大前研一メソッド 2020年11月9日

菅新首相は、日本の問題の本質がどこにあるのか理解できていない

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部


菅新首相は、日本の問題の本質がどこにあるのか理解できていない

菅義偉氏は自民党総裁選を圧勝、第26代総裁に、そして秋の臨時国会で首班指名を受けて第99代内閣総理大臣に就任し、菅新政権が発足しました。菅氏は無派閥で世襲議員でもありません。

叩き上げで苦労人の「令和おじさん」——。そんなイメージの新首相を世論はおおむね好意的に受け止めたようで、70%台という歴代内閣でも高水準の支持率での船出となりました。

菅政権で注目されている政策は、(1)携帯料金の引き下げ、(2)地方銀行の再編、(3)不妊治療の保険適用、デジタル庁の創設——などです。

菅政権は「20世紀の不都合」を部分的に掃除し始めた点で評価できるものの、「没落国家からの脱却」という課題はまだレーダーにも映ってないという点で安倍政権の延長線という評価しかできないとBBT大学院・大前研一学長は酷評します。政策(1)〜(3)を順番にみていきましょう。

https://www2.ohmae.ac.jp/Dynamic_LP.html

菅政権の目玉政策1:携帯料金の引き下げ

携帯料金の引き下げは官房長官時代から取り組んできた肝入り政策で、2018年には「4割程度引き下げられる余地がある」と発言している。

菅首相から直々の改革指令を受けた武田良太総務大臣は「1割(値下げ)程度では改革にならない。諸外国はいろいろな政策で健全な競争市場原理を導入しており、ドイツやフランスでは70%下げている。やればできる」と息巻いた。

確かに欧州では競争原理が国境をまたいで働いていて、油断して少しでも値段が高いと隣の国から安価なサービスや商品が入ってくる。

しかし日本の場合、携帯電話市場は国内の大手キャリア3社による寡占状態が続いてきた。そこに「健全」な競争を導入して料金を下げようということで、先頃、楽天モバイルが5G(第5世代)携帯の格安料金プラン(データ通信無制限で料金は大手の半額程度)をぶち上げた。

しかし基地局などのインフラで圧倒的に劣る新規事業者が大手の牙城を崩すのは簡単ではない。楽天は基地局を前倒しで設置して21年夏までに人口カバー率96%を目指すそうだが、あくまで人口密集地をカバーするだけで、エリアのカバー率ではない。田舎ではほとんど通じないのだ。

国内の携帯電話市場はエアライン市場とよく似ている。JALとANAの独占市場に、LCC(格安航空会社)がいくつも参入した。しかしネットワークやスタッフなどの固定費を切り詰めて効率重視の運営をしているLCCは使い勝手が悪いために需要が伸びず、経営難から多くが大手の傘下に吸収されてしまった。

携帯電話もエアライン同様ネットワークやインフラ構築が重要で、参入障壁は非常に高い。競争を導入すれば値段が下がるというのはネットワーク事業では幻想なのだ。

結局は値下げに踏み込むには行政が動くしかないのだが、これまでも総務省が規制を強化するたびに大手3社はあの手この手で収益構造をキープしてきた。今回もひたすら頭を垂れて、菅政権という嵐が過ぎ去るのを待つ構えだろう。

菅政権の目玉政策2:地方銀行の再編

全国に102ある地方銀行についても、菅首相はかねてより「数が多すぎるのではないか」と再編の必要性に言及していた。しかし地銀の再編が必要になった理由は何か。安倍政権による異次元の金融緩和である。超低金利で利息がつかないから銀行の経営は苦しい。

菅首相の基本政策の1つ「活力ある地方を創る」ために、地銀はキープレーヤーになりうる。私は日本全国をバイクで回っているが、風光明媚で山海の食材は豊か、道路も整備された場所というのはそこかしこにある。しかし、残念なことに美味しいレストランや十分な宿泊施設がないことが多い。

