大前研一メソッド 2019年9月30日

小泉環境省は不勉強!? 汚染処理水のタンク貯蔵は世界の原発からみると常識を欠く



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学名誉教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

原田義昭前環境相は退任直前に「東京電力福島第一原発の汚染水浄化後の処理水は、海洋放出するしかない」と発言しました。この発言が批判を浴びたことについて、フェイスブックで「誰かが言わなければならない。自分はその捨て石になってもいい」と釈明し、改めて海洋放出が必要との考えを原田氏は示しました。

この発言は貯蔵タンクに余裕がない現状を受けたものです。福島第一原発構内に立ち並ぶ約1000基の巨大タンクに100万トン以上も汚染処理水が保管されています。今後も年間5万~10万トンが新たに出る見込みです。東電は2020年末までに137万トン分のタンクを確保する計画ですが、これも2022年夏ごろには容量が限界に達します。

汚染処理水の海洋放出については、原子力規制委員会の更田豊志委員長が「制限値以下に希釈して海洋放出すべきだ」と繰り返し発言しており、原田氏も更田氏の発言を引用しています。

これに対し、全国漁業協同組合連合会は「風評被害が広がる」として、原田氏の海洋放出発言の撤回を求めています。「全漁連が反対するのはもっともだ」としながらも、「この問題に関しては、海洋放出しか方法はない」とBBT大学院・大前研一学長は言います。

世界のほかの原発では汚染処理水を排出するのが常識

福島第一原発のようにトリチウムを含んだ処理水をタンク貯蔵しているのは、世界的に見ても珍しい例である。世界のほかの原発では、海洋に対する液体放出と大気に対する気体放出を行っており、問題になったことはない。


【資料】世界の原発等からのトリチウム年間排出量(『トリチウムの性質等について(案)(参考資料)』経済産業省(多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会(第8回)

考えなければいけないのは、どのような形で海洋放出するかということだ。風評被害を少しでもなくすためには、ものすごく長いパイプを作って、遠くの海まで運んで深い海溝に沈めるしかない。使われなくなった50万トンクラスのタンカーを数台用意し、それを使って大洋の真ん中に持って行って沈める、という方法を私は提案したこともある。

福島第一原発でメルトダウンした核燃料を冷やすために注いだ水が建屋などの地下にたまり、そこに地下水なども流れ込んで汚染水が生まれている。これに対し、多核種除去設備(ALPS)を使ってセシウム、ストロンチウムなどの放射性物質をおおむね取り除いているが、トリチウムは除去することができない。

トリチウムは水素の仲間(同位体)の放射性物質。放射能が半分になる半減期は12.3年。エネルギーは非常に弱く、人体や海産物に蓄積されることはないとされる。この処理水を遠く太平洋の中で薄めて、生態系に影響をなくなるようにする。それしか方法がないと思う。

タンク貯蔵は、冷静に考えれば常識を欠く

原田氏の「海洋放出しかない」という発言は、政府の見解ではなく、原田氏の個人的な見解にすぎない。ただ、いずれ政府もそうした対応をとらざるを得なくなるだろう。

この発言について、後任の小泉進次郎環境相が、「福島の皆さんの気持ちを、これ以上傷つけないような議論の進め方をしないといけない」と言い、就任後初めて訪問した福島県いわき市で漁業関係者に陳謝し、この発言を撤回している。これはよくない。

本来なら、小泉氏は「重要な問題なので、研究に取り組んでこれから勉強します」と言わなければならなかった。また漁業関係者の理解を得るために十分な時間をかけて説明する、という作業も不可欠である。それなのに、前任者の意見をあっさり撤回した。これは、無責任だと言わざるを得ない。これにより、海洋放出の議論も遅れることになった。こういう人気取りしか考えない人間が「次の総理候補」の1位にランクされるというのは、恐ろしい話だ。

福島第一原発の敷地内にタンクをどんどん作ってためていくという方法は、冷静に考えれば、常識を欠くものだ。原賠機構を通じた税金でタンクを作っていることも忘れてはいけない。

※この記事は、『夕刊フジ 大前研一のニュース時評 2019年9月21日』を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。