大前研一メソッド 2020年4月20日

コロナ危機でグローバル化の時代は転換期を迎えたのか?



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

BBT大学院・大前研一学長は1990年に『ボーダレス・ワールド』を著しグローバル時代を論じました。グローバル企業は在庫を抑えて生産効率を高める「ジャストインタイム」方式のサプライチェーン(製品の原材料調達から製造、在庫管理、物流、販売までの流れのこと=供給連鎖)を世界中に構築してきました。ところが、新型コロナの感染拡大の影響で自社の収益よりも国益を考慮して生産拠点を国内に戻すなどサプライチェーンの再構築を迫られていると米ユーラシア・グループ社長のイアン・ブレマー氏は指摘します。従来は各国がグローバル化に対する信念を共有し、それが国際協調の原動力となっていたわけですが、今回のコロナ危機に対しては、各国が国際協調することなくバラバラに対応しているように見えます。グローバル化の時代は転換点を迎えているのでしょうか。BBT大学院・大前研一学長に聞きました。

【資料】
ボーダレス・ワールド(最終アクセス:2020年4月20日)
https://www.amazon.co.jp/dp/4833413957

世界新秩序への3つの潮流 イアン・ブレマー(最終アクセス:2020年4月20日)
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO58093650V10C20A4TCT000/

「コロナ禍の危ない副作用」が世界の秩序を壊す

英国の経済紙「フィナンシャル・タイムズ」(FT)は3月30日、「コロナ禍の危ない副作用」と題する記事を掲載した。

【資料】コロナ禍の危ない副作用(最終アクセス:2020年4月20日)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO57315330X20C20A3TCR000/

これは、グローバル時代を論じた大前研一著『ボーダレス・ワールド』から30年が経過した現在、新型コロナウイルスを引き金にボーダー(国境)がすさまじい勢いで復活しつつあると紹介したものである。

国際的なサプライチェーンが脆弱だったと判明したことで、保護主義や生産の自国回帰への動きが加速するとみられ、ウイルスが終息した後もグローバルな世界に戻る可能性は低いとしている。

このコラムを書いたギデオン・ラックマン氏は、英国BBCやエコノミスト誌を経て、現在はFTの外交関係の論評責任者になっている。

ベルリンの壁崩壊直後に出版した『ボーダレス・ワールド』で、私はヒト、モノ、カネが楽々と国境を飛び越える経済のグローバル化、世界の均質化という大きな変化を示し、多国籍企業のトップに大きな影響を与えた。以後、世界はグローバル企業、グローバル経営に向かった。

この本は、フィナンシャル・タイムズの「『孫子の兵法』以来の50の重要な経営書」という中に「企業参謀」とともに入っている。ラックマン氏は、そんな私も忘れていた書籍を振りにして、現在は世界が細分化され、完全に国民国家(共通の社会生活を営み、共通の言語、文化を持つ共同体を基礎に成立した国家)に戻っていると指摘している。

確かに、新型コロナウイルスの影響で世界の秩序は崩れつつある。オルバン・ヴィクトルという極端な考えの首相によって極右国家になったハンガリーは、この非常事態に政府の権限拡大を無期限に引き延ばす法案を可決させ、強権統治を拡大している。

フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領も、新型コロナ対策の厳しい移動制限に関連し、「違反者がトラブルを起こすようなら、射殺するよう警察と軍に命じた」と強硬な取り締まりも辞さない考えを示している。

ハンガリーに続く極右国家の台頭やタリバン(パキスタンとアフガニスタンで活動するイスラム過激組織)やIS(イラクとシリアで活動するイスラム過激派組織)などの反米勢力の盛り返しも懸念される。

しかし、今後、新型コロナの問題が収まったとき、世界が昔のように国民国家の集合体に戻るかというと、ラックマン氏と意見は一致しない。企業は世界をベースに生産地と販売地などをすべて決めている。そんな簡単なものではない。

民主主義発祥の古代ギリシャの行きつく末は、衆愚政治(多数の愚民による政治)だった。ある意味、現在は衆愚政治に向かいつつあるが、国は混乱するだけで衆愚政治に陥ることはないだろうし、国民国家に回帰することもないだろう。私はグローバリゼーションに戻ってくると思っている。

※この記事は、『大前研一のニュースの時評』 2020年4月12日 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。