BBTインサイト 2019年8月1日

スティーブ・ジョブズも学んだ禅 ZEN禅的思考で生き方・働き方を考える


執筆:吉田 有(ビジネスコーチ株式会社 エグゼクティブコーチ)

昨今、ビジネスパーソンの間で禅が広がっています。それはなぜでしょうか。実は、ビジネスを成功させるうえで、また生き方や働き方を考えるうえで、ZEN禅的思考から学べることがたくさんあるからなのです。ZENと付けているのは、漢字だけでは宗教的に捉えられるケースがあり、ZENをもっと仕事や生活に活かす実践的ツールとして捉えてほしいからです。

はじめに断っておきますが私の仕事はエグゼクティブコーチで、禅の専門家ではありません。禅に長く取り組んできたことによる学びや体験がビジネスの場でも役立つことを感じているので、今日は、皆さんと一緒に ZEN禅的思考からヒントを得て、より良い働き方や生き方を考えていく時間にしたいと思います。

1.安倍首相にスティーブ・ジョブズも!ビジネスパーソンに広がる禅

そもそも、ZEN禅とは何でしょうか。漢字で書くと「禅」、「示す編」に「単」です。一言でいえば「単純に示す」、つまり物事をシンプルにすることです。シンプルにするためには、無駄なものをそぎ落とさなければなりません。削いで、削いで、削ぎ落していった先に見えるのは「本質」です。「本質」が見えると物事に取り組むエネルギーが高まってきます。しかし、頭ではわかっていても日常生活の中でそういうメンタリティになるのはなかなか難しいです。継続的に坐禅などの実践を通じて、体で覚えることが必要になります。ビジネスの場で、仕事を通じで仕事を体得してくのと同じです。

禅は様々な分野で広がっています。例えば安倍首相は、第1次安倍内閣を辞任した後にメンタリティを強くするという目的も含めて、全生庵という臨済宗系のお寺で熱心に坐禅をしたといわれています。また、京セラの創業者である稲盛和夫氏は65歳で仏門に入りました。しかし、師匠に「あなたは仏道よりもビジネスでそれを生かしなさい」と言われ、ビジネス界に戻ってJALの再建などでも活躍しました。スティーブ・ジョブズに関しては有名な話ですが、彼は乙川弘文老師という曹洞宗の僧侶から長く禅を学びました。彼は坐禅によって得た感性で、無駄を削ぎ落したシンプルなビジネスモデルや製品を創り出したといわれています。

GoogleやYahoo!の瞑想ルームに代表されるように、シリコンバレーでも禅は広がっています。シリコンバレーのマウンテンビューというエリアに観音堂という禅センターがあり、その住職が最近書いた本があります。シリコンバレーで働いているビジネスパーソンがなぜなぜ観音堂に坐禅にくるのかインタビューした本です。それによるとすばらしい企業に勤めて多くの報酬を得ていても、常に忙しく気持ちの安らぎがない、「成功」しているようにみえるが「幸福感」をあまり感じていない。このままでいいのかという気持ちで仕事をしていたところ、禅に出会って自分の中で求めていたものが見つかった、自分をリセットできた、忙しい中で成果を上げるためにはこういう時間が必要だということを実感したというのです。

つまり、変化のスピードが速く情報量も多い今の世の中で成果を上げようとすると、そこから少し離れて自分を客観的に見る時間を作ることが大事だということがわかります。ビジネスパーソンに禅が広がっている背景にはこのようなことがあるのでしょう。

2.なぜZEN禅的思考がビジネスパーソンに求められているのか?

それでは、なぜZEN禅的思考がビジネスパーソンに求められているのでしょうか。下記は、組織で成果を出すにはどうしたらいいかを示した図です。マサチューセッツ工科大学のダニエル・キム教授が提唱しており、ご存じの方もいらっしゃるかもしれません。


ここには4つの質があります。関係の質とは、人間関係の質です。企業で働く場合は、上司や同僚、顧客など様々なステークホルダーが当てはまります。思考の質は、文字通り考える質です。そして、行動の質や結果の質があります。ビジネスの場では、成果を出すことが求められ、結果の質が重要です。しかし、結果ばかり求めると押しつけや命令で関係性が崩れ、思考の質も行動の質も悪くなり成果が上がらないというバッドサイクルに陥ります。思い当たる方も多いのではないでしょうか。最近よく聞くパワハラ問題なども、結果に固執しすぎることから起こるといえるかもしれません。成功している組織というのはグッドサイクルで回っています。上司や部下など様々な人との関係性を良くしていくと、思考の質も良くなります。そうなると行動の質も結果の質も上がり、更に関係性が良くなるという成功循環になるのです。

関係の質を上げるためには上司や部下、顧客との関係も重要ですが、ここで強調したいのはしっかり自分のことをマネージし、自分との関係の質を上げることです。ビジネスリーダーがリーダーシップを発揮するうえで最も重要な要素の一つはself-awareness、自己認識力です。自分を深く知ることなくして他人を十分に理解することはできません。マインドフルネスも、ある意味今の自分を知るということです。政治家が感情的になって発する暴言も、自分との関係の質をうまくコントロールできないことから起こると思います。

仕事や人生をうまく処していくための四つの真理をご紹介します。「苦、集、滅、道」という言葉です。「苦」とは、苦しいという意味ではなく、思うようにならないという意味です。

仕事や人生はなかなか思い通りにならないという現実があります。仕事を頑張ってもなかなか成果が上がらない、信頼している人から裏切られることなどで、悩み苦しむことがあります。それは突き詰めると苦を生ぜしめる原因(執着・煩悩)があるからです。

