大前研一メソッド 2018年12月21日

今、日本経済は戦後最長の74か月の好景気が続いている?



大前研一(BBT大学大学院 学長 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

内閣府は12月13日、景気動向指数のあり方を検証する景気動向指数研究会を開催し、2012年12月から始まる現在の景気回復が2017年9月時点で、高度成長期に57か月続いた「いざなぎ景気」を超え戦後2番目の長さとなったと正式に判断しました。2019年1月まで景気回復が続けば、戦後最長の74か月となります。

国民の景気に対する感覚と、「戦後最長の景気回復の予想」という“主催者”側発表のズレはかなり深刻な問題だと大前研一学長は指摘します。 なぜこのようなズレが生じるのかを大前学長に聞きます。

▼資料:内閣府 景気動向指数研究会(最終アクセス:2018/12/21)
https://www.esri.cao.go.jp/jp/stat/di/di_ken.html

アベノミクスの公約「GDP成長率2%」「物価上昇率2%」は未実現

2018年9月に行われた自民党総裁選挙は現職の安倍晋三首相と石破茂氏の一騎打ちとなり、大方の予想通り、安倍首相が三選を決めた。これで最長21年9月まで安倍政権は続く。

第二次安倍政権はデフレ脱却と経済成長を公約に掲げて発足した。「あらゆる政策手段を総動員して、実質GDP2%成長を実現する」と安倍首相は謳ってアベノミクスを打ち出したが、5年8か月経っても2%成長はほど遠い。

デフレ脱却に至っては、「物価上昇率2%」という目標の達成時期を何度も何度も先送りしてきた挙げ句、日銀の黒田東彦総裁は「今後、延期した場合には市場の失望を招く」という理由で「2019年頃」としていた2%目標の達成時期を日銀のリポートから削除してしまった。

達成時期を明示しないコミットメントなんて、「成り行き任せ」と言っているのと同じだ。普通の企業で事業部長がそんなことを言ったらクビである。

G7の中で、日本だけが2000年の賃金水準を下回っている

内閣府が定期的に行っている「国民生活に関する世論調査」の直近の調査で、「今後、日本政府はどのようなことに力を入れるべきだと思うか」という質問に対する回答(複数回答)の最上位は「医療・年金等の社会保障の整備」(64.6%)。以下、「高齢社会対策」(52.4%)、「景気対策」(50.6%)がベストスリー。

※資料:国民生活に関する世論調査(最終アクセス:2018/12/21)
https://survey.gov-online.go.jp/h30/h30-life/index.html

NHKやマスコミ各社の世論調査でも傾向は同じだ。「政治に望むものは何か」という世論調査で必ず上位に上がってくるのが「社会保障」と「景気対策」である。

「5年前より今のほうが悪いという人はよほど運がなかったか、経営能力に難があるか、何かですよ。ほとんどの(経済統計の)数字は上がってますから」という麻生太郎財務大臣の発言が物議を醸した。

確かに株価を見れば5年前より上がっているが、景気回復を実感している国民は少ない。だから、相変わらず政府に「景気対策」を望む声が高いのだ。(※1989年の株価指数と比較すると、日経225は約4割減に低迷しているのに対して、NYダウは約9倍、英国FTSE100は約3倍に増加)

国民の景気に対する感覚と、「(18年12月で)戦後最長の景気回復の予想」という主催者発表のズレはかなりシリアスな問題である。なぜこのようなズレが生じるのか。大きな理由の一つは給料の手取りが増えていないからだ。

この20年で欧米の給料は平均で2倍になっているのに、唯一、日本の給料だけはほぼフラットだ。G7の主要7か国で比較しても、日本だけが2000年の賃金水準を下回っている。

景気が回復しデフレを脱却すると日本国債暴落の引き金を引く危険

給料がまったく上がらないのだから、景気を実感できるわけがない。暴動が起きてもおかしくないくらいだが、日本人は騒がない。理由はデフレだ。モノが安くなっているから何とか生活できる。路頭に迷う人も少ない。

にもかかわらず、政府は「デフレ脱却」と言い続けている。デフレを直したら二つの爆発が起きる。一つは国民生活で、給料を上げない限り生活は苦しくなる。

もう一つは日銀が異次元の金融緩和で市場から買い入れてフォアグラ状態になっている日本国債である。日銀が物価上昇率2%の目標を達成した場合、当然、金利も上がる。そうなると利払いが利息を上回る「逆ザヤ」が生じて、日銀が腹一杯に溜め込んだ国債が一気に内部爆発を起こし、国債暴落のトリガーを引く。

景気が回復して金利が上がっても同じことが起きる。つまり、政府が掲げる景気回復やデフレ脱却を本当に達成した場合、そうしたことが起こりうる危険な状況に日本経済は置かれているのだ。

総裁選では経済政策も大きな争点になったが、日本経済が抱えている現状のリスクについては両者ともまったく触れていなかった。

給料が上がらない一方で、税金や年金の負担は年々重くなっている。このために国民のマインドは将来不安からシュリンクして「低欲望」になる。景気が低迷しているのに、10年前は約1400兆円だった日本人の個人金融資産は今や1800兆円を超えている。蓄えが増えているのは将来不安の何よりの証だ。

だから「医療・年金などの社会保障に力を入れてほしい」という政府への要望も強くなる。税金や年金の負担がますます重くなるという悪循環に陥いることになる。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。