大前研一メソッド 2019年12月9日

日本経済が、中国にますます後れをとる理由



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学名誉教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

15歳の学力を測る経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA)の結果が2019年12月に公表されました。それによると、中国が読解力と数学的応用力、科学的応用力の3分野でいずれもトップとなりました。グリアOECD事務総長は「今日の学校の質が明日の経済の力を生む」と指摘します。日本は読解力が15位、数学的応用力が6位、科学的応用力は5位でした。

【資料】中国が読解力・数学・科学の3分野でトップ-OECDの15歳学力調査(最終アクセス:2019年12月9日)
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2019-12-04/Q1YZP2DWX2PS01

OECDの調査からも中国が大国化したのは既定路線で、これからもますます大国化することが予測できます。中国人はもともと素養や能力があります。中国人は総じて教育熱心ですし、頭も良いわけです。

それにしても、78年当時、中国の国民1人当たりの国民総所得(GNI)は200ドル程度だったのが、2018年には9470ドルに拡大し一躍大国にのし上がれたのはなぜなのでしょうか。30年以上にわたって経済停滞している日本とは以下のような違いがあるのだとBBT大学院・大前研一学長は指摘します。

(1)約14億人の人口

約14億人の競争原理

中国が大国化した重要なファクターの1つはやはり巨大な人口だ。改革開放政策によって自由主義や市場経済のノウハウが導入され、一部の人間が先に豊かになることが奨励された。当然、社会主義の計画経済下ではなかったような競争原理が働くようになる。人口が巨大なだけに、一度火がついた競争のダイナミズムは社会を押し上げるパワーがある。競争こそが成長、進歩の源泉であり、豊かになるための仕掛けなのだ――というと何となく資本主義のようだが、実はそこが非常に重要だ。

ある意味で、今の中国は米国よりもはるかに資本主義が徹底している。eコマースから流通、金融まで中国社会を広く支配しているアリババのような企業は、米国だったら独占禁止法でかなりの制約を受けているはずだ。中国には今のところ、そうした規制がなく、むしろ2つあった鉄道会社(中国南車と中国北車)が合併して世界最大の鉄道会社(中国中車)が誕生しているし、独占的だった国営企業のチャイナモバイル(中国移動通信)がスマホ全盛の時代になって民間の新興企業に押されて劣勢に立たされている。

優勝劣敗という意味では中国の資本主義は行き着くところまで行っている。「共産党万歳」とさえ言っていれば、政府は経営に干渉してこないから、資本主義の権化のような手法、つまり「金を持っているヤツが強い」という論理がまかり通る。それがこの15年ぐらいで中国企業が世界的に強くなった最大の理由だ。

安価な労働力

もう1つ、巨大人口のメリットについて言えば、安価な労働力がある。たとえば産業革命期のイギリスでは資本家と労働者が分かれて、労働者が酷使された。米国ではアフリカなどから連れてこられた黒人が奴隷として労働力を提供した。そのような二重構造が中国社会にもあって、中国の場合は農村戸籍(農業戸籍)と都市戸籍(非農業戸籍)という2つの戸籍が存在したことが廉価な労働者の確保につながった。

都市戸籍はもともと都市部の国営企業の従業員など一部エリートのための戸籍で、教育や就職の自由などが認められているし、さまざまな社会保障が受けられる。しかし農村戸籍者にはそれらがなく、都市部では下級労働者として差別、区別されてきた。

貧しい農村から仕事を求めて都市にやってきた農村戸籍者は「農民工」と呼ばれ、その数は3億人とも言われる。彼らのような低賃金の労働力が製造業の繁栄をもたらし、都市の発展に寄与し、中国の経済成長を支えてきたのだ。

(2)共産党一党独裁の政治体制

同じ人口大国のインドに比べて中国の経済大国化が長足で進んだ大きな理由の1つは共産党一党独裁の政治体制にある。民主主義のインドでは改革しようにも、ついてこられない人々が5年に1度選挙で反対票を投じるからなかなか前に進まない。その点、中国は全体主義だから、北京政府の号令一下で前進できる。

一党独裁でありながら、進んだ地方自治

さらに大国化を促した重要なポイントを挙げれば、一党独裁の政治体制でありながら、地方自治が日本よりはるかに進んでいるということだ。

地方自治と言っても、選挙で首長が選ばれるわけではない。地方政府のトップの人事権は北京の中央政府が握っている。中国の地方都市には行政トップの市長と、お目付役兼裏方役の党書記がいて、いずれも細かな人材データを持っている北京が任命する。

当然クビを切るのも北京で、中国では以下の3つの条件のどれかに当てはまれば市長はクビになる。
(A)1つ目は経済成長7%以下を3年続けること。
(B)2つ目は自分のテリトリーで起きたストライキや暴動を放置すること。これは一発でアウト。中国では国防予算より、公安予算のほうが大きいのだ。
(C)3つ目は汚職・腐敗。本人が汚職をしても、部下がやってもどちらもダメ。一昔前まではそれも建前で汚職が横行していた。贈収賄の抜け道として編み出されたマカオのカジノを利用したマネーロンダリングだ。しかし、習近平+王岐山の指導部が反腐敗キャンペーンに乗り出してからそれも使えなくなった。

以上、市長がクビになる3つの条件だが、逆に言えば3つの条件に抵触さえしなければ、ほかは自由に何をやってもいいというのが中国の地方自治の素晴らしさだ。日本の霞が関のような中央集権的な規制がないのだ。土地をどう使うか、建物をどれくらいの高さにするか、街をどうやって発展させるか、財源をどうするか、自分で自由に決めることができる。「おまえに権限を与えたのだから自由にやれ。その代わり7%成長できなかったらクビだぞ」というわけだ。

私はいくつかの都市の経済顧問を拝命して実際に仕事をしてきたが、「アドバイスすると数年後に実現する」という信じられない経験を何度かしてきている。また、その経験を中国国営放送のCCTVが番組で紹介すると、その都度数十を超える自治体から「経済顧問になってくれ」、という要請が舞い込む。「我も我も」という自治体間の競争の激しさは半端ではない。

世界から自由にヒト、モノ、カネを呼び込んで地方政府は発展を競い合う

日本で地方の競争と言えば、霞が関での予算の分捕り合戦を意味する。限られたパイの奪い合いだ。しかし中国の地方都市に「パイを奪い合う」という発想はない。そもそも北京政府はパイを用意してくれない。中国の市長が目を向けているのは世界。世界から自由にヒト、モノ、カネを呼び込んで発展を競い合う。

成長と発展の原資は土地。中国では土地はすべて共産党政府の持ち物だから、農民から取り上げるのはわけない。それを開発して商業地として世界中に売る。正確に言えばリースするのだが、それで土地の値段は50倍にも、100倍にも膨れ上がる。これが中国共産党の土地マジックだ。

そうやって数百の都市が発展を競い合うことで、中国は加速度的に大発展を遂げたのだ。

※この記事は、『プレジデント』誌2019年12月13日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。