えるマーケティング戦略〈 第1回 〉行動経済学とは何か?〜人間の不合理な行動を読み解こう



講師: 橋本之克(マーケティング&ブランディングディレクター)
編集/構成:mbaSwitch編集部




行動経済学は、人間の無意識の行動や選択を知ることで、より効果的に無駄なくビジネスを行うことを目指しています。マーケティングを大きく変える可能性を秘めており、近年非常に注目されている分野です。

第1回目となる今回は、行動経済学とは何か、なぜ注目されているのかということについて、ご説明していきましょう。

1.行動経済学とは何か?

行動経済学とは、人間はどのように選択・行動し、その結果どうなるかを究明する経済学の一分野です。人間の不合理に注目をしているところが特徴で、近年非常に注目されています。直近では、ダニエル・カーデマン(米プリンストン大学、2002年)、ロバート・シラー(米イエール大学、2013年)、リチャード・セイラー(米シカゴ大学、2017年)の3名が立て続けにノーベル経済学賞を受賞しています。

200年以上、経済学では、人間は超「合理的」であると考えられてきました。状況をしっかり分析し判断を誤らない。自制的で、目先の得に惹かれたり衝動買いをしない。利己的で、公平であるかどうかは気にせず自分の徳を追求する。このような人間像(ホモ・エコノミカス)が標準であるという前提のもとに、経済学という学問が作られてきたのです。

ところが実際の人間は、非常に不合理です。行動経済学ではこのような人間の特性を、様々な形で解明しています。その説明をするにあたり、まずはクイズを出したいと思います。

正解は、ボールが50円です。
よく考えれば間違えないのですが、これは多くの方が高い確率で間違ってしまうクイズです。おそらく問題を見た直後に、1100円と1000円という数字が目に入ってきて、その差でボールは100円であるという答えを導き出す方が多いのだと思います。

この間違いがどのように起きるかについて、行動経済学では「二重プロセス理論」というもので解明をしています。
人間の脳には2つの認知プロセスがあります。一つ目は、労力をかけずにスピーディーに答えを出すプロセス(システム1)です。二つ目は、きちんと考えて答えを出すプロセス(システム2)です。システム2は人間だけが持っている認知プロセスで、システム1をモニターし、システム1で出した答えを調整する役割を果たしています。

先ほどのクイズでは、最初にシステム1が100円という答えを出してしまったということです。ゆっくり考えることができれば、システム2が発動されて、正しい答えを出すことができたのでしょう。人間はこのようなプロセスを経て思考をしているのです。



2.行動経済学とマーケティングの関係

膨大な情報が溢れている現代、人間の脳は、1日に35,000回もの判断をしていると言われています。その中にシステム1のような瞬間的な判断が含まれていても不思議はありません。

これは、マーケティングのターゲットである消費者も同じです。
膨大な量の情報を浴び続け、常に多様な判断を強いられている消費者は、買い物の場面においても、合理的な消費を行うとは限りません。刹那的な買い物をすることがあっても、全く不思議はないのです。

「良い商品を作れば売れる」という論理は、現代では通用しません。
その大きな理由の1つは、消費者にとって商品の種類が多すぎるということです。情報量が多く調べる時間や労力が足りないと、勢いで買ってしまう場合があります。もしかしたら、すべての買い物はリスクのある不合理な判断を伴っているのかもしれません。この不合理な判断には、様々な種類があります。従ってマーケティングにおいても、この不合理な消費行動を扱っていく新たなアプローチが重要となってくるのです。



3.行動経済学の法則

人間の不合理な判断には、どのようなものがあるのでしょうか。行動経済学の法則をご紹介していきましょう。

①ヒューリスティクス

ヒューリスティクスとは、問題解決の際、簡略化されたプロセスを経て結論を得る方法です。必ず正しい結論に達するわけではありませんが、短時間で結論が出る点が特徴です。答えの妥当性や因果関係などは考えない簡易的な答えの出し方です。
典型的な事例として、こちらのクイズを見てみましょう。

正解は、bの溺死です。我々は、日々ニュース等で「交通事故」という言葉を目にします。そうすると、その言葉が頭に残り、それが頻繁に起きていることだと勘違いしてしまうのです。

このような間違いは「利用可能性ヒューリスティクス」と呼ばれています。印象が強く、記憶に残りやすい事象を高確率であると判断してしまう、いわば思い込みです。ヒューリスティクスには他にも、あるグループに属するものが全体を代表していると考えてしまう間違い(代表性ヒューリスティクス)や、不確実な事柄を予想する時、はじめにある値を設定し、その後に調整をして最終的な予測値を決めるもの(アンカリングと調整)などがあります。

②プロスペクト理論

続いてご紹介する「プロスペクト理論」とは、期待や予想によって起きる人間の不合理な判断です。
ここでは大きく2つの認知バイアスがあることが証明されています。一つ目は、人間は価値そのもの(絶対値)ではなく、価値の変化に反応するというものです。二つ目は、確率に対する人間の反応は、確率と比例しないというものです。
こちらの実験をご覧ください。

6ドルの価値のマグカップについて、売り手の平均購入希望額が7.12ドル、買い手の平均販売希望額が2.87ドルと、非常に大きな差が出ました。ここでは、手放すことを損、手に入れることを得と捉える「損失回避」というバイアスが働いています。

人間は損失を避けようとします。同じ量の損と得があれば、前者による不満足は後者による満足の2倍以上であるということが実験で確かめらています。これを、下の価値関数グラフで見てみましょう。

