大前研一メソッド 2020年1月27日

サラリーマンの脱スーツで、紳士服専門店は消滅する運命か?



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

紳士服大手4社(青山商事、コナカ、はるやまホールディングス、AOKIホールディングス。以下「ホールディングス」は「HD」)の業績が軒並み悪化しています。最大手の青山商事は2020年3月期の最終損益が創業(1964年)以来、初めて赤字に転落する見通しです。すでにコナカは2019年9月期の最終損益が53億円の赤字、はるやまHDは2019年3月期に最終損益が2億円の赤字、AOKIホールディングスも2020年3月期第2四半期の最終損益が約10億円の赤字に陥っています。紳士服大手4社の業績がそろって悪化している理由についてBBT大学院・大前研一学長に聞きます。

サラリーマンのスーツ支出額はここ20年で半減

労働人口の減少や仕事着のカジュアル化によって、サラリーマンのスーツへの支出額はここ20年で半減している。総務省の家計調査によると、2人以上世帯のスーツへの年間支出額は2000年に約1万円だった。2018年には約5000円に半減した。

さらに、以前は紳士服専門店が担っていた低価帯スーツの市場にユニクロやイオンやイトーヨーカドーがセミ・オーダー・スーツなどで本格参戦して、シェアの奪い合いも激化している。

こんな状況の中、紳士服専門業界は各社とも既製服を大量生産する従来のビジネスモデルからの転換を迫られ、紳士服以外のいろいろな事業を手がけている。青山商事は会員制フィットネスクラブ「エニタイムフィットネス」を併設した複合店を開いたり、靴修理、鍵複製などの総合リペアサービス事業などを展開している。AOKIはマンガやネットの複合カフェ「快活クラブ」や結婚式場を運営している。はるやま商事は理容店やカフェを備えた新業態を出店している。

これらの事業について、私は以前から「迷走している」と指摘している。このような非スーツ事業を手がけて、将来につながるのか。

「堅い」といわれる大手の銀行まで脱スーツに踏み切っている。三井住友銀行は2019年9月、東京と大阪の本店でスーツ着用を見直し、通年でカジュアルな服装を認めた。もはや「サラリーマンといえばスーツにネクタイ」という時代ではなくなった。これは明治維新でひげやはかまなどの姿が消えたのと同じぐらいの大きな変化だと思う。

スーツ離れの原因が仕事着のカジュアル化によるものだというのなら、タウンウエアも含め、その仕事着をもっと深く追いかけていけばいいのではないか。

女性ファッションは、15年も前にデートも仕事も同じ服に

「会社に着ていけるファッション」については、女性のほうがすでに15年も前から変革している。私は東京都江東区青海のパレットタウン内の「女性のためのテーマパーク」と銘打ったショッピングモール「ヴィーナスフォート」(1999年開業)の構想、設計をしたことがある。

当時、調査したところによると、デートの際、女性は通勤着を駅のコインロッカーに預け、トイレでデート着に着替えるのが一般的だった。そこで、ヴィーナスフォートの女性用化粧室には95基の巨大な姿鏡まで設置した。

しかし、ヴィーナスフォートの立ち上げに関わった前後10年間で、若い女性のライフスタイルは大きく変化した。デートするときと、会社にいるときの服は同じものになってしまった。通勤着からデート着に着替えるという習慣もなくなった。

ジーンズで出勤し、そのまま会社でヒールを履いて仕事をしている。ジーンズ姿で仕事するのは、マナー違反ではないかと思ったら、「私の履いているジーンズは、イタリアのブランドのディーゼルよ」と言う。そんなこと、男に分かるわけがない。仕事が終わると“デート着”に着替えることなく、そのままのジーンズ姿でデートに行くわけである。

私たちが“デート着”と想定したブランドは売れなくなり、通勤着にも使えるカジュアルなブランドに入れ替えた。“デート着”という、女性用アパレルのカテゴリーが1つ消えてしまったわけだ。

このように、女性ファッションはすでに大きな変革が15年も前に起きている。次はいよいよ男性ファッションが大きく変革する番だ。サラリーマンの“制服”が変わってきたのなら、それにくっついていけばいいわけだ。「人間についていく」というのは、経営の原則である。紳士服業界の人たちは、女性ファッションの研究から始めないといけないのかもしれない。

【資料】日本経済新聞2020年1月7日スーツ冬の時代 AOKIなど、事業モデル「衣替え」(最終アクセス2020年1月27日)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO54072330W0A100C2TJ3000/

※この記事は、『夕刊フジ 大前研一のニュース時評』2020年1月19日を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学名誉教授。