BBTインサイト 2019年10月17日

競争しない競争戦略<第2回>市場をコントロールし企業を生かすニッチ戦略



講師:山田 英夫(早稲田大学ビジネススクール 教授)



多くの方にとって聞きなじみのある「ニッチ戦略」は、小さい売上や差別化を目指す戦略ではありません。ニッチ戦略とは、リーダー企業と戦わず、市場規模や技術やサービスの質を限定することで市場をコントロールし、市場のすみ分けによって利益を上げていく戦略です。では、どのようにニッチ戦略を構築していけばよいでしょうか? 具体的な9つのニッチ戦略を紹介します。

1.ニッチ戦略とは?

「ニッチ戦略」は、多くの方にとっては聞きなじみのある言葉ではないでしょうか。売れなかった商品を、「あれはニッチ狙いだったから」という話をよく聞きます。ただ、それは単に売れなかっただけで、決してニッチではありません。

ニッチと似た言葉に差別化という言葉がありますが、ニッチと差別化は違います。簡単に言えば、差別化戦略はリーダーと戦う戦略ですが、ニッチ戦略は戦わない戦略です。

また競争業者を、リーダー、チャレンジャー、ニッチャー、フォロワーと四つに分ける場合があります。実はニッチだけが、ニッチ戦略もありニッチ市場もあります。つまり、ニッチ戦略だけが、戦略と市場のすみ分けが一対一で対応(ニッチ戦略はニッチ市場をターゲットとする)しています。

2.ニッチは作り出すことができる

また、もうひとつ誤解されている事があります。それは、高い技術を持っている会社がニッチ企業と呼ばれてきました。確かに、リーダー企業を凌ぐような技術を持っている会社をニッチ企業と呼びます。しかし、実は質が優れるだけでなく、リーダー企業が入れないように、量的なコントロールをする事でも、同じような効果を生む事ができます。リーダー企業を参入させないための量的なコントロールとしては三つあります。

一つは、「市場規模をあまり大きくしないこと」です。
市場規模を大きくしすぎると、巨大な企業が入ってきて、体力で負けてしまう事があります。バブルの頃、シュレッダー業界トップは、明光商会でした。明光商会が拡販をした結果、シュレッダー市場がある規模を超えました。そうすると、当時オフィス機器の三指に入るリコーがシュレッダー市場に参入してきました。もし、明光商会がリコーと戦ったら、とても勝ち目はなかったと思います。実際には、バブルがはじけて、シュレッダー市場が小さくなり、リコーは撤退しました。市場が大きくなりすぎると、大手企業の参入を促すことになります。

二番目は、「あまり利益率を上げない」です。
大手企業は固定費も高いので、あまり利幅のないところに入ってくると、固定費だけで赤字になります。

三番目は、「市場を急速に立ち上げない」です。
大手企業には、「3年で単黒、5年で累損一掃」というような投資基準があります。市場が急成長するという事は、短期間で回収ができるという事なので、大手企業が入りやすくなります。

以上お話しした「市場規模をあまり大きくしない」、「利益率をあまり高くしない」、「市場を急速に立ち上げない」、という形で量的なコントロールをして、ニッチを作る事ができます。このように考えると、質的な部分と量的な二つの部分でニッチを作っていく事ができます。これを組み合わせると、次の図になります。

量的に厳しくコントロールするか、質的にコントロールするかで、ニッチを整理できます。両方とも低いのはニッチ戦略ではありません。まず、この図の左上から見ていきましょう。

3.ニッチを作り出す9つの戦略

①技術ニッチ(質的:高、量的:低)

まずは、技術ニッチです。技術ニッチは、文字通り技術を高めて大手企業を寄せ付けない戦略です。この代表例として、医療機器メーカーのマニーという会社があります。

この会社は、世界一の技術を誇り、眼科や歯科の分野で高いシェアを持っていますが、やらないことを決めています。

・医療機器以外はやらない
・世界一の品質以外はやらない
・寿命の短いものはやらない
・世界市場規模年間5,000億円以下しかやらない

市場規模で5,000億円を超えると、米国超大手の医療機器メーカーと真正面から戦わなくてはならなくなります。そのため、あえて5,000億円以下しかやらない、と事業領域を決めています。その代わり質を極めるというのがこの会社の特徴です。これが典型的な技術ニッチの会社です。

②チャネル・ニッチ(質的:高、量的:低)

生命保険の大同生命は、中小企業の経営者向けの「定期保険」が非常に強いです。中小企業にアプローチする際、自社で営業を行っても、中小企業は多数あり、全ての企業にリーチはできません。そのため、税理士団体であるTKCと提携しています。中小企業に出入りしている税理士さんに、大同生命の保険を紹介してもらって売る、という売り方です。そのようにして今の地位を築いてきた会社です。限られたチャネルを押さえるというのも、一つのニッチ戦略です。

③特殊ニーズ・ニッチ(質的:高、量的:低)

特殊なニーズをおさえるニッチもあります。タカラベルモントは、美容室・理容室の椅子を作っている会社で、圧倒的なシェアを持っています。
【資料】タカラベルモントHP(最終アクセス:2019年10月17日)
https://www.takarabelmont.co.jp/

タカラベルモントのお客さんは誰か?ということを考えてみると、一般的には、美容室・理容室に行く消費者だと思います。実は、それだけではなく、美容師・理容師もお客さんになります。男性は髪を洗う時、頭を前に倒し、女性は後ろに倒します。