しかし、そういうものがなくなって安寧の状態を作ることはできます。そのための方法として、八正道(はっしょうどう)というものがあります。一言でいうと、仕事や人生は山あり谷ありですが、自分次第で素晴らしいものにすることができるという事です。
仕事や人生が「思うようならないこともある」を受け容れることができれば、仕事や人生は「思うようになる」のです。「そのことで悩む」のではなく、「やるべきことに集中」できるからです。人の悩みの多くは、過去の執着と未来の不安です。平常心で「今、ここ」でやるべきことをやればパフォーマンスが上がるというわけです。



八正道とは何かというと、正しく物事を見たり、正しい行いをしたり、正しく思念したりすることで安寧の道に行くというものです。「正」しいという字は、「一」と「止」を合せたものです。「ある一線で止まる」という意味です。人はある一線を越えると、「迷い」の世界へ入ります。「もっと、もっと、欲しい」という貪る気持ちが生まれます。(健全な志のもとでの成長欲求は良いですが)。

八正道の7番目の「正念」を英訳するとライトマインドフルネスになります。マインドフルネスはここからきています。マインドフルネスのトレーニングは瞑想ですが、「今の自分に気づき、それを受容することで」セルフマネジメント力や集中力、協調性やリーダーシップが得られてきます。


3.スティーブ・ジョブズから学ぶ、成功を支えた生き方・考え方

最後に、禅に造詣が深いスティーブ・ジョブズが2005年に米スタンフォード大学の卒業式で行った有名なスピーチから、5つのキーワードをピックアップし、禅的思考を重ね合わせて学びたいと思います。

まず1つめは「点と点をつなげる」
将来をあらかじめ見据えて点と点をつなぎ合わせることなどできない。できるのは後からつなぎ合わせることだけだということです。禅の言葉で、今やっていることがいずれ人生のどこかでつながって実を結ぶ、全てはご縁で繋がっている「重々無尽の縁」という教えがあります。彼もそのようなことを体験したのではないかと思います。

次に2つめは「仕事を愛すること」
やりがいを感じることができるただ一つの方法は、すばらしい仕事だと思えることをやること。そして偉大なことをやり抜くただ一つの道は仕事を愛することだと言っています。「一体一如」という禅語があります。ジョブズは「コンピューターというテクノロジーを使って人々の生活を便利に、楽しくする」という強烈なミッションがあったと思います。彼の成功はこのミッションと彼自身の行動言動の全てが「一体」になっていることを感じます。

そして3つめは「一日一生として生きよ」
「もし今日が人生最後の日だとしたら、今からやろうとしていたことをするだろうか」。彼は33年間これを自問自答したといっています。違うという答えが何日も続くようなら生き方を見直せということです。人生最後の日とは、「死」の目前で、それは「死を覚悟して今を生きよ」という強烈なメセージです。我々も自然災害や事故などにいつ遭遇するかわかりません。過去や未来を思い煩うのではなく、「今日一日、今、ここ」をしっかり生きよという、正に禅的なメッセージです。

4つめは「直感に従え」
他人の雑音であなたの心の声がかき消されないように、何より大事なのは自分の心と直感に従う勇気を持つこと。心や直感は自分が本当は何をしたいのかもうすでに知っているということです。他人の雑音に自分の心の声がかき消されないためには、禅でいう「絶対の世界」の発想を持つことが大事です。我々が生きている世界は、人と比較して上を目指していく相対の世界です。「比べる」と、自分にないものが目について悩みます。しかし、ジョブズは人が何と言おうと突き進む「絶対の世界」にいたと思います。ジョブズのように考えるのはなかなか難しいかもしれませんが、何か迷った時に自分の心の声を聞いてみるといいでしょう。そのためには、坐って自分を見つめる時間を持つことです。

最後の5つめは有名な一説ですが、「Stay Hungry Stay Foolish」
これは禅の言葉の「愚の如く魯の如し、ただ能く相続するを主中の主と名づく」を彼が訳したのではないかと言われています。どういうことかというと、一つのことを選んで、バカのようにやり続ければそのエキスパートになれるということです。

ジョブズの生き方を禅の言葉で表現すると「全機現」になるでしょう。全機現とは、自分の能力全てを発揮できるように、「今、ここ」で生き生きと仕事をするということです。彼がこの言葉を知っていたかどうかわかりませんが、崇高な使命感があったうえで、「今、ここ」に無我夢中で取り組んでいたのではないかと思います。

最後にジョブズの言葉を紹介して終わりにしたいと思います。

「Journey is the reward.」

終着点が問題ではなく、旅路のプロセスこそが大事だということです。ビジネスでは目標達成(終着点到達)が大事です。しかし、「今、ここ」の取り組みがおろそかになっては、結果が出せません。結果はコントロールできませんが、「今、ここ」のプロセスはコントロールでき、「全機現」で取り組めば、結果に繋がります。ある意味で、「プロセス=結果」と言えるのではないでしょうか。まさに禅的な考え方といえそうです。

※この記事は、2019年5月24日に開催されたイベント「BBT×BOND×ビジネスコーチ共催:禅的思考でキャリア選択を考える~シリコンバレーの人が熱中する禅の教えとキャリア~」の内容を基に編集したものです。

講師:吉田 有(よしだ たもつ)
ビジネスコーチ株式会社 エグゼクティブコーチ/BCS認定プロフェッショナルビジネスコーチ
ゼントレプレナー研究所(ZENtrepreneur Labo.) 代表
一般社団法人インターナショナルZENカルチュラルセンター 理事
1976年、成蹊大学経済学部卒業。アラスカパルプ株式会社入社後、アラスカランバーアンドパルプ社(米国アラスカ州シトカ市)勤務。
1985年に帰国後、株式会社アルタモード入社、2000年代表取締役に就任。
2005年、ビジネスコーチ株式会社の設立に参画し、同社取締役に就任。
2016年、同社エグゼクティブコーチとなる。