大前研一メソッド 2019年9月9日

韓国の「ホワイト国」除外はそこまでエキサイトする問題だったのか



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学名誉教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

2019年7月1日、経済産業省は「韓国への半導体材料3品目の輸出に関して、19年7月4日から契約ごとに審査・許可する方式に切り替える」と発表しました。

日本政府は、半導体材料3品目の輸出規制強化について「経済に実質的な影響は出ない」と踏んで発動したのですが、影響は日本旅行のキャンセルや日本製品の不買運動に拡散。ついには日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を韓国が破棄するまでに飛び火しました。そんなにエキサイトする問題だったのでしょうか。BBT大学院・大前研一学長に聞きました。

日本からの輸出品が、韓国経由で北朝鮮やイラン、シリアに流れた?

対象となる半導体材料は(1)フッ化ポリイミド(2)レジスト(3)フッ化水素の3品目である。

(1)フッ化ポリイミドはスマートフォンの液晶などの基板材料から宇宙航空関連の部材まで幅広く利用されている化学製品で、世界の全生産量の約9割を日本が占めている。

(2)レジスト(感光材)は半導体などを物理的、化学的に処理する際の保護膜。

(3)高純度フッ化水素は「エッチングガス」とも呼ばれ、半導体や太陽電池などのシリコン基板の洗浄に使われる。高純度フッ化水素の製造技術は日本のメーカーが圧倒的で、市場シェアをほぼ独占している。

これらの半導体材料の韓国への輸出は、これまで1度許可申請をすれば3年間は申請なしで輸出することができた。この包括輸出許可制度の対象から韓国を外したため、2019年7月4日以降は契約ごとに個別の輸出許可申請が必要になった。

また経済産業省は輸出管理上の国別カテゴリーを見直して、輸出手続き簡素化の対象となる「ホワイト国(グループA)」から韓国を除外する方針を明らかにした。ホワイト国とは、簡単に言えば、輸出管理を徹底して軍事転用の恐れのある危険な物資を無闇に世界に流さないように努力している、と日本政府が認めた国のことだ。ホワイト国に対しては規制を最低限にとどめて、効率よく輸出できるように取り計らわれる。

日本がホワイト国に指定しているのは、欧米の先進国を中心に世界27カ国。アジア圏では唯一韓国だけが該当国だった。非ホワイト国への輸出は契約ごとに個別許可が必要で、許可を得るまでに最大90日かかる。審査が長引けばもっと日数がかかるし、場合によっては輸出許可が下りないこともありうるわけだ。

韓国に対する輸出管理を厳格化する理由について、経済産業省は「韓国との信頼関係の下に輸出管理に取り組むことが困難になっている」、さらには「韓国に関連する輸出管理をめぐり不適切な事案が発生した」と説明している。

「不適切な事案」とは何か。日本からの輸出品が韓国経由で北朝鮮やイラン、シリアに流れたケースなど推測できることはいくつかあるが、経済産業省は「守秘義務」を理由に具体的な内容を明らかにしていない。韓国がWTO(世界貿易機関)に提訴するなど、今後の展開次第では「不適切な事案」の内容が明らかになってくるかもしれない。

自由貿易論者の私からすれば、日本のやり方は正しいとは思えない。しかし、まるで尻尾を踏みつけられたような文在寅大統領の反応を見るにつけ、断固たる姿勢を示すことも時に必要と思えてくる。

「非ホワイト国」で韓国への輸出手続きがほかのアジアの「普通の国」と同レベルに戻るだけ

なぜ大統領が「国家の非常事態」とギャンギャン騒ぎ立てるのかは、ほとんど理解不能である。半導体材料の輸出規制については、韓国の半導体産業の主力であるメモリー関連の材料は規制対象になっていない。それに日本のメーカーの海外拠点からの輸出も規制の対象外だ。だから影響を受ける韓国企業のほうは、それほど騒ぎ立てていない。韓国企業は影響が少なくなるように複雑な手当てを粛々と進めて、努めて冷静に対処している。

ホワイト国からの除外にしても、同じアジアのASEAN諸国などは非ホワイト国でも日本と良好な交易関係を維持しているわけで、韓国も同じ立場の「普通の国」に戻ってもらうというだけのことだ。

ところが2019年8月2日に日本政府がホワイト国から韓国を除外する政令改正(7日の政令公布を経て28日施行)を閣議決定すると、文大統領はさらにヒートアップして日本政府を激しく非難した。

「問題を解決するための外交的努力を拒否し、事態を一層悪化させるきわめて無謀な決定であり、深い遺憾の意を表する」「これから起きる事態の責任が全面的に日本政府にあるという点をはっきりと警告する」「厳しい状況にある我々の経済に困難が加わった。だが我々は二度と日本に負けない」「加害者である日本が盗っ人猛々しく騒ぐ状況を決して座視しない」

文言の端々から文大統領の本性が滲んでくる。

それまでは日韓が事務レベルで意見交換をしながら貿易上の問題点を共有し、輸出管理体制の運用改善につなげてきた。しかし文政権になってからはそうした協議がまったく行われなくなったという。日本側の呼びかけを韓国側が無視してきたのだ。

文大統領の韓国が北朝鮮に異常接近する状況下で、韓国の輸出管理体制に信頼が置けなくなれば、日本としては安全保障上の観点から韓国に対する輸出管理を見直して厳重にするのは当然のことだろう。それをやらずに軍事転用可能な日本の輸出品が韓国経由で第三国に流出すれば、今度は国際社会から日本の輸出管理体制の甘さが問われることになる。

つまり、今回の日本の措置は日本の呼びかけに応えてこなかった文大統領の対日外交姿勢がもたらしたと言っていい。

韓国は日本への対抗措置として、輸出手続き上の優遇国からの日本の除外、WTOへの提訴準備の加速、観光・食品・廃棄物などの分野での安全対策強化を挙げている。さらには東京オリンピックのボイコットまで検討しているという。それこそ筋違いの報復措置である。

韓国がホワイト国への再指定を望むなら、自国の輸入管理体制の適正化が先決だが、そんな殊勝な姿勢は見えない。文大統領は来春の総選挙に向けて対日強硬論で支持率を上げるほうに意識が向いているようで、日韓の対立激化は当面、収まりそうにない。文大統領のうちは日韓関係を改善するのが難しい。放っておくしかない。

※この記事は、『プレジデント』誌2019年9月30日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。