その昔、女性の髪を洗う場合、美容師が斜め後ろから洗うケースが多く、腰痛になってしまう人がかなりいました。これを何とかしようと、真後ろから洗える椅子をタカラベルモントが作りました。タカラベルモントは、美容師・理容師の養成学校ももっているので、腰痛の話をキャッチする事ができ、そのニーズをうまく汲み取る事ができました。

④空間ニッチ(質的:低、量的:高)

北海道に旅行された方は、セイコーマートというコンビニをよく見かけたと思います。実は北海道では、セブン・イレブンよりも多くの店舗があります。セイコーマートは、北海道では圧倒的なシェアを持っていますが、他の地域には出ていません。限られた空間で、事業を行っています。

また、豊橋にヤマサちくわという会社があります。この会社の社長にお話しを伺ったところ、「比叡山と箱根の山は超えない」という話をされました。実は、このテリトリーの中でしか売らないことによって、豊橋に行った時のお土産として買ってくれる、そういう需要を見つけたそうです。お土産需要は、値引きがないので、利益率が高いのです。

⑤時間ニッチ(質的:低、量的:高)

時間ニッチは、時間を限ってやるニッチ戦略です。棚卸代行業のエイジスが典型例です。同社は棚卸代行業の日本の最大手で、一番のお得意さんはコンビニと書店です。

コンビニ・書店が自分達でやるよりも、エイジスに依頼すると6~7割の費用で棚卸ができます。その秘密は、ブロック・カウントという技術です。エイジスの訓練を受けた人は、ペットボトルのお茶14本くらいだと、見た瞬間に14本だと分かります。アルバイトを1週間程で訓練して、このようなカウントができるようにします。これが最大のノウハウで、季節性のある棚卸業務は年中あるわけではなく、全部固定費の社員で抱えてしまうと、事業ができなくなってしまいます。アルバイトを早期に戦力化するノウハウを持っているからこそ、できる戦略です。

⑥残存ニッチ(質的:低、量的:高)

残存ニッチは、文字通り生き残るニッチです。レコード針のナガオカが一番わかりやすいと思います。レコードは今でも図書館などで所蔵されています。また、大事な文化遺産でもあるので、レコード針は永遠にどこかで必要となります。

⑦ボリューム・ニッチ(質的:低、量的:高)

市場をあまり大きくしないことによってニッチでトップを取るのが、ボリューム・ニッチです。例えば卓球用品のタマスという会社があります。なぜタマスが卓球市場で1位を取れるのか、その理由は市場規模です。野球やサッカーに比べると、卓球人口は小さく、その市場規模だと、ペイしないので、大手のミズノやアシックスは参入してきません。またタマスは、卓球好きな人を社員として採用しています。好きな人が自分達で最高の物を作っているため、常に商品改良が進んでいます。

⑧カスタマイズ・ニッチ(質的:高、量的:高)

量的にも絞り、質的にも高いものを提供することによって、ある種の神話のようなものを作って、お客さんが少し高い対価でも払う仕組みを作るのがカスタマイズ・ニッチです。例えば、カスタムメイドの日本製の時計を作るknot(ノット)という会社があります。時計の文字盤は多数から選べるし、ベルトも多数から選べるので、色々な組み合わせで、自分だけの時計が作れます。
【資料】Knot HP(最終アクセス:2019年10月17日)
https://knot-designs.com/

⑨切替コスト・ニッチ(質的:高、量的:高)

別のものに切り替える時に発生する費用を、切替コストと言います。これを利用して、ニッチを守っていくのが、切替コスト・ニッチです。

例として、医薬品カプセルで世界で3指に入るクオリカプスがあります。医薬品を売るためには、認可を受ける必要があります。そして、認可申請をする時は、中の成分だけでなく、包装しているカプセルも一緒に認可申請する必要があります。認可をとった後に、他のメーカーからもっと安いカプセルが出てきてカプセルを取り替えようとすると、再度認可が必要となります。薬の認可は時間とコストが非常にかかるので、わざわざ新カプセルが出たからといって取り替えると、かえって損をします。

競争しないことで、いかに会社の利益率を高めるかを考察していく当シリーズの第2回目は、ニッチ戦略を取り上げてきました。

ニッチ戦略をとる会社の場合、止まっていると他の会社に侵されてしまいます。常に技術やサービスを磨き、時代の変化を取り込んでまた先取りする。そういったことが求められるのも、ニッチ戦略の重要なポイントです。

※この記事は、ビジネス・ブレークスルーのコンテンツライブラリ「AirSearch」において、2017年6月2日に配信された『競争しない競争戦略 02』を編集したものです。


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講師:山田 英夫(やまだ ひでお)
早稲田大学ビジネススクール 教授
1981年慶応義塾大学大学院経営管理研究科修了(MBA)。三菱総合研究所にて、主に大企業の事業領域策定、新事業開発のコンサルティングに従事。1989年早大に転じる。専門は競争戦略。学術博士(早大)。デファクト・スタンダードに関する研究では、パイオニア的存在。

  • <著書>
  • 『本業転換‐‐既存事業に縛られた会社に未来はあるか』(KADOKAWA、共著)
  • 『成功企業に潜むビジネスモデルのルール ―見えないところに競争力の秘密がある』(ダイヤモンド社)
  • 『競争しない競争戦略 ―消耗戦から脱する3つの選択』(日本経済新聞出版社)他