大前研一メソッド 2020年7月20日

トランプ米大統領の再選は絶望的か



大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

2020年11月3日の米大統領選が迫っています。米国ではこのところ、トランプ離れ、反トランプの流れが加速しています。最大の理由は、2020年5月25日、米中西部のミネソタ州ミネアポリスで、アフリカ系黒人男性ジョージ・フロイド氏(46歳)が白人警官の暴力によって死亡した事件です。暴行死事件や抗議デモに対するトランプ大統領自身の常軌を逸した言動が、「再選を絶望的にした」とBBT大学院・大前研一学長は指摘します。

「大統領再選」という自らの野望のために米軍さえも政治利用しようとした

私は2016年の大統領選挙以来、時々刻々、リーダーとしての資質に疑問を呈してきた。今回の暴行死事件の抗議活動に対するトランプ大統領の言動は「異様」を通り越して「異常」としか思えない。統治者としてあり得ない判断ミスを犯したと思う。

トランプ大統領は暴徒化した一部のデモ参加者を「国内テロ」と非難し、「無政府主義者がデモを過激化させている」と主張した。各州の知事に対して十分な州兵を投入して「抗議デモを制圧せよ」と呼びかけ、応じない場合には、「全土に連邦軍の派遣も辞さない」と警告、実際に首都ワシントン近郊に陸軍の憲兵部隊を待機させたのだ。

連邦軍の投入には野党民主党ばかりか、与党共和党や国防省内からも反対の声が上がった。ホワイトハウスでも、マーク・エスパー国防長官と米軍制服組トップのミリー統合参謀本部議長が米軍の動員に異を唱えて窃盗にあたった結果、、大統領は何とか思いとどまったという。

トランプ大統領は「法と秩序」と言うフレーズを好んで使うが、デモ鎮圧に強硬姿勢を示す最大無二の理由は、2020年11月の大統領選挙に向けて己を「法と秩序の大統領」「秩序の回復者」とアピールするためだ。抗議デモの最中、ホワイトハウスからほど近いセント・ジョンズ教会にわざわざ徒歩で出向いて、教会前で聖書片手にメディアの撮影に応じたのも、「福音派」と呼ばれる自らの支持基盤の宗教保守派にアピールする狙いがあったと言われれる。このとき、平和的に抗議活動していた人々を催涙ガスやゴム弾で強制排除していて、迷彩服を着て教会に同行したミリー統合参謀本部議長は「私があの場にいたことは『国内政治への軍の関与』という認識を作り上げてしまったと自らの行動を悔いて謝罪した。

米軍は一貫して政治的中立を保つことで世界最大の民主主義国家の守護神として国民の信頼を得てきた。ところが、軍の最高司令官であるトランプ大統領は、「再選」という自らの野望のために米軍さえも政治利用しようとした。米軍と国民の信頼関係さえも平気で分断しようとしたのである。

国民に銃口を向けることをためらって最高司令官の命令に従わなければ、軍のシビリアンコントロールは崩壊する。かと言って命令に従って平和的な抗議デモを力で鎮圧すれば、米国が非難して止まない天安門事件の再現である。どちらに転んでも分断の傷口は広がって、米国の民主主義は存続の危機に立たされることになるのだ。

共和党内にも民主党のバイデン候補支持者が増加中

トランプ政権は発足以来、閣僚や高官の解任が相次いで、発足3年半にして閣僚クラスが2回転以上も入れ替わっているという。それだけ愛想を尽かして政権を離れた人が多いわけで、ジョン・ボルトン元大統領補佐官のように暴露本を出版する人も出て来る。シリア駐留米軍の撤退に抗議して辞任したジェームズ・マティス前国防長官(退役海兵隊大将)も、抗議デモをめぐるトランプ大統領の一連の行動を以下のように痛烈に批判している。

「米軍の全ての将兵は、米国民を米国の敵から守るために命を投げ出すことになっても戦うことを憲法上誓約している。そのような米軍を憲法上の権利を擁護しようと抗議運動に参加している国民に差し向けるとは何事か!」

「トランプ氏は私の人生で米国民を一つにまとめようとしない、あるいは団結させようと見せかけもしない、それどころか米国民を分断させようとしている初めての大統領だ」

民主党のオバマ前大統領、クリントン元大統領、カーター元大統領など、歴代の大統領からも政権批判が相次ぎ、オバマ大統領は「本当の変化には抗議だけでなく、政治も必要。変化をもたらす候補者を確実に当選させるように組織化していかなければならない」と訴えた。

大統領経験者が現職大統領を正面切って批判するのは異例だが、同じ共和党内でもジョージ・W・ブッシュ元大統領やミット・ロムニー上院議員らが、2020年11月の大統領選挙でトランプ大統領の再選を支持しないと表明した。同じ共和党重鎮のコリン・パウエル元国務長官も、トランプ大統領の抗議活動への対応は「憲法から逸脱している」と厳しく批判し、大統領選挙では民主党のジョー・バイデン前副大統領を支持すると言い切った。

トランプ大統領が約3か月ぶりに開いた選挙集会は、空席ばかりが目立った。逆風に吹きさられる中、「トランプ大統領はうまくいかない事業を常に投げ出してきた。今回の大統領選挙も共和党大会までに投げ出すのでは」という見方をする人さえ出てきている。

側近を身内で固めたトランプ再選の目は、限りなく厳しいとみる。

※この記事は、『プレジデント』誌 2020年7月31日号 pp.94-95を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセッツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。