大前研一メソッド 2023年1月10日

税制で軽視されているサラリーマン

Tax money

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集

2023年10月1日から開始を予定しているインボイス制度が議論の的になっています。インボイスとは、消費税の適用税率や税額等が記載された適格請求書のことです。物を売ったりサービスを提供する登録事業者は、買い手に求められた場合、原則的にインボイスを交付することを義務づけられます。買い手は売り手から交付されたインボイスをもとに、消費税の仕入税額控除の適用を受けることができます。

インボイス制度は、小規模事業者が恩恵を受けてきた「益税」の廃止につながるとされます。

小規模事業者以外にも、個人の医師・歯科医師・医療法人、農家が優遇税制の恩恵を受けています。BBT大学院・大前研一学長が解説します。

免税事業者のままだと、価格競争力が低下し、物やサービスが売れなくなる?

なぜインボイス制度が揉めているのか。これまで課税売り上げ1000万円以下の事業者は、免税事業者として消費税の納付を免税されていた。インボイス制度が始まると、免税事業者は課税事業者に登録してインボイスを発行するか、免税事業者のままインボイスを発行しないかの選択を迫られる。

課税事業者になれば、これまで免除されていた消費税を納付し始めなければいけない。一方、免税事業者のままだと、買い手から敬遠されるおそれがある。買い手から見ると、免税事業者から物やサービスを買ってもインボイスが交付されないため、消費税の仕入税額控除が受けられない。同等のものを買うなら課税事業者から買ったほうが得だ。

従来の免税事業者——主に青色申告している自営業者——にとっては、どちらにしても死活問題である。それゆえ「弱い者いじめをするな」と反対の声があがっているわけだ。

一方、消費者からは「益税」問題が指摘されている。免税事業者も物やサービスを売ったときは買い手から消費税をもらう。それを国に納めなければ、そのまま免税事業者のものになる。これを益税というが、消費税率が3%だった時代ならともかく、今や税率は10%であり、益税は増えている。弱い者いじめどころか、既得権益が拡大しているのではないかという声があがるのも無理はない。

ところが、政府は歪ゆがんだ税制を放置したままだった。インボイス制度を採用すると、青色申告する事業者がイカサマしづらくなって、今のような反対運動をされる恐れがあるからである。

税を納めたくないという事業者の声など、本来は無視すればいい。ところが政治家は、業界団体から陳情を受けて例外をつくることが「仕事」だと勘違いしている。消費税が導入された1989年当時、免税事業者の基準は今より緩く、課税売上高3000万円以下だった。当時動いた政治家は、自分は立派な仕事をしたと胸を張っていたことだろう。

売り上げが少ない小規模事業者までインボイスを適用すると経営が立ち行かなくなるという声があるが、そもそも前提がおかしい。ダメな事業者は退場させて新陳代謝を行うのが資本主義の鉄則である。公平な競争環境下で生き残れない事業者なら、つぶれてもらったほうが社会のためになる。

個人の医師・歯科医師、医療法人には最高72%の概算経費

日本には政治家が「仕事」をした業界がいろいろある。たとえば開業医だ。かつて開業医が使っていたシェアナンバーワンの保険請求システムは、三洋電機のものだった。人気の秘密は、“鉛筆を舐めやすい”システムだったからだ。

そもそもイカサマが横行する理由として、個人の医師・歯科医師、医療法人の社会保険診療報酬が年間5,000万円以下の場合、その年(事業年度)における経費を概算計上することができる法律が存在する。(租税特別措置法第26条、第67条)

たとえば保険診療報酬が年間2,500万円以下の場合、概算経費率72%という優遇税制である。個人の医師や医療法人には製薬会社のMRが営業のために大量のサンプルを持ってくる。サンプルの仕入れコストはゼロ円だ。それを患者に処方しても経費率72%で計上できるのだから、開業医は笑いが止まらない。血液検査などの業者も、同じようなうまみを盛り込んで開業医に出入りしている。

高級車に乗るのも、さもありなんだ。ちなみに、パナソニックが三洋電機を買収してからは、“鉛筆を舐めやすい”システムはなくなった。

兼業農家や実質隠居した農家にも「おいしい」優遇税制

農家も「おいしい」職業だろう。自家用車は農協の低金利のローンで買って減価償却。それに乗って遊びに行くガソリン代は経費に計上する。農閑期にハワイ旅行に行くのは、「パイナップル農園の視察」だそうだ。

その立場を手放したくない農家の息子は、本業でサラリーマンをしつつ細々と“兼業”で農業を続けていく。日本に兼業農家が多いのはそのためでもある。

農業に参入しようとしたある個人の話だが、ほぼ耕作放棄地になっている農地50アールを買いたいと申し出たという。価格を聞いたら3000万円。「高くて無理だ」と答えたら、農家は「米の収穫の10%をもらえれば年5万円で貸す」とタダ同然の賃料を提示してきた。農地を売れば農家の身分を失うが、貸せば農家のままでいられる。また10%あれば自分は食っていける。それゆえの価格設定だった。

その実質隠居した農家にも優遇税制がある。親が亡くなっても農業を続ければ、農地などの相続税が免除になる。さらに農地は(家付きでさえ)農家しか買えないという障壁もある。こうしておいしい身分が親から子へと引き継がれていくのである。

サラリーマンが自営業者と同じ基準で税金の申告をする制度を導入せよ

このように青色申告の自営業者は、イカサマする余地が大きく、なおかつさまざまな優遇税制で守られている。「クロヨン」(サラリーマンの給与所得は9割を捕捉されるのに対し、事業所得は6割、農業所得は4割しか捕捉されないという意味)、「トーゴーサン」(同10割、5割、3割という呼称も存在する)と言われてきたとおりだ。本来納めるべき税金が納められずに一番割を食うのは、経費のごまかしがきかないサラリーマンだろう。

会社員は不公平感が大きいはずなのに、文句をあまり聞かない。一応は給与所得者にも、自営業者の必要経費にあたるものとして、「給与所得控除」と「特定支出控除の特例」が認められている。ただ、給与所得控除は給与額に応じて控除額が決まる。特定支出控除の特例も限定的で、活用しているサラリーマンはほとんどいない。

従って、不公平をなくすため、日本も米国のように、サラリーマンが自営業者と同じ基準で税金の申告をする制度にしてはどうか。たとえばサラリーマンが家に書斎をつくってPCを置き、本を買ったり研修を受けたりして勉強したとしよう。米国ではそれらの費用を、給料を稼ぐための必要経費として計上できる。住宅の建築費も、書斎の面積に応じて減価償却が可能。日本の個人商店が住居の1階を店舗にして減価償却するのと同じだ。

源泉徴収と年末調整に慣れきった日本のサラリーマンは、自分で申告するのは面倒だと思うかもしれない。しかし、それは「申告=税金を払うためのもの」という負担のイメージがあるからだ。米国では税務申告を「タックスリターン」と呼ぶ。つまり、払い過ぎた税金を還付させるために行うものであり、むしろ喜んでやっている。しかも日本と違ってQuickenなどの会計ソフトを使って電子化が進んでいるから、事務作業が苦にならない。

連合などの労働組合が労働者の味方を自任するなら、「サラリーマンにも青色申告を」と打ち出したほうがいい。賃上げ要求も結構だが、手取りに与える影響は必要経費の控除のほうが大きい。そして自営業者を例外にせず全員に公平な税制を実現することが、組合と政治家の本当の仕事だろう。

※この記事は、『プレジデント』2023年1月13日号 を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。