大前研一メソッド 2023年4月25日

戦争で活用されるAIは正義の味方か、悪の権化か

AI military

大前研一(BBT大学大学院 学長 / BOND大学教授 / 経営コンサルタント)
編集/構成:mbaSwitch編集部

ウクライナ軍が対ロシア戦において善戦している要因として、西側諸国による戦車などの兵器の供与があげられています。この戦争で兵器が有効に使われるように軍事作戦の立案を支援しているのは、人工知能(AI)、具体的には米パランティア・テクノロジーズ(以下、パランティア)のAIプラットフォームGothamだとBBT大学院・大前研一学長は言います。

「プーチン大統領の感情的な判断による『アナログ系ロシア軍』」対「AIの論理的な判断による『デジタル系ウクライナ軍』」の戦争という構図について大前学長に解説してもらいました。

米国防総省を最大顧客とする米パランティア・テクノロジーズ

パランティアの創業は2003年である。「ペイパルマフィア」の中心人物ピーター・ティールが立ち上げて、スタンフォード大学時代の友人であるアレクサンダー・カープがCEOを務める。約3000人の社員で、売上高は日本円で約2500億円である(2022年12月期)である。

AI military War

パランティアは長らく謎の企業だった。なぜなら、顧客の多くはFBI(連邦捜査局)やCIA(中央情報局)、英国防省など治安維持や諜報を担当する公的機関だからだ。一番の顧客は米国防総省で、対テロ戦のデータ分析にパランティアを活用する。

2011年、米特殊部隊がアルカイダのウサマ・ビンラディンを急襲して殺害したが、居場所の特定にはパランティアが使われたのではないかと噂になった。その後も世間に広く知られることはなかったが、今、再びその存在が注目され始めている。ウクライナの対ロシア戦で大活躍しているからだ。

「パランティア対ロシア軍」の戦い

開戦当初、ロシア軍が首都キーウまで進軍した。しかし、その後、ウクライナが戦線を押し戻した。要因として西側諸国による兵器の供与があげられているが、兵器が有効に使われるよう作戦を立案したのは、米国防総省が提供したパランティアとそれを使うスタッフだった。

西側のAWACS(早期警戒管制機)などの哨戒機、無人偵察機、電子偵察機、偵察衛星などを使って収集したウクライナ国内でのロシアの情報が、ドイツにあるコマンドー・ネットワークの本拠地に集約される。加えて一般人のSNSなどから敵の位置情報、被害状況など膨大な情報を収集している。

パランティアのAIプラットフォームであるGothamがあらゆるデータを解析・分析し、1日に300の攻撃目標を特定し、効率的な攻撃方法案を立案する。提示された複数の軍事作戦案の中から軍司令官が選択し、前線にいる将校に命令が送信される。

AI military War

たとえばタンカーの積み荷までデータを収集して、それをもとに兵站(へいたん)を分析し、「どこをいつ攻撃すればロシア軍を撃退できるか」という詳細なレベルまで情報を弾き出す。ウクライナ軍の兵士は、その指示通りに動く。実質的に、「パランティア対ロシア軍」の戦いなのだ。

最新のAIを使うウクライナに対して、ロシアの意思決定は感情的でアナログだ。AIにかなうはずがない。

現在のところ、プーチンがアナログな「悪の帝国」の親玉であり、パランティアはそれを阻止するテクノロジーの旗手という構図になっている。

しかし、テクノロジーは常に正しい側の味方をするとは限らない。たとえば2016年の米大統領選では、ケンブリッジ・アナリティカという選挙コンサルティング会社がデータ分析して対抗馬を蹴落としトランプ氏を勝利に導いた。同社はデータの不正取得のほか、ロシアの関与が疑われて倒産している。テクノロジーは「悪の帝国」の手先にもなりうるのだ。

地政学リスクが高まる中で、AIを軍事活用した防衛系の米国新興IT企業が脚光を集めており、パランティアを含めて6社ある。正義の味方から悪の権化に闇落ちしないように、AIをはじめとするテクノロジーを監視しなければならない。

※この記事は、『プレジデント』誌 2023年3月31日号、『大前研一アワー』#497 4月15日放映を基に編集したものです。

大前研一

プロフィール マサチューセツ工科大学(MIT)大学院原子力工学科で博士号を取得。日立製作所原子力開発部技師を経て、1972年に経営コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニー・インク入社後、本社ディレクター、日本支社長、アジア太平洋地区会長を歴任し、1994年に退社。スタンフォード大学院ビジネススクール客員教授(1997-98)。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)公共政策大学院総長教授(1997-)。現在、株式会社ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長。ビジネス・ブレークスルー大学学長。豪州BOND大学教授。