グラフの縦軸は損得を、横軸は満足・不満を表しています。損と得が同じ量である場合、「損をする」ことによる不満は、「得をする」ことによる満足の2倍以上であることが見て取れます。

またグラフを見ると、得や損が増えていくほど、満足や不満の感じ方が鈍くなっています。これは「感応度逓減性」という法則です。例えば、手元に100円を持っているか100万円持っているかによって、同じ1万円を貰った場合の喜びの度合いが変わるというものです。

次に、こちらの実験をご覧ください。

この2つの質問は、実は全く同じことを聞いています。
しかし、質問①では「保険をかける」と回答した人が多かったのに対し、質問②の場合、Bと回答する人が多く、確実に5,000円を失ってしまうことに対して、強く反応しています。この矛盾を解き明かすのが、「確実性効果」と言われる法則で、確率が100%もしくは0%の場合、敏感に反応してしまうというものです。

この効果を示す、以下の確率加重関数をご覧ください。

人間はグラフ上の曲線のような形で確率を感じます。注目していただきたいのは、グラフ左下のように、「実際に起こる確率」が0%に近いと、「起こると感じる確率」は実際以上に高くなるということです。

例えば、2億円の宝くじに当選する確率は0.00001%と非常に小さいものですが、実際の数値以上に高い確率で当選し得るだろうと思ってしまうのです。

③フレーミング効果

人間はある種の枠の中で物事を判断してしまう癖があります。
フレーミング効果とは、問題の提示の仕方や焦点の当て方によって、同じ内容のものであっても判断や選択が変わってしまうというものです。
こちらの例をご覧ください。

臓器移植の同意率が高いグループは、臓器提供を希望しない人が所定の欄にチェックをするという仕組みになっていました。つまり、チェックがない場合は提供の意思があるものとみなされます。逆に、同意率が低かったグループは、臓器提供を希望する人が所定の欄にチェックをするという仕組みとなっていました。このようなチェック欄のデフォルト設定によって、結果が大きく変わるということです。

初期値によって選択が変わるので、フレーミング効果は「初期値効果」とも言われています。

フレーミング効果には、他にもいくつかの法則があります。例えば「メンタル・アカウンティング(心的会計)」という法則は、人間は心の中でお金を、出所や使い道で無意識に分け、使い方を変えているというものです。同じお金であっても、働いて得たお金とギャンブルで得たお金は、その使い方が全く異なるということです(あぶく銭効果)。

また「決定麻痺」といわれるバイアスもあります。これは、選択肢が多すぎることによって選択を先延ばしにしたり、選択自体をやめてしまうというものです。



4.行動経済学と時間の関係

最後に、時間に関連する2つの法則をご紹介しましょう。

一つ目は、「ピークエンド効果」と言われる法則です。
記憶に基づいて何かを評価する場合、それに要した時間は最終的な判断に関係しないというものです。人間は、経験の中での絶頂時の評価と、終わった時点での評価だけで経験を評価するという特徴があります。この不合理な選択・評価がピークエンド効果です。

二つ目は、「上昇選好」と言われる法則です。
物事が一連の現象として認識された場合、時間の経過につれて満足が拡大、あるいは不満が減少することを好む傾向があるというものです。「末広がり」をイメージしていただければと思います。

この上昇選好を活用しているのではないかと思われる、皆さんもよくご存知の事例を一つご紹介しましょう。プロ野球のイチロー選手は、自分のバッティングの調子を打率の上下では判断せず、ヒットの数で判断しているという報道がありました。打率を基準とした場合、例えば3割打っても次の日には2割5分に落ちる可能性もあり、モチベーションを維持するのは非常に大変です。一方、ヒット数を基準にすれば、ただ増えていくばかりなので、調子が悪くなった感じがしません。

これがまさに上昇選好です。

このように行動経済学には、個人・ビジネス双方において、様々なことに活用できる法則が沢山あり、多くの可能性を秘めているのです!



※この記事は、ビジネス・ブレークスルーのコンテンツライブラリ「AirSearch」において、2018年12月20日に配信された『行動経済学が変えるマーケティング戦略 01』を編集したものです


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橋本 之克(はしもと ゆきかつ)
マーケティング&ブランディングディレクター
東京工業大学社会工学科卒業後、大手広告代理店で消費財のマーケティングを担当。
1995年日本総合研究所入所。環境エネルギー分野を中心に、官民共同による研究事業組織「コンソーシアム」の組成運営や、自治体向けのコンサルティング業務を行った。1998年アサツーディ・ケイ(ADK)入社後、業界別にマーケティング手法を構築、提案する「業界特化型戦略」を推進。金融、不動産、環境エネルギーの3業界でチームを立ち上げた。金融においては年間売上を500億円以上に倍増させるなど(ADK全体で3800億円)成果をあげる一方、業界で注目されていた「行動経済学」に着目。理論をマーケティングやビジネスに応用する取組みを行っている。2018年8月にADK退社後は、フリーとして活動。通算のマーケティング&ブランディング戦略プランナー歴は30年以上。マーケティングと行動経済学に関する出版、講師、寄稿やTVコメンテーター出演多数。

  • <著書>
  • 『9割の人間は行動経済学のカモである』(経済界)
  • 『9割の損は行動経済学でサケられる』(経済界)
  • 『モノは感情に売れ!』(PHP研究所)
  • 『ヤバい行動経済学』(日本文芸社)
  • 『スゴい!行動経済学』(総合法令出版)
  • 『「おトク」に弱いあなたが損をする理由』(KADOKAWA)