大前研一メソッド 2023年4月11日

楽しい老後を送るために、今から準備すべきこと

After retirement

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

2023年2月にBBT大学院・大前研一学長は80歳を迎えました。人生後半戦を楽しむため、今からどのような準備をしておくべきか、大前学長に聞きました。

「今は仕事に邁進して、引退後に好きなことを存分やろう」と考えがちです。しかし、現役時代から3つのことを準備しておかないと、老後に突入した後、期待していたように人生後半戦を楽しめないと、大前学長はアドバイスします。健康であることは大前提として、プラスアルファとして必要な3つのことを語ってもらいました。

「体力」「友達」「スキル」の3つを今から準備する

仕事を引退後、毎日楽しい人生を送るには秘訣がある。必要なのは「体力」「友達」「スキル」の3つ。それらはお金で買えず、一朝一夕に身につくものでもない。何十年も前から準備してこそ、豊かな人生後半戦を過ごせるのだ。

準備しないまま定年を迎えると、待ち受けているのは寂しい毎日だ。

(1)体力

多少なりとも体力があるうちは、日本百低山にでも登るかもしれない。しかし、体力は年齢とともに衰える一方だ。現役のときからしっかり体を動かしておかないと、体力が尽きるのも早い。そのうち遠出が億劫になってしまう。

遠出がきつくなった人は、犬の散歩に生きがいを見出しがちだ。実際、郊外の住宅地は犬を連れて歩く高齢者ばかりだ。ベランダで蘭の栽培、というパターンも多い。

(2)友達

友達の少ない人も悲惨だ。現役時代を「会社人間」で過ごしてきた人は、定年後も会社の交友関係にしがみつく。OBの同好会がある大企業もある。会社を辞めた後も同じメンバーで囲碁を打ち、毎回同じ昔話をする人生は寂しい。

ゴルフをやれば、新たな知り合いができないでもない。ゴルフ場の会員になって1人でいけば、ゴルフ場が他の人と一緒の組で回るようアレンジしてくれる。同じように寂しい人が来るから、メンツもだいたい同じで、そのうち「やあ、こんにちは」という程度の仲にはなる。

しかし、たいていはそのうち足が遠のく。いくらゴルフが好きでも、頻繁に同じメンバーで回っていたら飽きてしまう。現役時代にゴルフが楽しみだったのは、月に数回コースに出る程度だったから。制約なく同じことを同じ顔ぶれで繰り返せば、そのうち刺激がなくなってくるのは当然である。

釣りも同様だ。ある経営者はサラリーマン時代から釣りが好きで、「リタイアしたら瀬戸内海の漁村に移り住み、好きなだけ釣りをする」と言っていた。実際、1度は夢をかなえたという。しかし、数カ月で移住先から戻ってきた。最初は奥さんも喜んで釣果を食べてくれた。しかし毎日では不満が募る。近所はみんな漁師だから、もらってくれる人もいない。釣っても誰にも喜ばれず、はりあいがなくなったというわけだ。

(3)スキル

ならば他の趣味でもと考えても、スキルの壁が立ちはだかる。若いときならすぐ覚えられたスキルも、高齢者になると習得に時間がかかる。上達が実感できないものはつまらないし、アウトドア系の趣味はスキルが未熟だと大けがにつながるおそれがある。

「今は仕事に邁進して、定年後に好きなことを思う存分やろう」と考える人は多い。たしかにリタイアすれば時間は腐るほどできる。しかし体力、友達、スキルがないまま老後に突入すると、期待していたように趣味を楽しめない。人生の後半戦をいきいき暮らせるかどうかは、現役時代の過ごし方にかかっている。

「室内」「室外」「1人」「集団」をバランス良く計20個の趣味を持つ

老後を楽しむには、今すぐに趣味を充実させたほうがいい。私が学長を務めるBBTに「50代からの選択」という人気授業がある。最初の授業では、まず縦軸に「室内」「室外」、横軸に「1人」「集団」を置いて4つの象限をつくり、それぞれにやりたい趣味を書いてもらう。すると、たいていの人は合計3〜4個で終わってしまう。

ゴルフや釣りの例をあげたが、いくら好きなものでも毎日のように繰り返せばいずれ飽きてくる。3〜4個ではすぐ時間を持て余すことになるだろう。

理想は4つの象限にそれぞれ5個ずつ、計20個の趣味を持つことである。バランスよく趣味を持てば、春夏秋冬、雨の日も晴れた日も、孤独にならずに老後を楽しめる。

例として、私の20個の一部を紹介しよう。

(a)室外の趣味の例

仲間と外で楽しめるのがバイクだ。2023年の5月に友達2人と鹿児島の甑島(こしきしま)にツーリングに行く。甑島は3つの島が連なっていて、3年くらい前にそれらがすべて橋でつながった。私の好きな宮古島と同じく、長い橋で海の上をバイクで走ると考えただけでわくわくしてくる。

ツーリングは食道楽を兼ねている。私のつくる旅程は細かくて、朝昼晩どこで何を食べるのかはすでに決めてある。鹿児島でうまいと評判のさつま揚げのお店も調査済みだ。

夏は海でダイビングとジェットスキー、冬は雪山でスノーモービルを満喫する。これらは基本的に仲間とやる趣味だ。

スノーモービルは例年、長野県飯山市に行く。間違えて谷底に落ちれば春になって雪解けするまで見つからないこともある危険な遊びだ。万が一のときに助けてもらえるように、必ず現地の仲間と楽しむ。

(b)室内の趣味の例

室内の趣味は音楽だ。中学までは合唱をやっていたが、変声期に声が出なくなってからはクラリネットの演奏に転向した。ピアノは1人で楽しめるが、クラリネットはアンサンブル。今も仲間と定期的に木管五重奏やピアノとのソナタ演奏などを楽しんでいる。

先に演奏会の開催を発表して友人を招待し自分を追い込むのが、私の練習法だ。昔吹いたことがある曲は、この年齢になってもわりと早く9割方の出来に持っていける。2023年6月には、ひさしぶりに歌にも挑戦する。あるピアニストのコンサートを我が家で開くことになったので、サプライズで私がシューベルト「冬の旅」から4曲をドイツ語で披露する。ここで公表した以上、もう後には引けない。6月に向けて練習あるのみだ。

「そのうちやろう」「時間ができたら」と漠然と考えていると、最初に芽生えた好奇心が萎しぼんできて、ますます後回しになってしまう。気づいたら定年を迎えて、体力、友達、スキルの点で手遅れになるのである。

※この記事は、『プレジデント』誌 2023年4月14日号を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。