大前研一メソッド 2018年12月28日

トヨタがソフトバンクとモビリティサービス分野で提携



大前研一(BBT大学大学院 学長 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

トヨタ自動車とソフトバンクがモビリティサービス分野での提携を発表しました。合弁会社「モネ・テクノロジーズ(MONET Technologies)」を設立して2018年度内に事業をスタートします。

出資比率はソフトバンクが50.25%、トヨタが49.75%。資本金20億円で将来的には100億円まで引き上げる予定です。しかし、「両社の提携はうまく機能しないのではないか」と大前研一学長は危惧します。うまく機能しない理由とは一体何なのでしょうか。

▼資料:ソフトバンクとトヨタ自動車、共同出資会社を設立(最終アクセス:2018/12/28)
https://global.toyota/jp/newsroom/corporate/24747176.html

「One of them」で縛りのない提携はうまく機能しにくい

客観的に見て今回のディールがうまくいく要素は少ないと思っている。最大の理由は、「縛り」がないということだ。この種の合弁事業を私はいくつも手がけてきた。同国の企業同士、国内外の企業同士、あるいは国と国のパターンもあったが、40年以上コンサルティングをやってきた経験から言えば、「縛り」がない合弁事業はうまくいかない。

トヨタとソフトバンクの提携で言えば、モビリティサービスやMobility as a Service(略称:MaaS=移動のサービス化)に関係する事業やプロジェクトをトヨタが始めるにしても、ソフトバンクが発案するにしても、すべて合弁に持ち込んで、「モネ・テクノロジーズ」が主導するという合意、すなわち「縛り」がなければ提携関係はうまく機能しないだろう。

ソフトバンクの投資先がトヨタと組むとは限らない

しかし、私が聞いている限りで今回の提携にそうした縛りはない。それもある意味当然で、トヨタにしてもソフトバンクにしても、すでに複数の企業と組んでモビリティサービスやMaaS関連の事業を進めている。今になってそれらを「モネ・テクノロジーズ」で一括管理するということになれば、それまで付き合っていた企業から文句が出る。下手すれば一斉に訴訟に走りかねない。実際には今回の提携に対してどこも反応していない。ということはやはり縛りや制約はないのだろう。

MaaSの領域ではソフトバンクのほうが先行していて、ファンド経由の投資を含めて打ち手が多い。ただしソフトバンクは投資先のマジョリティを持っていない。保有する株式は最大20~30%程度で、拒否権を持つような大株主にはなっていないのだ(下手に株式の支配を強めると他の投資家から敬遠されるため)。

したがって、投資先がたとえば「米国ではテスラと組みたい」とか「欧州ではVWと一緒にやりたい」と言ったときに、ソフトバンクは「NO、トヨタと組め!」とは言えない。

また、これはもっと根本的なことだが、ソフトバンクが出資している配車サービスの会社のデータをモネ・テクノロジーズに許可なしに持ち込むことはできない。トヨタは「せっかく提携したのだから、口利きぐらいしてくれるだろう」と思っているかもしれないが、孫会長はそんなお人好しではない。ソフトバンクの投資リターンが最適化される相手と組むことを投資先の企業に求めるはずで、その相手は必ずしもトヨタでなくても構わないのだ。

「Shared」の今後の主役はライドシェアや配車アプリではない?

豊田社長は「数ある工業製品の中で“愛”がつくのは車だけ」と熱く語る。

対する孫会長は「車はコモディティ」と言って憚らない。モビリティに対するトップの価値観が180度異なるディールがどこまでうまくいくか、見通すのは難しい。両社ともこの提携に失敗できる体力があるのは確かだが。

自動車業界に押し寄せている大変革の波は、「CASE」と呼ばれる。

「Connected(つながる)」
「Autonomous(自動運転)」
「Shared(共有)」
「Electric(電動)」

これら4つの英語の頭文字を取ったキーワードで、この4つの領域が今後の変革の主戦場になってくる。

たとえば「Connected」について言えば、トヨタはネットに常時接続してIoTで制御するコネクテッドカーをすでに発売している。ソフトバンクは実はホンダと組んで5G(第5世代移動通信システム)を利用したコネクテッドカー技術の共同研究をしていて、トヨタの合弁とどう折り合いを付けるのか気になる。

またソフトバンクは16年に英国の半導体設計大手のARM社を約3兆円で買収している。コネクテッド化や自動運転、電動化の技術に必要な車載用の半導体を、ARMを通じて支配しようというのが孫会長の狙いだろう。ということはトヨタに限らず、すべての勝ち組の車会社、システム会社にこれを売り込む、ということだ。

CASEのいずれの領域でもトヨタとソフトバンクは研究開発や投資を進めているが、モビリティサービスとのつながりが大きいのは「Shared」である。トヨタもUberやDidi、Grabといったライドシェアのプレーヤーと提携して協業関係を強めている。しかし、自動車業界に大きな影響を与える「Shared」の今後の主役はライドシェアや配車アプリではないと私は見ている。

乗り捨て自転車の感覚でベンツやBMWを借りる時代が既に始まっている

ドイツに「CAR2GO」という乗り捨て型のカーシェアを展開している会社がある。ダイムラーとBMWが共同出資している会社だが、このサービスがUberに匹敵する勢いで利用者を増やしている。

私はカナダのバンクーバーで初めて経験した。空港に迎えにきた高級車がCAR2GOの車だったのだ。運転手に話を聞いたら、バンクーバーにはCAR2GOの車が約3000台ばらまかれていて、それが全部ベンツとBMW。「Sクラス」の高級車から「スマート」のようなコンパクトカーまで、現地では用途に合わせて、それこそ乗り捨て自転車の感覚で利用されているという。

「この2、3年、市内に住む人で新車を買ったという話は聞きませんね」と語るその運転手も私を空港まで送ったら乗り捨てて、安い車に乗り換えて家に帰るそうだ。

トヨタにとってはUberのようなライドシェアよりも、CAR2GOのようなサービスのほうがはるかに怖い。

トヨタ以下、日本の自動車メーカーは、「ミドルクラスが『所有』するにはリーズナブルな車づくり」を得意としてきた。しかし、好きな車をTPOに応じてアプリで選んで「利用」する時代には、中途半端な日本車は選ばれにくい。

どうせなら“晴れ舞台”ではBMWのようなラグジュアリーカーに乗ろうということになる。あるいは近場で用を足す場合には軽に近い低価格車が選ばれやすい。ましてや、自動運転の時代になったときに、自宅に日本車で迎えにきてもらいたい人がどれだけいるだろうか。

両社の経営トップが興奮気味の提携の発表を見ていて、そのような世界の厳しい現実が見えているとは思えなかった。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。