大前研一メソッド 2020年12月7日

幻に終わったか?関西がカナダ級の経済圏になる日(前編)

幻に終わったか?関西がカナダ級の経済圏になる日(前編)
大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

政令指定都市の大阪市を廃止し、4つの特別区に再編する「大阪都構想」の是非を問う2度目の住民投票が2020年11月1日に投開票されました。

その結果、約1万7000票差で反対派が賛成派を上回って、大阪市の存続が決まりました。「大阪都構想」とは言いますが、実態は単に「大阪市廃止して4つの特別区に分割」するに過ぎません。しかも、府と市の二重行政を解消するのにどうして必要な再編なのか理解できません。


大阪都構想について、2回シリーズでお伝えします。前編では、住民投票で連敗した、大阪維新の会が目指すところの「大阪都構想」の問題点について、BBT大学院・大前研一学長に聞きました。


「大阪都構想」とは言うが、実態は「大阪市廃止・特別区設置」

今回も残念に思ったのは、もともとは「関西道」のような広域行政体をつくる道州制というビジョンの議論から始まったはずの「大阪都構想」が、「府と市の二重行政の解消」というコストダウンの話にどんどん矮小化されてしまったことだ。

最初の住民投票は2015年。このときは約1万票の僅差で反対派が勝利し、大阪都構想の生みの親である橋下徹氏(当時大阪市長、大阪維新の会代表)は政界引退を発表した。

1度反対の民意が下された住民投票が再び行われることになったのは、「都構想再挑戦」を掲げた大阪維新の会(維新)が首長選や地方選挙などで勝利を重ねてきたからだ。

2019年春の知事・市長のダブル選挙で維新は圧勝。公明党が賛成に転じたため再度民意を問う体制が整った。吉村洋文府知事が新型コロナ対策で人気と知名度を一気に高めたこともあって、2度目の住民投票は賛成派優勢との見方もあったが、結果は前回同様に僅差で否決された。

2度目の敗北を受けて、維新代表の松井一郎大阪市長は任期満了後の政界引退を表明、吉村府知事は「自分が再挑戦することはない」と明言した。

新聞の出口調査によれば、都構想を党是とする維新支持層の9割は大阪都構想に賛成した。一方で自民党支持層の6割強が反対。立憲民主党や共産党支持層の8〜9割も反対で、無党派層も6割が反対だった。維新としては大阪市の4分割案に賛成した公明党の動員力に期待したいところだったが、公明党支持層の賛否は五分五分。投票行動から分析すれば、公明党支持層の半分が“寝ていた”ことが敗因の1つになったようだ。

しかし、1回目の住民投票も2回目の住民投票も、否決された根本的な理由は一緒だと私は思う。要は大阪都構想のメリットというものが市民に理解されなかったのである。

「大阪都構想」は通称であって、今回の住民投票の正式名称は「大阪市廃止・特別区設置住民投票」。住民投票で賛成派が勝ったとしても「大阪府」の名称はそのまま。あくまでも大阪市という270万人規模の政令指定都市を廃止して、4つの特別区(15年の住民投票では5つの特別区)に分割することに賛成か反対かを問うものだった。

賛否が拮抗していた投票前の世論調査で、大阪都構想に反対する最大の理由は「大阪市がなくなるから」だった。歴史と愛着ある大阪市をなくしてまで、4つの特別区に分割するメリットは何なのか。これがなかなか明確に伝わらなかったのだ。


府と市の二重行政を解消どころかミニ大阪市が4つできるだけ

逆に投票前の世論調査で賛成する理由の1番に挙げられたのが「行政の無駄の削減」である。維新も「二重行政の解消」を都構想の大義に掲げてきた。しかし、二重行政が何を指すのか、その定義は曖昧で非常にわかりにくい。

維新は機能が重複する府立と市立の施設として病院や大学、図書館などを挙げていた。それらを1つに集約することが市民生活の向上につながるかどうかも疑問なのだが、実際にはこの数年で施設の統合や移管が進んで、多方面で二重行政は解消されつつある。

橋下氏が府知事だった時代は、当時の大阪市長平松邦夫氏と犬猿の仲で府市の関係も悪かった。今は維新の会長と会長代行である市長と知事がタッグを組んで選挙を戦う間柄である。「何も大阪市を廃止しなくても、今までみたいにトップ2人で話し合えば二重行政の多くは解消できるのでは?」という素朴な疑問は当然湧いてくる。

一方で大阪市を廃止して4つの特別区を設置するとなると莫大なコストがかかる(その初期コストを推進派は約240億円、反対派は1340億円と試算)。

さらに住民投票の終盤になって、「大阪市を4分割した場合、行政コストは年間218億円増える」という市財政局の試算が明らかになった。この試算は、後に松井市長が「捏造」だとして同局は試算を撤回したが、この報道が最後の最後に一押しされたことも、少なからず投票結果に影響を及ぼしただろう。

メリットばかりではなく、都構想が目指しているビジョンというのもよくわからなかった。大阪市を廃し、24の行政区を再編して4つの特別区に合区した後はどうするのか、具体的なビジョンはほとんど示されていないからだ。見方によっては70万人規模のミニ大阪市が4つできるようなものだが、市バスなどの公共交通網でつながっている特別区同士の関係性は不明だ。

大阪府のもう1つの政令指定都市で大阪市に隣接する堺市が都構想に含まれていないのも問題だった。堺市といえば商業や貿易の中継地、交通の要衝として賑わってきた長い歴史がある。人口は約83万人。特別区の人口規模とほぼ同格だ。堺市が参加しない大阪“都”などありえない。

大阪市と堺市、2つの政令指定都市が中核を担ってこそ都構想の推進力は高まるのだ。もっとも反対派の前市長から維新公認の市長に代わったとはいえ、都構想に取り込まれることに抵抗のある堺市民は少なくないのだが。

このように考えると、「大阪都」への道程ははるかに遠かった。結局、あらゆることが説明不足で、「現状の都構想にはトータルビジョンがない」ということを大阪の市民に見透かされてしまったのだと思う。

次回の後編では、大前研一ならどうするかを解説します。

※この記事は、『プレジデント』誌 2020年12月18日 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。