大前研一メソッド 2019年11月11日

「東京五輪マラソン」の開催地まで移転させる、カジノ利権の闇



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学名誉教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

2020年東京五輪のマラソン・競歩を札幌で開催する代わりに、鈴木直道・北海道知事にカジノ誘致を了承させる――。「札幌開催」の背景にはそのような「暗闘」が繰り広げられているのだと『週刊新潮』2019年11月14日号が「北海道カジノ利権」の詳細を報じています。道民の反対世論が強く、鈴木知事は誘致に二の足を踏んでいましたが、誘致に踏み切るというのが『週刊新潮』の見方です。IR整備推進法案が国会で成立したときから、外交・政治の闇に覆われているとBBT大学院・大前研一学長は言います。

IRの区域認定地域は全国で最大3カ所

トランプ氏が大統領選に勝利した2016年11月にニューヨークを訪問した安倍晋三首相が帰国するなり急遽成立させたのがIR整備推進法案、通称「カジノ法案」だ。その背景にはトランプの最大支援者の1人と言われるラスベガス・サンズなどを経営するシェルドン・アデルソンの影響があると言われてきた。つまり国内のパチンコ利権と対立する海外のカジノ利権を前提とした外交・政治の闇の中で日本の地方自治体が踊っている構図が透けて見える。

すでに誘致を表明、あるいは検討しているのは北海道(苫小牧)、千葉(幕張)、東京(台場)、神奈川(横浜)、愛知(名古屋、常滑)、大阪(夢洲)、和歌山(マリーナシティ)、長崎(ハウステンボス)など。沖縄も有力な候補地だったが、翁長雄志前知事に続き、現職の玉城デニー知事もIR誘致には否定的だ。

IR整備法によれば、IRの区域認定地域は全国で最大3カ所。関西圏では大阪と和歌山が名乗りを上げているが、同じ圏内から2カ所が選定されるとは考えにくい。バランス的には首都圏1、関西圏1、その他1という「割り当て」が予想される。

大阪府・市は大阪湾の人工島・夢洲に万博とカジノをセットで持ってこようと精力的に誘致活動を展開、まずは2025年の万博誘致に成功した。IR誘致でも有力視されてきたが、ここにきて雲行きが怪しくなった。大阪のIR誘致に伴って大阪への事業進出に意欲を見せていたのは件のラスベガス・サンズだ。

ところが横浜市がIR誘致を表明した途端にサンズは掌を返して、「大阪の事業者募集の入札には参加せずに、横浜市や東京都の開発に注力する」と方針転換した。マカオのカジノ王スタンレー・ホーの息子であるローレンス・ホー(メルコリゾーツ&エンターテインメント)も「東京または横浜」と明言している。大阪府・市は「負の遺産」になっている埋め立て地の再利用などというケチなコンセプトにこだわっている。むしろ、和歌山も巻き込んで、関空を基点とした新たな構想でIR誘致を推し進めたほうがいい。

二者択一のライバル関係は東京都と横浜市にも当てはまる。ともに羽田空港という国際空港に近く、大型船が入れる港湾を備えていて、誘致条件的には申し分ない。小池百合子都知事は「プラス面もデメリットもある。要検討」と態度を明確にはしていないが、誘致に前向きな言動もちらつく。小池都知事は和歌山のIR誘致の後ろ盾と言われる二階俊博自民党幹事長とは仲良しだが、横浜市が地元の菅義偉官房長官との関係はよろしくない。横浜市の突然のIR誘致表明は、菅氏が小池都知事の初動を封じるために仕掛けた、との観測もある。菅氏と鈴木北海道知事、橋本五輪相の結びつきも強い。菅氏が“カジノ利権の中心”として主導的な地位を保ち、それを誇示している。

カジノを含むIRは巨大な利権の巣窟である。『週刊新潮』によると、2019年9月の内閣改造で5輪担当相に就任した北海道出身の橋本聖子氏が大臣の椅子に座っているタイミングで「札幌開催」が決まったことは筋書通りである。2020年度内にも最多で3か所のカジノ開設地を決める予定となっている。北海道での駆け引きのように、表の誘致合戦と裏の利権を巡る「暗闘」は今後さらに激しくなるだろう。

世界的にはカジノビジネスは退潮傾向

断っておくが、私はカジノ不要論者である。訪日外国人客数が1000万人に満たなかった2012年までなら、訪日客を呼び込む観光素材としてカジノ誘致にもそれなりの意義があっただろう。しかし今や訪日外国人客数は年間3000万人を突破し、20年には4000万人、30年には6000万人という目標を政府は掲げている。

カジノ・リゾートとして知られる米ニュージャージー州のアトランティックシティでは2014年以降、トランプ大統領が経営していた「トランプ・プラザ・ホテル・アンド・カジノ」をはじめ、カジノがドミノ倒しのように倒産した。

対照的に堅調なのがラスベガスで、こちらはもはや「売春とギャンブルの街」ではない。90年代にテーマパーク型のホテルとコンベンション施設を整備、各種スポーツイベントやシルク・ドゥ・ソレイユ、人気歌手のショーを誘致するなどして、展示会や見本市、国際会議、そしてファミリーデスティネーション(家族旅行の目的地)、リタイアメントタウンに完全に路線変更した。街全体がテーマパークのような「非日常」を提供しつつ、エンターテインメントやショッピングが楽しめる健全な街に生まれ変わって、国内はもとより世界中から観光客を呼び込んでいる。

そのラスベガスからカジノ売り上げ世界一の座を奪ったのがマカオだが、マカオでも2014年以降、カジノ収益が大幅に落ち込んでいる。原因は中国のバブル崩壊と政府の反腐敗キャンペーン。マカオのカジノは不正なマネーロンダリングの温床になっていたが、取り締まりが強化されたために高級官僚や企業幹部など富裕層の客足が遠のいたのだ。マカオのカジノ依存経済も転換点を迎えて、ラスベガスのようなIR化が進んでいる。

このように世界的にはカジノビジネスは退潮傾向にあって、カジノを売り物にした日本のIRは時代遅れ、周回遅れの産物になる可能性が相当に高いと私は見ている。

※この記事は、『プレジデント』誌2019年11月15日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。