フランスやイタリアはどんな町にも美味しいレストランと十分な宿泊施設があって魅力的な観光地になっているが、日本の地方にも世界から人を呼び込める素材がある。必要なのは素材を観光資源につくり変える構想力であり、プロデュース能力だ。

ローカルの金融機関はそのポテンシャルを秘めている。地域密着で地元のセールスポイントや企業、人材をよく知っているし、当然、資金もある。顧客の帳簿を読み込んだり、ドブ板営業をするのは、もはや地銀の役割ではない。

それを再編・統合して、たとえば青森から福島まで一緒にして「東北ビッグバンク」などつくったら、いまのメガバンクと同じでプロデュース能力は発揮できず、ローカルの魅力が掘り起こせなくなってしまうだろう。

菅政権の目玉政策3:不妊治療の保険適用

不妊治療の保険適用は少子化対策の一環だが、取り組むべき少子化対策が100あるとすれば優先順位は73番目くらいの話である。少子化対策で真っ先にやるべきは戸籍の撤廃。第2は婚外子でも日本人として認知するフランス型の社会制度の実現である。

合計特殊出生率(1人の女性が生涯に生む子どもの数の平均)を1.9〜2.0程度まで回復させたフランスやスウェーデンは戸籍を廃止して、事実婚を認めた。婚外子への差別をなくし、子どもを産みやすい社会にした結果、生まれた子どもの半数以上は婚外子だ。

日本の婚外子の割合は約2%。男性の戸籍に入れるのが不都合であれば、多くの場合は堕胎するか、シングルマザーとして育てるかのほぼ2択になる。なお、平成30年度の人工妊娠中絶件数は16万件である。

【資料】平成30年度衛生行政報告例の概況 結果の概要 6 母体保護関係
つまり戸籍が出生の大きな縛りになっていて、戸籍廃止は婚外子差別をなくす社会改革の第一歩なのだ。同時に出産に経済的なインセンティブを与えていく。

手厚くきめ細やかな各種手当や所得補償、育児支援のほか、フランスでは子どもを産むほど税制が優遇されて、3人産めば所得税がマイナスになる。

菅政権の目玉政策4:デジタル庁の創設

最後のデジタル庁創設に関しては、「庁」と言っている時点で期待値ゼロである。世界中でデジタル化をうまくやった国・地域では、「省」の上に「スーパーデジタル省」的なセクションをつくって、あらゆる省庁に命令する権限を与えている。

組織のトップで辣腕を振るうのは台湾ならデジタル担当大臣のオードリー・タン(唐鳳)氏、インドで言えばIT大手インフォシス・テクノロジーの共同創業者で、インド身分証明庁長官として13億人が登録する国民識別番号制アドハーを推進したナンダン・ニレカニ氏といったデジタルネイティブである。担当大臣が「自民党きってのIT通」「IT人材と交友」レベルでは話にならない。


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いまだに21世紀に脱皮できていないことが日本の最大の問題点

以上、菅政権の目玉政策をざっと眺めて感じるのは「小手先感」である。安倍前政権のようにできもしない大風呂敷を広げているわけではないが、「小さい」政策ばかりで、全部足し合わせても日本の経済社会を前向きに変えるようなパワーを感じない。別の言い方をすれば、「改革」を旗印に掲げておきながら、新首相は日本の問題の本質がどこにあるのか、わかっていないのだ。

日本の最大の問題は、いまだに21世紀に脱皮できていないことである。教育システムおよび企業や社会そのものが21世紀に移行できない。これが日本の長期低落の根本原因であり、最大の問題なのだ。

20世紀の教育があまりにもうまくいきすぎたために、教育そのものを変えられないのだ。教育が変わらないから人材が育たない。人材が育たないから、21世紀型のDX企業もなかなか出てこない。

日本が圧倒的に立ち遅れてしまったDXはコロナ禍で否応なく加速する。たとえば業務の自動化によって日本のホワイトカラーの半分は要らなくなるだろう。ハッキリ言えば失業の山を乗り越えなければ日本は向こう側、すなわち21世紀には渡れない。

※この記事は、『プレジデント』誌 2020年11月13日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。