大前研一メソッド 2021年9月21日

米軍が撤退した後、アフガニスタンを中国・パキスタンが虎視眈々と狙う?


2021年8月、バイデン米大統領は、アフガニスタンから駐留米軍を完全撤退させ、タリバンがアフガニスタンの首都カブールを制圧しました。米国が統治しようとして失敗したアフガニスタンはこのあと、どうなっていくのでしょうか。BBT大学院・大前研一学長が解説します。

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

アフガニスタンは、基本的に“統治不能の国”

アフガン紛争で、タリバン政権は有志連合とアフガニスタン国内の(タジク人のアフマド・シャー・マスード率いる)北部同盟によって倒され、ほぼ壊滅したと見られていた。米国と北部同盟による新政権ができ、国連主導で復興計画がスタートしていたのだ。

アフニスタンは、基本的に“統治不能の国”と考えていい。最大の理由は、人種の多さだ。


【図】アフガニスタンの民族構成

人口は3800万ほどで、そのうちパシュトゥーン人が4割、タジク人が3割、ハザラ人とウズベク人が各1割、それ以外に10近い人種がいる。ほとんどがイスラム教徒だが、8?9割ほどのスンニ派と、ハザラ人に多いシーア派がいる。この人種の多さから統治が困難なところは、ミャンマーに似ている。

民主的な選挙では、人口が多いパシュトゥーン人から大統領が選ばれる。皮肉なことに、タリバンも大半がスンニ派のパシュトゥーン人だ。アフガニスタン・イスラム共和国の初代大統領となったハーミド・カルザイも、今回逃げ出したガニもそうだ。彼らは英語がうまくて米国にとって都合はよくても、統治能力がなかったと言っていい。

ただし、ブッシュは、アフガニスタンにここまで深く関わるつもりはなかった。彼はサダム・フセインがいるイラクへの侵攻に力を注ぎ、アフガンについては国連に任せていた。

米国がアフガニスタンの泥沼にはまっていったのは、オバマ大統領が「本当の敵はイラクではなく、アフガニスタンだ」と言い出したのが発端だ。オバマは歴史に残る大統領だと高く評価する人もいるが、オバマの誤った判断から米国(およびNATO)が多大な犠牲を払ったことは忘れてはならない。

トランプ大統領は、アフガニスタン情勢についてはオバマの方針を継続しながらも、“アメリカ・ファースト”の発想で米軍撤退の方向性を打ち出した。トランプは、他国のためにカネを使いたくない。彼の頭にある中東の国はイスラエルくらいで、イスラエルは基本的にアフガンには無関心だ。

結局、貧乏くじを引いたのはバイデンだ。トランプが打ち出した方針を実行に移して大混乱を招いた結果、米国国内で逆風となったのだ。

中国やパキスタンが、タリバンの陰のスポンサーの座を競うか?

これから注目すべきは、アフガニスタンを虎視眈々と狙う中国とパキスタンの動きだろう。

【参考】タリバン、「一帯一路」のアフガン拡大要望…中国・パキスタン経済回廊

(1)中国

2021年7月に中国の王毅外相は、タリバンの最高幹部と天津で会談している。中国の「一帯一路」構想のなかで、アフガニスタンは重要な位置にある。資金援助して工場を建設し、自分たちとの経済活動を盛んにさせることは間違いない。また、道路整備を進めて、パキスタンの港町グワダルまでのルートを開発する。中国はパキスタンだけでなく、アフガン経由でもペルシャ湾までのルートを手にすることになる。

これはイラン(アフガニスタンとパキスタンの西に位置する)への抑止力にもなる。中国とイランの関係はいまのところ良好だが、今後のことはわからない。アフガンを中国の影響下に置けば、それが盤石になる。“永久皇帝”となった習近平が、モンゴル帝国のチンギス・ハーン並みに世界制覇を夢見ているとすれば、アフガニスタンは重要な足がかりになる。

米国や旧ソ連などの大国がアフガンをうまく統治できないのは、彼らが考えるような「国家」の形態をとっていないからだ。そもそもタリバンは、政権を担う政党ではない。統治能力が弱いことは自分たちもよく知っており、官僚などには「国外に逃避しないで仕事を続けてほしい」と言っているし、諸外国にも「軍が撤退した後でも民間企業は残ってほしい」と言っている。トルコにはカブールの空港運営を依頼している。

(2)パキスタン

94年に誕生したタリバンは、パシュトー語の「神学生たち」が原義で、パキスタンのアフガン難民キャンプにあったスンニ派の神学校を母体としている。隣国パキスタンは陰のスポンサーで、今回の素早い制圧も、明らかにパキスタンが支援している。中国と並んで、パキスタンの動向にも注目したほうがいい。

欧米式の国家統治は、アフガニスタンに通用しない

神学校が母体だったことから見ても、“イスラム原理主義の普及団体”と捉えたほうが実態に近い。私たちが「国家」と呼んでいるもの――国民がいて、憲法があり、国境があり、軍隊があり――という欧米的な国民国家の統治とはだいぶ違う。

それでもタリバンの勢力が衰えないのは、国内に多くの支持者がいるからだ。対ソ戦争後に内戦で疲れ切ったアフガン人たちに、タリバンはイスラム教にもとづく規則や秩序の確立を唱えた。これが、部族社会のなかで影響力のある長老たちに支持されたのだ。

日本や欧米でタリバンといえば、世界遺産であるバーミヤン渓谷での仏像爆破や女性に対する人権侵害などの非道な行為が思い浮かび、アルカイダやISとほとんど区別がつかない。

タリバンに言わせれば、「それは誤解で、自分たちはイスラム法に則って統治したいだけだ」となる。米国型の統治に反発してきたのも、「イスラムの教義を強制するのではなくて、納得して従う人たちが増えるように普及したいだけだ」と主張しているように見える。「アルカイダやISとは違う組織だ」というキャンペーンも進めている。特にISとは対立関係にあり、すでに双方が無秩序テロ攻撃を仕掛け合っている。

だが、本当にタリバンの言うとおりに進むかはまだわからない。北部同盟を率いた故アフマド・シャー・マスードの息子アフマド・マスードも、タリバンとの話し合いが決裂すれば、カブール北方のパンジシール渓谷を守るために戦闘も辞さない、と語っている。しばらくはアフガンを中心とした国際情勢の変化が、世界にどのような影響を与えるか注意深く見守っていく必要があるだろう。

※この記事は、『プレジデント』誌 2021年10月1日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。