2020年11月3日

安倍前政権を総括する(後編)

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
安倍前政権を総括する(後編)
編集/構成:mbaSwitch編集部

2回シリーズで、安倍政権の功罪をBBT大学院・大前研一学長BBT大学院・大前研一学長が検証しています。前編は安倍前首相が「やる」と明言していたことをやったかどうかを総括しました。後編では、もう一つの重要な評価軸であるところの、安倍政権の内政と外交について総括します。


「内政の根幹を担った経済政策=アベノミクス」は失敗

内政の根幹を担った経済政策は、アベノミクスである。

アベノミクスの第1ステージでは「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」という3本の矢で「名目成長率3%」を目標に掲げた。それに合わせて日銀の黒田東彦総裁は「2年で2%」を物価目標に異次元の金融緩和、いわゆるアベクロバズーカを撃ち始めた。

アベノミクスの第2ステージでは「希望を生み出す強い経済」「夢を紡ぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」という新3本の矢を持ち出してきたが、3本の矢も新3本の矢もすべて的外れで、アベクロバズーカも不発に終わった。3%成長も、2%の物価上昇も未達のままだ。

「アベノミクスで景気が良くなった」と評価する向きもあるが、それはジャブジャブと国債を発行し、日銀が450兆円もの国債を民間の金融機関から買い取る形でマーケットに資金を垂れ流した結果にすぎない。

「コロナ禍でアベノミクスが失速した」というのも見立て違い。金利とマネタリーベースをいじるだけのアベノミクスは20世紀型の経済政策であって、高齢化、ボーダレス化、サイバー化などが進んだ21世紀の経済にはまったく効果がないのだ。消費税増税のタイミングも最悪で、安倍政権の経済政策に評価できるポイントはない。

外交:悪名高きトランプ米大統領のご機嫌取りに尽くした以外に成果なし

外交では、韓国との関係は安倍政権下で修復のしようがないほど冷え切ったし、中国との関係も尖閣諸島周辺での圧力が続くなど決して良くなっていない。

「戦後レジームからの脱却」から変節した安倍前首相は米国との関係強化を強調するが、トランプのようなエキセントリックな大統領に媚びを売って米国に近寄れば、中国との距離は開く。

ASEANとの距離は変わらずである。本来なら中国に対する牽制の意味からも、良好なASEAN関係を強化する道もあったが、いわゆる九段線(中国が南シナ海での領有を主張するために地図上に独自に設定した9本の境界線のこと)をめぐる問題で日本は中国に遠慮して傍観者になっている。

【図】中国が考える九段線と米中軍事防衛ライン

安倍外交で唯一、高得点につながりそうだったのはロシアとの関係だ。安倍前首相はプーチン大統領と実に27回も会談して、北方領土の返還や日ロ平和条約について話し合ってきた。

しかし、話を詰めるほどにボタンの掛け違いの複雑さが露呈して交渉は暗礁に乗り上げ、日本は完全に手詰まりになってしまった。プーチン大統領は親日家だから日ロ関係がマイナスになったわけではないが、またとない大きなチャンスがあったのに実を結ぶことはなかったわけだから、外交的には失敗と言っていい。

ということで、悪名高いトランプ米大統領のご機嫌取りに尽くした点を除いては、外交上のポイントも見当たらない。

以上、安倍政権の功罪を多角的かつ論理的に見てきたが、史上最長政権とは思えないくらい“功”を探すのが難しい。

そこにモリカケ問題、桜を見る会、河井夫妻の異様な資金をめぐる逮捕劇、黒川弘務検事長の処遇と検察庁法改正、といった首相として罪深い“負の遺産”を足し合わせれば、失われた時間は7年8カ月と長すぎる。

菅新政権の先行きは、小泉内閣、鳩山由紀夫内閣に次ぐ3番目に高い支持率で発足したようだが、本総括で明らかになったすさまじいマイナス点の安倍政権を継承するというのだから、それほど期待しないほうがいいだろう。

※この記事は、『プレジデント』誌 2020年10月30日号、大前研一アワー#448 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。